韓国のコンテンツビジネス戦略
インターネットが一般に普及するのは低価格のブロードバンド回線が一般化した2000年初頭頃。それまでインターネット回線は電話回線を利用していた。現在とは比べものにならないくらい劣悪な環境だった。
そのころ韓国は、日本より早くブロードバンド通信環境が整備されていた。その恩恵を受けたのがゲーム業界で、北米のPCオンラインゲームが人気になり、やがて自社タイトルを開発・リリースする会社が現れた。2002年頃ブロードバンド時代のビジネス調査を依頼され、何度かソウルを訪れた。当時韓国は1980年代後半のファミコンブームのような状況だった。韓国のゲーム産業創成期というような時期だ。
その後日本、中国、台湾という東アジア諸国に韓国のPCオンラインゲームが進出する。2000年代後半東南アジアのゲーム動向について調査を依頼され、ベトナム、タイなど各国で韓国のタイトルが人気になっている様子を目の当たりにする。こうした国々も同じように日本のファミコンブームのような状況だった。これがその後日本を除くアジア諸国のeスポーツの成長につながっていく。
日本でも2000年末にNHNジャパンがハンゲームというPCオンラインゲームプラットフォーム・サービスを始めた。 2002年ガンホーが『ラグナロクオンライン』、エヌ・シー・ジャパンが『リネージュ』、2003年にはネクソンが『メイプルストーリー』をリリースしている。いずれも韓国のPCオンラインゲームだ。
一方国内のゲーム業界は、2000年SCEがプレイステーション2を販売、2004年に任天堂がニンテンドーDSを発売して2000年代半ばまでゲーム機市場は活性化する。後半からガラケーのソーシャルゲームがブームになるが。
韓国のオンラインゲームがなぜ3~4年の間に中国、台湾や東南アジア諸国で人気になったのか。その要因としてタイトルの面白さやゲーム会社の企業努力が挙げられる。それに加えて、もうひとつ成功要因ではないかと思うことがある。
タイのバンコクで開催されたゲームイベントに出席したときのこと。韓国のKOCCA(韓国コンテンツ振興院/コンテンツ産業を支援する公的機関)のスタッフと知り合いになり、30分ほど情報交換した。彼は、バンコクで現地のゲーム会社を訪問し、韓国のゲームを紹介して回っていた。
彼の大きなバッグには、ゲームのサンプルCD-ROMがいっぱい入っていた。ゲーム会社を訪問し、ゲームを売り込んでいると言っていた。ゲームは大企業以外のものが多かった。
その説明を聞いて、政府関係の組織に努めている人、日本で言うと役人だが、そういう人がゲーム会社の営業のようなことをしていたのには驚いた。
同じころベトナムのハノイに仕事で行くことがあったが、また別のKOCCAの人と知り合った。彼もハノイで同じような営業活動をしていた。彼らは組織的に各国で自国のコンテンツの営業をしているのだった。
その後ソウルでKOCCAの人と話す機会があった。そのときタイとベトナムでの経験を話した。韓国のゲームはすでにアジア中で人気だった。彼はテレビドラマを各国のテレビ局に売り込んでいると言っていた。日本では韓国ドラマが人気になっていた。
あるとき仕事でマレーシアに行ったとき、朝出かける前にホテルでテレビ見ていると、日本で大ヒットした韓国ドラマ『冬のソナタ』をパロディにしたコントを現地のコメディアンが演じていた。やがてオンラインゲームやテレビドラマに続き、K-POPが日本を含むアジア諸国で流行り始めた。
韓国は、コンテンツを国の重要な輸出品として位置づけ、官民協力して積極的に世界に輸出し外貨を稼いできた。その成果を日々我々は目にしている。ゲームをはじめコンテンツをいつまでも無益な嗜好品だと言っているうちに、コンテンツビジネスの日韓の経済格差は広がっていくだろう。
コンテンツ輸出が消費財輸出増に貢献(韓国) | 地域・分析レポート - 海外ビジネス情報 - ジェトロ (jetro.go.jp)
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