へっぽこサーフィン5回目

今日はサーフィン5回目。
めげたけれど、やっぱり続けたのでした。

前回のサーフィンからしょげた気持ちを引きずったまま、数日を過ごした。
なにそれくらいでめげてんだ!と気持ちを押し戻そうとしたけれど、萎んだ風船のように心のゴムは冷えて硬くなっていった。そんな自分を侮辱しては虚しかった。空は寒さを増し、冷たい雨が寂しげに降ったりしていた。

その日は朝からよく晴れて、私はいつもより早く目覚めた。
前の週に海岸で筋トレをした時に拾って帰ってきたプラゴミを出せる日だった。大きなそのゴミをボンと収集場に置くと、私はそのままトコトコ歩いた。自然と海に向かっていた。
いつもサーファー達が浮かんでいるその海は、朝日をまるごと受け止めて光輝き青くどこまでも広がっていた。
「あぁ、今、この瞬間、この海で、サーフィンがしたい。」
心からそう思った。どれほど気持ちがいいだろう。 誰もいなければぶつかる不安もない。大股広げて転がったって恥ずかしくない。ああもう堪らない。そうだ、やろう。朝、やろう。海がまだ静かな威厳をたたえているこの時に、海と空と好きなだけ戯れたい。
振り向くと、通りの反対側にあるお店の扉が開いているのが見えた。もうお店は開いている。私はいそいそとお店に向かった。

なんとなく気恥ずかしくて、顔だけ扉から覗かせてみた。すぐにおじさんと目が合った。こんにちは…と言うと同時に、おじさんがいつもの張りのある声で「おう!」と言ってコイコイと手招きした。あなたに見せようと思ってたんだよと言いながら携帯の写真を見せてくれた。それは私がサーフィンしている写真だった。立ち上がりから岸に向かうまでが連写にされていた。確かに前回、岸でカメラを構えている人がいて、「あ、今撮られてる!」と私も思ったりしていた。「ピース」なんてできる余裕などあるわけもなくそのまま過ぎていったけれど、その時海で私をみてくださっていた方の知人だったのだそうだ。ここ数回で自分がどんな風に立ち、一体どんな風にサーフィンをしているのか客観的見てみたいと思っていた。何が変で理想形とどう違うのかきっとよく分かるのになと思った。
実に撮りごたえのない被写体だっただろうけれど、連写までゲットでき感無量の私に、おじさんは力強くアドバイスをくれた。ふんふんと私も体に刻みこむようにしてそれを聞く。そして早速、翌朝やりたいと申し出た。私の寒がりっぷりを知っているおじさんは一瞬詰まって言った。
「さみぃぞぉ」
「いいの、もういいの」必死で言った。
「そうか、いいか」とおじさんは笑った。
潮のことや波のこと、風のことなどいろいろ教わり、私は小躍りしながら帰った。

家に帰ってから改めて自分のサーフィン写真を見てみた。当然、へっぽこだった。腰は引けているし足も自分で思っているより全然閉じていて、いかにも「いやーん」という格好だ。何もかもが改善材料だけれど、それがまた嬉しかった。ただ、力みのせいで鼻が上にめくれあがり想像を超えるブー顔だったことだけは、自分でもかける言葉が見当たらなかった。
あぁ、いつか、真珠貝に乗ってザァっと海から出てくるアプロディーテのような、そんな美しいサーフィン姿になりたいなぁ…

翌朝、家で準備体操を済ませてから弾むようにお店に向かった。今日も海が輝いている。おじさんは寒がり屋にまた別のサーフスーツをあてがってくれた。ウンウンと着替え、ポイントを教わり「いってきま〜す」と言うと「おう、行ってこい!」と声が背中に念のように飛んできた。気分だけは百人力でどうも上手に持てないロングボードを抱えヨタヨタと海に向かった。
広い海に先客は一人だけだった。その人よりも沖に出ないよう、おっかなびっくり始めた。1回目、わけがわからないままなんだか立ったけど斜めに吹っ飛んだ。2回目、3回目、何をやっているのかよくわからないなぁという感じだった。何度かやっていると三人連れの男女がすぐ近くにやってきた。男性が女性を波に押し出すと女性はスイーっと立っていった。浜でもう一人の男性がそれを見ていて三人でワーと喜ぶのを繰り返していた。なんとなく気が散漫になっていったから、やってきた大きめの波に力んで漕ぎ出した。ドワーッともろに煽られて尻上がりに頭から海に突っ込んだ。ぐすん。ぶすん。怖いよぅ。へなへなとパドリングしていると、女性が一人浜にやって来た。そしてスーと私の方に漕ぎ出して「こんにちは」と優しく話しかけてきた。同じショップから来た人で、おじさんからお汁粉の差し入れがあるから、浜で一緒に飲んで違うポイントに行こうと言ってくれた。

