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猿島で夜をすごす。

 暗闇のなかでは、五感が研ぎ澄まされる。それは生存するための本能のようなものだ。闇に潜む危険を察知するために、身体に本来そなわっているセンサーの感度がいっきにあがる。

 横須賀から船で10分ほどの猿島、そこで開かれている「SENSE ISLAND 感覚の島」というパノラマティクスの齋藤精一がしかけたスリリングなアートフェスに参加してきた。

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 船の上はちょうど夕暮れ。いわゆるマジックアワーといわれる時間帯だ。あらゆるものがまばゆいほどに美しく輝く。渋谷の街中では感じることのない地球のバイブスみたいなものを感じる。乗り合わせた人はみな、言葉少なに景色に見入っている。

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 猿島まではおよそ10分。無人島で、夏になると多くの人が遊びにくる観光地だ。かつては東京湾をまもる軍事拠点だった。施設は解体されずに島のあちこちに残されている。まさに異界への入り口だ。

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 展示がある場所に出向く前に、封筒をわたされる。スマートフォンを封印するためだ。暗闇を感じるためにブルーライトは邪魔だからだ。またエリア内での撮影も禁止だ。

 島内には「音」をテーマにした作品がところどころに置かれている。波の音、風の音、鳥の鳴き声などに混じって、作品が発する音が聞こえてくる。作品を「体験」しながら島をめぐっていると、あたりはどんどん暗くなり、1時間もすると、とっぷりと日は暮れ、闇につつまれる。暗くなるにつれ、自然が優位になっていくのがわかる。風に揺れる木々のシルエットにすら、計り知れない大きな力を感じるようになる。

 猿島は、日蓮が流れついたり、軍事施設が作られたり、仮面ライダーのショッカーの基地や、や松田優作の映画の銃撃シーンに使われたりしてきた。人の都合で使われれきたけれど、適当に不便だったからか、人のよすがを自然が飲み込んでいる。ラピュタにも喩えられるのもうなづける。

 島での滞在時間はおよそ2時間。島に点在する作品を巡りながら、ぐるっと島を一周する。ツアーのハイライトは強い光をつかった展示だ。ここだけは撮影が可能だ。ネタバレになるので詳細は割愛するが、波打ち際に光があたり、海への畏怖の念が立ち上がる。

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 帰りは、漆黒の海を渡って、まばゆい光を放つ横須賀の街へ。

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 このツアーのなかで、最も印象に残ったのは、島から見える赤富士。日が落ちたあとも、シルエットになった富士山の背後から太陽が空を燃えるような赤に染め上げる。坂を下がり切った真正面に、その風景がある。堂々とした富士山の山容と、赤く染まった空が見えると、誰しもが声をあげる。いつもならスマホでぱしゃっと撮って、「見た気」になってしまうだろう。しかし撮影は禁止されている。だから心にしっかりと焼き付けるように、皆、立ち尽くして、その光景をみつづけていた。

 人はなにかを失ったときにこそ、新しいなにか手にすることができる。

 コロナ禍がはじまり、旅に出ることが少なくなった。自分の見知らぬ世界に飛び込む機会も減った。そんな中、船で海を渡り、夜の無人島を歩くのは、強烈な体験だった。多くの刺激をうけ、脳の処理が追いつかず、次の日はぐったりしていた。この2年、「変わらぬ日常」のなかに閉じ込められ、生き物としての自分が脆弱になっているのを感じた。

 人は土から離れては生きられないとは、映画ラピュタのなかでのシータの言葉だが、コロナ禍のなかで、都市に閉じ込められているぼくは自然から離れすぎていたのかもしれない。

 東京から1時間ちょっとでいける異界で、そんなことを考えた。

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「SENSE ISLAND 感覚の島」は、3月6日までの金土日に開催。


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