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「打てば打つほど鬱になる」第二話

【第二話】

ある日の練習試合

「キィン!」

快音とともに打球はライト前に弾き返された

チームメイトA「うおぉ!早速一安打!」
チームメイトB「さすが!」
チームメイトC「いつものナイバッチ!」

市ノ瀬「チッ、シングルか…」
(まぁでも、シングルだろうがツーベースだろうが、俺の未来は何も変わらない)
「はぁ…鬱だ。」

タイトル『打てば打つほど鬱になる』

試合は終わり、部員たちは談笑しながらグラウンドを整備している

市ノ瀬は一人黙々とトンボをかけている

そんな市ノ瀬の元にチームメイトが数名近づいてきた

チームメイトA「イチ!今日もナイバッチ!」
チームメイトB「凄いな!どれだけ打つんだよ!」

市ノ瀬「あぁ、まぁ…」
(別にどれだけ打った所で、プロになれる訳じゃないけど)
(むしろ今は打つほどに、これだけ打てるのにプロに行けないのかと、惨めな気持ちにさせられる…)

トンボを片付ける市ノ瀬の元にまた別のチームメイトが寄ってくる

チームメイトC「イチ!ヤバいなお前!」
チームメイトD「もう8割ぐらい打ってんじゃね!?ギャハハ!」

市ノ瀬(何かこんなのも、もうイジられてる気がする…(さすがに打ってる訳ねーだろ))

チームメイト達「いや9割!」
「9割5分!」
「9割9分9厘9毛!」
「ギャハハハ!」

市ノ瀬(これはイジってるだろ…)

軽くイラッとしたのも束の間、市ノ瀬はすぐにまた憂いに満ちた表情を浮かべる

市ノ瀬(野球の神様も、俺のことイジってんのかな…)

市ノ瀬はベンチに座り空を見上げる

(あんたが変な才能だけをよこしたせいで、惨めな気持ちになっています)
(あんたが変な才能だけをよこしたせいで、仲間からの称賛を素直に受け止められません)
(もう少し他の才能もくれるか、いっそ何の才能もくれなければ、)
(もっと普通に、楽しく野球ができていたのに)

「…。」

(プロ的にはそんなに弱いんだ。俺の肩って。)

そんな市ノ瀬を特に気に留める訳でもなく
一人のチームメイトがどかっと横に座ってきた

市ノ瀬「あ、早川。お疲れ。」
早川「おう」

座ってきたのは今日の試合で登板したチームのエース早川だった

市ノ瀬「ナイス完投」
早川「おう、サンキュ」
市ノ瀬「…早川ってさぁ」
早川「ん?」
市ノ瀬「プロとか目指さないの?」
早川「ハァ?何言ってんだよ。行ける訳ないだろ、プロなんて。」
市ノ瀬「でも135キロ位出んじゃん、調子よければ」
早川「だからだよ!そん位しか出ねぇから行ける訳ないんだよ!」
市ノ瀬「でも130台しか出ないけど抑えてるプロいるじゃん」
早川「そういう人は故障とか歳いってとかで出なくなっただけで元々は出てたの!その間に身につけた投球術とかで今頑張って抑えてんの!」
「今日日、新人で最速135ですみたいなピッチャーがプロ入れるかっつんだよ。あ、さてはてめぇイジってんな?」

市ノ瀬「…。」
(俺なら、その肩あれば目指せるかもしれないのにな。プロ。)

