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いつの日か、あの対馬を、たくさんのサイクリストたちと走ってみたい。

 今年に入ってすぐの頃、長崎・対馬の観光物産協会の阿比留さんからメッセージが届いた。「春先にロードバイクを乗りに対馬に来ませんか」というお誘い。去年12月にも対馬でライドをしたのだが、時間が足りず心残りもあった。そして何より早春の対馬、さぞかし美しいであろう。想像するだけで、大腿四頭筋が武者震いする。即レスで「行きます」とお返事した。

 3月末の金曜日、羽田空港はごった返していた。カウンターは長蛇の列、人々のイライラが空港ロビーにさかまいている。やれやれ、と思う一方で、コロナ禍が過ぎ去ったような光景は、うれしくもある。
 羽田から対馬やまねこ空港へは直通便はない。その日は風が強く、福岡からのプロペラ機は着陸寸前、花やしきのジェットコースターのようにガッコンガッコンと揺れた。生きた心地がしなかった。肘掛けを握りしめ、目をぎゅっとつぶっていた。

  19時すぎ、対馬に無事着陸。阿比留さんが空港まで迎えにきてくれていた。「ごはん食べてないですよね。島の店は、もうすぐしまっちゃいますから」と空港の近くの居酒屋に連れて行ってくれる。前回も訪れた「えん」というお店、新鮮な魚介類が自慢の漁師さんのお店だ。たちうおの天ぷら定食とビールを頼むと、すかさず阿比留さんが「さざえもいっときますか」と頼んでくれる。さざえのお刺身が500円。この島ではさざえは昔からいくれでもとれ、貴重でもなんでもないんですよ、と阿比留さん。コリコリしたさざえを少し甘めのしょうゆでいただく。美味、美味。

  宿泊先は上対馬の北端のビーチに隣接する東横INN対馬比田勝。全国で唯一のリゾート仕様の東横INNだという。翌朝、窓を開け放つと、ザザーッと波と音、そして潮の香りが流れ込んでくる。
 朝ごはんを食べに食堂へ。ここからの眺めも絶景だ。今回、一緒に対馬を走る合田さんと、対馬市の観光物産協会の権藤さんがいた。合田さんは直前までサイクルウエアのRaphaでツアーコーディネートなどをやっていたいわばスペシャリスト。対馬でも素晴らしいコースをひいてくれるだろうとお誘いした。サイクルウエアに身を包み、やる気十分だ。僕はといえば、花粉症もあり、この2ヶ月ほど、全く自転車に乗れていない。お手柔らかに、とゴルフコンペの前のような会話をする。ゴルフやったことないから、知らんけど。。

 午前8時。集合場所であるホテルの駐車場へ降りると、もうひとりのメンバーの木村くんはすでに自転車を組んでいた。
 ぼくらは、対馬でロードバイクで楽しめるコースを開発したいと考えていた。合田さんのリードのもと、コースのハイライトになりそうな場所をハントして巡っていくのだ。
  今回は対馬市の方々がサポートカー的に、ぼくらのチームに帯同してくれる。こんな贅沢なライドはめったにない。

 ホテルのあるのは上対馬の北端から、対馬の中心である(いずはら)へとくだっていく。
 まず最初に目指すのは、異国の見える丘展望台。ホテルから20キロの距離。足ならしにはちょうど良い。車が少なく、信号がほとんどない。気温も少しひんやりする程度で、とても走りやすい。
 しかし展望台へののぼりには、激坂が待ち構える。登り始めるとペダルを漕ぐ足がズシリと重くなる。最後ののぼりの斜度はゆうに10%をこえる。まっすぐに登ることができず、箱根登山電車ばりにスイッチバックで登る。
 この激坂を、合田さんはスイスイとあがったりさがったりして、ぼくの写真を撮ってくれる。その超人的な体力にあらためて驚くとともに、今年はちゃんとトレーニングを積もうと、体にまとわりついた贅肉の重さと闘いながらも、心に誓う。

合田さん撮影
合田さん撮影
合田さん撮影

 展望台はまっすぐに釜山に向いている。ここからの距離は50キロほどだという。前回同様、展望台の突端へとでて写真を撮ってもらう。木村くんが「韓国の電波がはいる!」とiPhoneを見せてくれる。ラジオも普通に受信できるのだという。コロナ禍の前には、韓国から船で、年間400万人がこの島に観光にきていたという。街のあちこちでハングル語を見かける。この島では、時折東京にいると感じることのない、隣国を感じる。

