おもひでぼろぼろ

小学生の時に両親が離婚した。

大きなお屋敷に住む、おぼっちゃま育ちの父親が家を破産させてくれた。

なので、ちょっと普通とは違う子供時代を送った。

小学生の時、全寮制の小学校に入った。

全寮制というのは、文字通り、通学するのではなくて、学校の 中に有る寮で生活する。

朝起きて、全員で食堂で朝食をとり、教室へ行って授業を受け、

放課後は夕食時 間に食堂で食事をし、寮に帰って寝るという生活。


寮では、全学年が一緒に生活していて、6年生がリーダーになる。

家に帰れるのは、春休み、夏休み、冬休みのとき。

ずっと親とは離れて生活する。

父兄会の時に、東京から親が面会に来る。


その父兄会の時に、先生が父兄に言っていた言葉が印象に残っている。

子供が一番かわいい時期に、教育の為にお子さんをお手元から離されたご決断には敬意を表しますと。

そういう訳で、お金持ちだったり、社会的地位が高い人が教育の為に子供を預ける学校だったのだけれど、自分の場合は離婚で片親になったのが理由だった。

そこを卒業して東京に帰ってみると、大きなお屋敷は無くなって、

6畳一間の安 アパートになっていた。


父親はタクシーの運転手をして、月に1回、生活費を渡しに帰ってくるだけだっ た。

東京に戻っての中学校生活、入学してすぐカルチャーショックを受けた。

休み時間に「トイレ行こうぜ」と言われたので、、、、。

トイレも一人で行けないんか。
「行きゃあいいじゃん」「つきあえよ~」
なんでトイレに付き合わなければならないのか、カルチャーショックだった。


アパートで一人暮らしをして、自炊して、中学校に通っていたけれど、寝坊してサボったり、生活費をすぐ使い切ってしまったり、なんだか、かなりまともな中学生ではなかったと思う。


それでもまあ、バスケット部で部活をし、帰ってから自炊して、考えてみれば、まじめに生活していた様にも思う。

お金がすぐ無くなったり、寝坊したり、生活がうまくいかない様な気がして、高 校生になってからは新聞販売店に住み込みで働く事にした。

家賃がかからず、食費もかからず、給料をもらっている高校生だったので、

クルマを買ったりオーディオ製品を買ったり、なんだか金持ちな高校生だった。

その頃出来た彼女は同級生だった。

なんと、その彼女、アパートで一人暮らしをしていた。

アネキと一緒にアパートで暮らしていたのだが、アネキが男のところに入り浸りになってしまっていて、実質一人暮らしだったのだ。

あっちもこっちも一人暮らしの高校生で、彼女も夜はスナックでバイトしていた。

今思い出すと、ホントに高校生だったんだろうか、と思ってしまう、、、。

そんな訳で、ずっと彼女のアパートに入り浸りになっていたりした。


妊娠したかも、と言われ、担任の先生のところに二人で相談に行ったりした。

出席日数が足りず、単位を貰うために、一人で春休みに登校したりした。

学校中の草むしりをして体育の単位をもらい、レポートを出して単位をもらい、留年せずに卒業できた。どーもありがとうございました。

今思い出して吹いてしまうシーンが有る。


彼女と付き合う事になった時、実はまだ完全に分かれていない彼氏がいて、

その彼氏のところに行って欲しいというのだった。

その彼氏は寿司屋の2階でマージャンやっているから、そこへ行って欲しいというのだ。


ほんとに高校生なんだろうか。

なんなんだ、寿司屋の2階でマージャンって、、、。

んで、その2階へ行って、

「彼女を僕に下さい」かなんか、言ったのでありまし た。
つうか、その元彼も同級生だった、、、、。

なんなんですかね、、、、。
まじですか。


何をやっていたんだかなあ、、、、。

おもしろい思い出ではあります。

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