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前書き無料公開『超電導リニアの不都合な真実』

ーはじめにー

日本は、鉄道が特異的に発達した国です。 

そのことは、世界全体に目を向けるとよくわかります。

世界全体から見れば、日本は小さな国です。人口においては世界の2%に満たず、陸地面積においては世界の0.29%程度にすぎません。ところが鉄道利用者数においては群を抜いており、世界の31%を占めています(国際鉄道連合2013年調査)。つまり、世界全体で鉄道を利用する人のうち、約3人に1人が日本で鉄道を利用しているのです。人口や陸地面積の比率から考えると、これは驚くべきことです。 

しかも、日本全体の鉄道利用者数の8割以上を、三大都市(東京・名古屋・大阪)を中心とする三大都市圏が占めています。この三大都市圏には、日本の総人口の約半分と、大法人(資本金10億円超の法人)の約8割が集中しています。 
この三大都市圏を結ぶ代表的な鉄道が、東海道新幹線です。今から半世紀以上前の1964年に開業した、高速鉄道の元祖です。 

東海道新幹線の大きな特徴は、世界に類を見ない大量高速旅客輸送を実現していることです。 16両編成(定員1323人)の高速列車が、最高時速285kmで、最短3分間隔という通勤電車さながらの頻度で走り、年間1.74億人(2019年3月時点)の旅客を運ぶ。このような鉄道は、世界広しといえどほかにありません。 
このように、世界全体に目を向けると、日本は鉄道が特異的に発達した国であることがわかります。 

いまそのような日本に、大動脈がもう1本生まれようとしています。 

それが、本書のテーマであるリニア中央新幹線、すなわち超電導リニアを導入した中央新幹線です。三大都市圏を結ぶので、東海道新幹線を運営する東海旅客鉄道(以下、JR東海)は、これを東海道新幹線のバイパスとして位置づけています。

  リニア中央新幹線は、日本に大きなインパクトをもたらすと期待されています。最高時速505 kmでの営業運転が実現すると、東京・名古屋間が40分、東京・大阪間が67分で結ばれる。これによって三大都市圏が約1時間で移動できる範囲に入り、経済活動が活性化すると考えられるからです。 その効果が日本全体に与える影響を考えれば、日本の将来を左右する巨大事業とも言えます。 

ただし、この鉄道の建設は、環境問題や採算性の問題など多くの課題を抱えています。もし、これらの課題がクリアできなければ、後世にとっての負の遺産になりうる危険性をはらんでいます。 

このため、リニア中央新幹線に対しては賛否両論あります。 ただし、賛成派と反対派による議論は、長らく深まっていませんでした。 

その大きな要因は、事業の実態がわかりにくいことにあります。 

リニア中央新幹線は、国の国土計画とリンクしたプロジェクトです。中央新幹線は、全国新幹線 鉄道整備法(以下、全幹法)という法律に基づいて1973年に計画が決定した鉄道路線です。JR東海は、国土交通大臣からそのプロジェクトを進めるために指名された一民間企業にすぎません。 

ところがこのプロジェクトは、JR東海が建設・運営主体となって進めています。JR東海は、 巨額の総工費(9兆300億円)を全額自己負担して建設し、開業後の運営も担います。同社は、3兆円の財政投融資を受けたとはいえ、それは名古屋・大阪間の建設を前倒しするための借金。期限までにそれを返済する義務があるので、結果的に総工費を全額自己負担することには変わりありません。 

つまり、このプロジェクトは、公共事業と民間事業の両方の顔を持つので、国とJR東海の役割 分担が判別しにくく、責任の所在が曖昧で、わかりにくいのです。そもそも民間企業が新幹線を建設した前例はありません。 

それゆえ、批判の矛先が向きにくく、争点が定まらない。国が主導して進める一般的な公共事業のように「税金の無駄遣い」と言われず、プロジェクトの妥当性もあまり問われない。だから国民 の関心も低く、議論も深まらなかったのです。 