 ここからは一旦、サポートカーにのり、ルートハンティングへ。合田さんが地図上でみつけた山越への枝道へと向かう。だんだんと道が細くなる。途中、原木しいたけ栽培や、ミツバチの蜜をとるための蜂洞を見かける。
 川の水は澄んでいて、人に踏み荒らされていない。こんな自然いっぱいの道を駆け抜けるライドイベントがあったら、楽しいだろうなぁ。

 山を越え、里にでると桜が咲いていた。今回のライドはたまたま満開の時期と重なった。対馬には桜が多い。ロードバイクに乗りながら、なんどもその美しさに声をあげた。
 上対馬の舟志川沿いにある、7キロほどのもみじ街道で、自転車を下ろし、再びライド。合田さんによれば、もみじが最も美しいのは新緑のこの季節。葉が薄いので、光を通し、さまざまな表情を見せるのだという。この日は雲が多く、まだらに差す太陽が新緑を照らす。たしかにこの時期、こうした里山を駆け抜けるのは心地よい。

権藤さん撮影
権藤さん撮影

 昼食は島でも屈指の人気を誇る「あなご亭」。「開店直後の11時半しか予約ができなくて、少しでも遅れると、予約が取り消しになるんですよ」とサポートカーの運転をしてくれた観光物産協会の立石さん。ロードバイクではとても間に合わないので、ふたたびサポートカーのお世話になる。
 あなご亭は、もともと漁師だった店主が、地元のあなごを味わってほしいと、研究を重ねて始まったという。もともとあなごを食べるという文化は対馬にはなかったらしい。
 せいろ蒸しの蓋をあけると、みっちりとあなごが敷き詰められている。つしま亭のあなごは、東京のお寿司屋さんで食べるものとは全くの別物。肉厚であぶらがのっている。ごはんとかきこむとお腹にずっと収まる。単品で、あなごカツもいただくがこちらもジューシー。あまりに美味いので、帰りがけに冷凍のお土産を東京に送った。

 午後は、対馬観光のハイライト、和多津美神社から烏帽子岳展望台などをめぐる。神話に思いを馳せ、厳かな気持ちになったり、真珠養殖で財をなして建てられたという真珠御殿をみて、俗世のひきこごもを感じたり。どちらも前回に続いての再訪だが、何度来ても心が動かされるなにかがある。だからこそ多くの人を惹きつけるのだろう。

 合田さんが、最後はここへ、とこだわったのは、「あそうベイパーク」。ここは広大な敷地の公園で、サッカーができるグラウンドやキャンプ場が点在する。そしてここでも満開の桜。トレーニング不足のぼくは、すっかり足がなくなっていたが、この桜に魅せられ、最後の力を振り絞りプチライド。合田さんがその様子を写真に収めてくれた。
 公園の最奥にはサップができる入江があり、そこが本日のゴールとなる。浅瀬にはあさりがたくさんいて目視ができる。腹這いになり、あっちにも、こっちにも、とはしゃいでいたら、合田さんに「まるで子どもですね」と笑われる。看板には資源保護のために、あさりやさざえを取らないように、と書いてある。さざえもいるのか、と妙に納得する。

合田さん撮影
合田さん撮影
合田さん撮影

 この日の宿は、南禅寺を総本山に持つ、宿坊・西山寺(せいざんじ)。境内にも桜が咲き誇る、よき佇まいのお寺に併設して宿がある。宿坊というのでストイックな宿かと思っていたが、洋室でひろびろとしており、しっかりとした旅館という感じ。朝には座禅体験もできる。

 早春の対馬は、どこにいっても桜が咲いていた。ソメイヨシノだけでなく、山にはヤマザクラが自生していて、心ゆくまで堪能した。この島を走っていると、思いがけず異国を感じ、歴史を感じ、暮らしを感じる。そして、どこか懐かしさを感じる。おそらくそれは、この島の人たちが自然のの恵みを大切にしながら、バトンのように手渡してきた、ありようのようなものなのだろう。

 この島には、まだまだ走るべき道がたくさんある。
 いつか、この対馬をたくさんのサイクリストたちと走りたい。

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