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『前さばきのひと』は問いの交換をする

少し前に『前さばきのひと』『後さばきのひと』についてnoteを書いた。前さばきのひととは、未来のありたい姿に向かって先手で動くタイプをさす。対して後さばきのひとは課題発生ベースで動き、対応していくタイプ。

ぼくは何かと後さばきに陥りやすくバタバタしがちなので、前さばきの思考で行動したいと思っていたんです。

あれから1ヶ月たつので、ぼくは前さばきの行動ができているかどうか振りかえりを行ってみた。

まずは職場。

職場にいると、決められた仕事をいかに効率よくこなすか、課題を素早く解決できるかという方向に思考が働きやすい。これは後さばきになるんだけど、簡単には変えられないなと感じた。従業員として職場にいるうちは後さばき仕事はそれなりに発生するものだ。

一方でコミュニティ運営はどうか。

趣味で所属しているのもあって、メンバーとはその場をいかに楽しくするか、場が盛り上がるにはどうしたらいいかという会話が飛びかう。ただ、現状うまくいっていないかというとそうではない。うまくいかなくなる前に次の取り組みを検討しているのだ。

これらはまだ見ぬステキな未来を描いているので前さばき感がある。

ということで全体的に行動自体を大きく変えることはできなかったんだけど、意識して向き合うようにした結果、少しヒントが見えてきた。

前さばき、後さばきの行動は会話から変えてみるのがよさそう

ここ一カ月、行動を変えたいと意識していたんだけど、なかなか変えられない理由に、それを引き起こす会話の差があるような気がしている。

後さばきのときは、いかにして問題を解決するかという会話になる。そのときついてまわるのは、いつ何時に、どの程度終わらせるかという具体的なタスクの話で、数字で定量的に計測ができるものがほとんどである。

これは管理の観点では便利だ。評価もしやすいね。

一方前さばきのひとは、「●●ってどうおもう」という抽象度の高い問いについて議論をすることが多い。ぼくの例でいえば
「もっとみんなが熱狂するイベントってどうやってつくれるだろうか」
「仲間が自発的に運営に参加してくれるコミュニティつくりは」
という問いだ。

正直これらは、深刻な課題かというとそうではない。現状でも場つくりはできているし、それなりにぼくも仲間も参加のたびに満足しているからだ。

そんな、もっといいものをつくりたいという、いたずら心にも近い思考は後さばきにまわる課題の発生そのものを無くす動きにつながっているだろう。ただし、正解がなくじぶんのものさしで判断することが難しい問いだ。そこでぼくらはディスカッションというかたちで問いや思考の交換をする。

現場の視座から産業の視座、社会の視座へと問いの視座を引き上げていく。すると自然に前さばきの領域にいるという実感がある。ようやくヒントがみつかった!という状態だ。

思考はまだまだ続く。この手の話題を書くとどうしてもきれいな文章にならないんだけど、これも日々の記録と思いまとめてみたのでした。


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