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アートへの関心はパーソナリティから予測できるか?

アートへの関心とパーソナリティの関係

アートの好みや関心を規定するような,パーソナリティの特徴はあるのでしょうか? 2018年に発表された論文でイランの研究者,Afhami & Mohammadi-Zarghan (2018) は,パーソナリティの5因子特性,いわゆるビッグファイブの次元と美的判断の仕方,芸術作品への関心との関連を調べました。結論から言うと,5因子の中でも「経験への開放性」(Openness to Experience)が,高度な判断スタイル芸術活動への関心と関連していることが示唆されました。また,芸術への関心を予測する要因について回帰分析を用いて調べたところ,経験への開放性に加えて,同じく5因子特性の1つである情緒安定性,美的判断スタイルの象徴的側面と具体的側面,さらには性別が予測しうる要素として分かりました。

パーソナリティの5因子特性

そもそものところからですが,心理学ではパーソナリティ(およそ性格と同じ意味)の捉え方として,5つの要因で捉えようとするアプローチがあります()。どのような5因子かをごく簡単にいうと,神経症傾向(もしくは情緒安定性):気分の不安定性(もしくは安定性)や不安・抑うつの高さ(もしくは低さ)の傾向,外向性:活動的で関心が外に向けられる傾向,協調性調和性):協調的で寛大,思いやりや面倒の良さを反映した傾向,勤勉性誠実性):真面目で計画的,几帳面な傾向,それと開放性経験への開放性):興味や関心が広く未知の経験や知識を求める傾向,という5つです。
私はパーソナリティ心理学や性格の専門家ではないのですが,最近では美意識や美的判断とパーソナリティとを関連させたデータをよく取っています。性格については以下の新書が分かりやすいかと思います。

芸術への関心に影響するパーソナリティの特性

先ほどの研究のパーソナリティに関連する部分についておさらいすると,これらの5因子特性の次元のうち,開放性と情緒安定性(神経症傾向が低いこと)が高いと芸術への関心も高いという因果的な結果が得られました。そもそも,ビックファイブの次元構造を見てみると,ビックファイブを把握するための評価でも,開放性を構成する要素に審美性や空想などが含まれており(Costa & McCrae, 1985; 下仲ら, 1998),美意識・美感がそもそもパーソナリティの主要な要素を構成していると言える訳です。

また,ウィーン大学のTranらの研究では(Tran et al., 2021),オーストリアの芸術の専門家約100名と非専門家約550名とを対象に,彼らの5因子の性格特性と映画や文学などの伝統的な2つのジャンル(ヌーボーロマンと実存主義)に対する好き嫌いとの関連を調べました。パス解析という因果関係の方向性について(ある何らかの要因から別の要因への影響関係)の統計手法を用いて分析したところ,5因子のなかでも開放性が高いことと勤勉性が低いこととがジャンルやメディアを超えて刺激に対する好感度の増加を生み出すようです。この結果は、関連する様々な変数(美的感覚の専門性や行動、社会的地位、感覚的喜びへの動機)の影響を考慮した上で統計処理を行ったものです。専門家かどうかなど個人の他の属性が反映されないように考慮した結果ということです。この結果は,非専門家と専門家の間で共通していたようですが、開放性が高いほど好感度も高いという関係はヌーボー・ロマンの刺激で実存主義表現より強く現れたということが分かっています。ただし,専門家は非専門家に比べて両ジャンルの刺激に対する好感度がそもそも高いことがわかりましたが,そこに開放性が高いほど好意度がより増すということですね。これらの結果は、現代アートなど型破りな芸術作品をより多くの人に知ってもらうためのヒントになると著者らは考えているようです。

ここで登場したヌーボー・ロマンとはどのような芸術表現なのでしょうか?文学などの表現運動のようですが,Wikipediaのヌーボー・ロマンの説明では

・・・作者の世界観を読者に「押しつける」伝統的小説ではなく、プロットの一貫性や心理描写が抜け落ちた、ある種の実験的な小説で、言語の冒険とよんでいい。・・・中略・・・ 読者は、与えられた「テクスト」を自分で組み合わせて、推理しながら物語や主題を構築していかざるを得ない。・・・