早川「どうしても目指せっつーんなら、オメェのミート力よこせや。そうすりゃ野手でダメ元目指してやるよ。」
市ノ瀬「!!(心読まれた!?)」

チームメイトT「お疲れー!ミスター完投!ミスター9割!」

ベンチに座る二人に明るい声が届く
声の主は上はユニフォーム、下は制服のズボンという姿でピューっと足早に帰って行った
ユニフォームの背中には谷本と書かれている

早川「あとはアイツの足だな。」

週が明けてまた次の練習試合の日、
部員たちは浮かない顔で試合の準備をしていた

谷本「かー、しかしあの上井工業とやんのかぁ」
早川「マジやだなぁ…何点取られんだろ今日」
谷本「10点までなら、完投してよね」
早川「あ?ナメてんのかテメこら」

市ノ瀬は黙々と準備をしている

谷本「そんで向こう大岩投げてくるらしいよ」
早川「ウソ!プロ注(※プロのスカウトが注目している選手)じゃんアイツ!」

市ノ瀬の耳がピクっとする

早川「勘弁してくれよ~もう~」
市ノ瀬(プロ注…だと…?)

試合が始まり、いかにもふてぶてしい態度でマウンドに登っているピッチャーがそこにはいた

大岩(あー、めんどくせー。何で俺がこんな公立相手に投げなきゃなんねぇんだよ…)

大岩が投げた球はズバンとミットに収まり、打者谷本のスイングは全く追いついていなかった

審判「ストライーク!バッターアウト!」

谷本は打席に向かう市ノ瀬とすれ違いながら呟く

谷本「クッソ速ぇえ…ありゃヤベェわ」
市ノ瀬「任せろ」
谷本「え?」

谷本には一瞥もくれず、力強い言葉だけを残し、市ノ瀬は打席に入った

そんなやり取りを知る由もなく、
大岩はまたミットに球を投げ込む

「ズバン!」

審判「ストライーク!」

市ノ瀬は悠然とその球を見送った

市ノ瀬(何だ、この程度か)

市ノ瀬は2、3度バットを回し構え直した

市ノ瀬(真っ直ぐだけなら充分対応できる)

市ノ瀬を応援するチームメイトたちをよそに谷本は戸惑いの表情を浮かべながら、先程の市ノ瀬とのやり取りを思い出しつつ戦況を見つめていた

谷本(珍しいな…あんなこと言うイチ)

市ノ瀬(大したことねぇくせにイキがりやがって…)
(まぁでもありがとうよ)
(テメェみたいなプロ注野郎に…)
(一本かましてやる瞬間だけが…)
(今俺が野球をやっていて、唯一楽しい時だよ!)

「カァァン!」

鋭いスイングから放たれた打球は快音を残してセンター前に抜けていった

チームメイトA「うおぉ!ナイバッチ!」
チームメイトB「さすがイチ!」

市ノ瀬「チッ、シングルか」

谷本「…凄ぇ」

マウンド上の大岩は呆気に取られながらセンターを見つめていた

そして塁上の市ノ瀬は力強い眼差しをマウンドに向け、リードを取りながら思った

市ノ瀬(この瞬間だけが)
(市ノ瀬一颯という選手は)
(ヒットを打つ能力だけならドラフトにかかってもおかしくないレベルの選手なんだと思わせてくれる瞬間だよ)

大岩はセットポジションに入る

一塁コーチャー「リーリーリーリー…」

市ノ瀬はリードを取りながら相手チームのファーストに何やら声をかけ始めた

市ノ瀬「大岩くんに教えてあげて」
相手のファースト「あ?」
市ノ瀬「プロのスカウトって、誰にでも目ぇつけてるから」

その挑発的な発言に、一塁コーチャーは固まった

試合は終わりスコアボードには6-1のスコアが刻まれていた

片付けを終え、部員たちは部室に入ろうとしていた

早川「あぁ~クソやっぱり打たれたか…」
谷本「でもよく6点で抑えたよ。完投したし。大岩から1点取ったし。実質勝利だよw」

そんな中、市ノ瀬はバット片手に一人ベンチに座り物思いにふけっていた

市ノ瀬(まぁでも…プロ注のヤツから打とうが打たなかろうが、俺がプロになれないのは変わりはしない訳で…)

市ノ瀬は曇り空を見上げた

「はぁ…鬱だ」

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