『ビラヴド』/本・アメリカ文学

読んだのは↑ですが
新しく↓のハヤカワepi文庫版が出ています


『ビラヴド』―忽然と現れた娘は名のった。逃亡奴隷のセスが、“愛されし者”との願いをこめて、自分が殺した娘のために彫ってもらった墓標と同じだった。壮大なスケールで描く愛と告白の物語。ピュリッツアー賞受賞作品。

『物語論 基礎と応用』で紹介されていて読んだ本です。

 するっと始まる回想があちこちに挟まって、話が階層化してる。回想だけにね!
 えーっと、だいたいが集中力のない人間なので、何をしていても(それこそ手を動かすゲームをしていても)、面白いと思いつつそのうちに眠くなってきてしまうんだけど、マジックリアリズムの文体(ってことでいいんでしょうかね?)が読んでて夢現というかぼうっとするせいか、いつの間にか違うストーリーが頭の中で展開されていて困りました。この頃暑くて具合悪かったのもあるのかなあ……。
 内容的にも単純に「面白い」とは言い難い、重い重い物語。それぞれの人物の記憶を行きつ戻りつしながら、謎めいた存在であるビラヴドと、もつれるような感覚で味わうという、なかなかない体験でしたねえ。文章自体は(訳者の力かもしれないけど)平易なのがなんだか不思議で、夢現にも気づいたらページは進んでいるというのも、これまた不思議でした。

 単純に面白いとかいえないし、実際に感想としてもそういう感じにならないので、なんていったらいいのかわからないんだけど、とにかく凄みのある物語だったな……。記事タイトルにいつもジャンルを入れてるんだけど、どう分類されるのかよくわからないし、ヘッダー画像もぜんぜん決められなかったよ(実は毎回悩んでいます)。「人から人へ伝える物語ではないのだ」ということの難しさを、感想を書くだけなのに強く感じたな……。

 あと、これもうずっと気になってたんだけど……原文だと何で書かれてたのか、"もうはいはいしてんの子ちゃん"。検索してもぜんぜんわからなかった……!

 では以下、引用して感想を添えます。


 盛装した女が、水の中から上がってきた。

上巻p.99

『物語論 基礎と応用』でも引用されていたけど、インパクトのある文章だ。映像的にも強い小説だと思うんだけど、映画化してないのかな……? と思ったら、してたのね。
 ところで、表紙のイラストがビラヴド……でいいんだよね? でも黒人じゃないよね……? イラストの影響を受けたのか、自分もビラヴドのイメージをついうっかり白人の少女で脳内再生してしまうのが、なんというか考えさせられてしまう。


 花の姿を見失い、道案内をしてくれる一枚の花びらもなくなると、立ち止まって、小山に生えている一本の木に登り、地平線をくまなく見渡して、一面の緑の中に、ピンクか白の鮮やかな色の斑点を捜し求めた。彼は花に触れることもなければ、足を止めてその香りを嗅ぐこともなかった。ただひたすら開花前線を追ったのだ。花ざかりのスモモに案内されて進むボロをまとった黒い人影。

上巻p.219

 つらいシーンが多い中、いやまあこのシーンも別に明るいわけじゃないんだけど、映像的に美しいシーン。


「この方たちに言ってくれ、ジェニー。わしの農園に来る前に、わしのとこより待遇の良い農園に住んだことがあるか」
「いいえ、だんなさま」彼女は答えた。「ありませんでした」
「スウィートホームにはどのくらいいたかね?ー
「十年、だと思います」
「ひもじい思いをしたことは?」
「ありません、だんなさま」
「寒い思いは?」
「ありません、だんなさま」
「おまえの躰に手をかけたものは?」
「ありません、だんなさま」
「わしはハーレがおまえを買い取ることを許したかい、それとも?」
「はい、おゆるしになりました」
 答えながら、ダケド、アンタハワタシノ息子ノ所有者ダシ、ワタシハスッカリボロボロニナッテル、と考えていた。ワタシガ主ノ御許ニ召サレタズット後マデ、息子ヲヨソニ賃貸シシテ、ワタシノ支払イヲサセルクセニ。

下巻p.27-28

 つい、ガーナー氏みたいな人がいてくれてよかった、みたいに感じてしまうんだけど……いや、実際ガーナー氏はいい人なのだろうが……この辺のところがひどく重い。


 ビラヴド、あの子はわたしの娘。わたしのもの。ほらね。あの子は自分からすすんで、わたしのところに戻ってきた。

下巻p.129

 ビラヴドらあたしの姉さん。あたしは母さんのお乳といっしょに、姉さんの血を飲み込んだ。

下巻p.139

 あたしはビラヴド。あの女(ひと)はあたしのものよ。

下巻p.150

 p.129-163がすごい。恥ずかしいことを隠さず書いちゃうけども、ビラヴドの文章は正直よくわからなくて雰囲気で読みました。それでもそんなんでも、圧倒されるものがある。3人とそれ以外の六千万有余の人々がまざりあって、もたれあう。


「セス」と彼は言う。「おまえとおれ、おれたち二人は誰よりも、たくさんの昨日を背負ってる。おれたちにだって明日が要るんだ」
 彼はかがんでセスの手を取る。もう片方の手で、彼女の顔に触れる。「おまえ自身が、おまえのかけがえのない宝なんだよ、セス。おまえがだ」
 よりどころを掴むような彼の指が、彼女の指を摑んでいる。
「わたしが? わたしが?」

p.267

 もはやありふれすぎた言葉となっているんだけど、この物語で、この物語が語ることにおいて、痛切な叫びだ。セスの反応がまた……。

 さて、次はもういっちょ背伸びして『ペドロ・パラモ』を読んでみます。では!

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