とあります。コトバンクの説明の方が詳しいですね。ヌーボー・ロマンの作家というと,サロートやロブ・グリエ,ビュトール,C.シモンという人たちの名前が挙げられています。

一方で実存主義の芸術表現というのもあまり馴染みがない方も多いかと思いますが,これもWikipediaによると

サルトルによると普遍的・必然的な本質存在に相対する、個別的・偶然的な現実存在の優越を本来性として主張、もしくは優越となっている現実の世界を肯定してそれとのかかわりについて考察する思想

とのこと。文学に関する知識の無さが露呈してしまいました(そのうち上記の引用は専門の辞典等から引用し直しておきます)。実存主義文学の作家としては,サルトルやカミュ,カフカ,安部公房,大江健三郎,開高健らがいいるようですね。開放性が高い人ほど,よく知られていない芸術に対してより積極的であったり,関心が高かったりするのでしょうね。

俳句の鑑賞と個人特性

芸術の心理学においては,美術や音楽についての研究はたくさん行われてきましたが,文学に関する研究は非常に少ないのが現実です。私も以前,俳句の鑑賞や評価に伴う脳活動の研究を行っていたことがありましたが,あまり有益なことが得られませんでした。むしろ,それだけ俳句や詩歌の評価というのは個人によって捉え方も違うし,評価の在り方も様々であるともいえるわけです(川畑ら, 2008)。
詩歌の美的鑑賞に影響を与える要因は何なのでしょうか?いくつかの研究はなされています。今年2021年に発表された論文は,京都大学の櫃割さんらの研究(Hitsuwari & Nomura, 2021)では,277名の実験参加者に,36の俳句を「イメージの鮮明さ(imagery vividness)」「刺激の情動価(stimulus valence)」「覚醒度(arousal)」「感じた感情の情動価感情価,valence of felt emotion)」「俳句の美的評価(aesthetic appeal of haiku)」の5つの特徴について評定してもらい,その後自分自身の特性を評価するアンケートに答えました。その結果,感情価とイメージの鮮明さの両方が俳句の美的評価をおおむね予測し、さらにイメージの鮮明さの美的評価への影響は感情価によって部分的に媒介されることがわかりました。また彼らは,実験参加者の視覚的イメージ能力畏怖・畏敬の感じやすさノスタルジア傾向といった個人特性が俳句の美的評価の大きさを予測しうることを示しています(それらの特性が大きいほど美的評価を高く与えやすい)。一方でビッグファイブの開放性は美的評価に影響しないということのようです。

まだまだ美の感じ方とパーソナリティとの関係を検討した研究はたくさんありますので,少しずつ紹介できればと思います。私は人の内面,つまりパーソナリティとしての美意識に関心を持っていますが,そこにどのような要因が関連しているか,日本人と欧米人との比較等についても面白いことが分かってくるのではないかと思っています。

引用文献

Afhami, R., & Mohammadi-Zarghan, S. (2018). The Big Five, aesthetic  judgment styles, and art interest. Europe's journal of psychology, 14(4), 764.
川畑秀明, 河地庸介, 鈴木美穂, 柴田理瑛, & 行場次朗. (2008). 俳句印象の心理的構造と脳活動の対応. 電子情報通信学会技術研究報告. NC, ニューロコンピューティング, 108(264), 31-34. 
Hitsuwari, J., & Nomura, M. (2021). How Individual States and Traits Predict Aesthetic Appreciation of Haiku Poetry. Empirical Studies of the Arts, 0276237420986420
Tran, U. S., Swami, V., Seifriedsberger, C., Baráth, Z., & Voracek, M. (2021). “Kneweth one who makes these notes...”: Personality, individual differences, and liking of nouveau roman and existentialist literature and film. Psychology of Aesthetics, Creativity, and the Arts, 15(2), 250.

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