また、これまで進められた議論には肝心な視点が欠けていました。それは、超電導リニアの技術が完成していることを前提にして話を進めており、それを疑っていないことです。 

もしこの前提が崩れれば、議論する内容を根本的に見直す必要があります。 

そこで私は、超電導リニアの技術をあらためて検証しました。実際に実験線を訪れ、車両に乗る。資料を集め、鉄道・リニア・航空の技術者(現役・OB)とディスカッションする。そうしたことを繰り返すことで超電導リニアの実現性の高さがどの程度なのかを調査しました。

その結果、超電導リニアについて、次のような結論を得ました。 

・技術的課題がまだ多く、営業運転に至るまでには長い時間がかかる  
・日本での実用化は時期尚早である 

もしこの結論が正しければ、リニア中央新幹線は、土台となる前提が崩れたまま進められている、危ういプロジェクトだと言えます。 

ただし、もし在来方式で開業することになれば、先ほどの財政投融資は正当化できなくなり、計画が頓挫しかねません。 

つまり、中央新幹線は、超電導リニア方式と在来方式のどちらで開業するとしても危ういプロジェクトなのです。 

以上のことは、一般にはほとんど知られていないので、本書に記しました。

本書の主たる目的は、国民的議論を進める上での判断材料の提供です。現在は、判断材料となる情報、とくに短所に関する情報が不足しています。超電導リニアや中央新幹線に関するネガティブな情報は、あまり公開されていないからです。これでは議論の足がかりになるたたき台すらつくることができません。だからこそ本書では、すでに公開されている長所の情報に加えて、あまり公開されていない短所の情報も記しました。

とはいえ私は、超電導リニアの開発や、中央新幹線の計画・建設に携わった方々を批判するつもりはまったくありません。文中では公益財団法人鉄道総合技術研究所(以下、鉄道総研)をはじめとする特定の企業・団体・個人の名前を記した箇所がありますが、これは事実を示すためであり、それぞれを批判するためではありません。これらの方々はたまたま関係する組織に属していたゆえに携わったのであり、すべての方がリニア中央新幹線に対して前向きだったわけではないからです。 

また、計画をけん引した国や、それを推進したJR東海、そして判断をした人物たちを批判するつもりもまったくありません。時代ごとにニーズがあったという正当性があり、言い分があるはずだからです。 

だから私は、開発や計画に携わった方々のご努力に惜しみない拍手を送りたいです。

ならばお前は何がしたいのだ。そう言う方もいるでしょう。

私が本書でしたいことは、「誰が悪い」という犯人探しではありません。リニア中央新幹線というプロジェクトがいかにして生まれ、現在までどのように受け継がれてきたのかという経緯や、その問題点を整理し、お伝えすることです。そう、批判ではなく、国民的議論を進めるための情報提供が目的なのです。 

なお、本書では、多くの方が注目する環境問題や、プロジェクトの経済効果や採算性については 深く論評しませんでした。なぜならば、これらについて専門家やジャーナリスト、市民団体が記した書籍はすでに存在するからです。 

2020年、リニア中央新幹線は大きな転機を迎えました。 

まず、工事が先行する東京・名古屋間(以下、品川・名古屋間)を、計画どおり2027年に開業させることが困難になりました。その大きなきっかけになったのは、トンネル工事で生じる水問題 が解決せず、静岡県を通る区間の着工が遅れたことです。ただし、他の地域でも工事の遅れが生じています。 

また、世界を襲った新型コロナウイルスの感染拡大による危機(以下、コロナ危機)によって、出張や観光を目的とした旅行を控える人が増えた結果、東海道新幹線の利用者数が激減し、JR東海が発足以来の最大の経営危機に陥りました。 

これを機に、リニア中央新幹線の賛否を問う意見がネット上で聞かれるようになりました。コロナ危機で人々の生活様式が変わり、日本が人口減少社会に突入した今、その巨大事業を進めるべきなのか。それがあらためて問われるようになったのです。 

これは、国民的議論を進める最後のチャンスです。 それを進める上で、本書が一助になれば望外の喜びです。 


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