浜で彼女は自分の名を名乗った。自然で明るい素敵な声だった。そして私はすでに彼女と会っていたことを思い出した。
初めてのサーフィンの日、お店に着くと店の前の歩道の隅に、サーフスーツを着た女性が一人腰掛けていた。なんとなく沈んだ面持ちに見えたから私は挨拶をすることもなくそのままお店に入った。着替える場所を案内してもらうためお店を出ると、近くに座っていた彼女におじさんが「(着替え部屋を)使って大丈夫か?」と声をかけた。彼女はおじさんに顔も向けず返事もろくにしないように見えたから私は少し驚いて彼女とおじさんを交互に見たのだった。それが彼女との最初の出会いだった。海から上がって放心していたのかもしれない、あるいは調子がよくなかったのかもしれない。おじさんに腹を立てることがあったのかもしれない。なんにせよ私はその記憶と今耳に響く彼女の声で2つの世界で彼女に会っているような不思議な感覚を感じながら缶のお汁粉をすすった。お汁粉を飲むと急に寒くなって体が震えた。私が寒がると彼女は行こうと言って立ち上がり、私の缶も持ってポイントへ連れて行ってくれた。
去年の今頃サーフィンを初めてちょうど1年だと彼女は言った。短いボードを使っていた。1年後、私はどんなボードでどんな波に乗っているのだろう。めいめい好きにやりながら彼女は私にアドバイスをくれた。怖くないかとか、女性のサーフィンとか、気になっていたことを波間をぬって聞いたりした。気楽に話し、それぞれ好きにサーフィンをする。素敵な時間だった。乗れないような小さなうねりを使って彼女はもりもりとパドリングをした。なるほどと私は感心してばかりだった。満潮に近づいているせいか波が少なくなってきた頃、近くに大きい岩があり、そこに近いほど波も大きくなるからこっちにおいでと彼女が言った。岩に近いとゴリっと屋りそうで怖いと私が言うと彼女は「私がここで盾になっててあげる、そしたら安心でしょう?」と言ってボードに跨ったまま両手を大きく広げた。私は笑いながら「優しいよぅ」と呟いた。
彼女を見習いパドリング練習をしていると後方に波が見えた。アレに乗るぞと漕ぎ出し、その日初めて私はまともに立った。彼女も褒めてくれた。さらに波も少なくなり2時間経って体も冷えたので、私はお礼とさよならを言って先にあがった。彼女の分の缶も持って。
近場の冷たいシャワーで初めて自分ひとりでボードの砂を洗い流した。お汁粉缶の口をすすぐと、小豆がころころと流れ出てきた。水浸しの中の豆を横目に(鳥さんが食べてくれる…)と念じながらガタガタ震える体で裸足に突き刺さるようなアスファルトの上をヨボヨボ歩いてなんとかお店に戻ると、すぐにおじさんが出てきて手を貸してくれた。そして「立てたか!?」と真っ直ぐに聞きながら海老煎餅を差し出してくれた。海老煎餅をかじりながら私は「うぅ〜ん」と煮えきらない返事をした。
心の中では「1回乗れたんだよ!」とウハウハ報告しているのだけど、1回じゃなぁ〜と思うとなんとなく口にできなかった。

シャワーを浴びて出てくると、彼女もあがってきていた。シャワーを待っている間におじさんに私の成果を報告してくれたのだろう、私が出てくるとおじさんは「1回自分で乗れたんだろう、1回でもいいんだ、それでいいんだ」と力強く言ってくれた。
彼女がシャワーから出てきたら彼女からもアドバイスしてもらえとも言われたけれど海でずっとアドバイスしてくれていたからこれ以上は気が引けた。
かと言ってスタスタ帰るのもなんとなく気が引ける。シャワーの前で立ちはだかっていても仕方がないから、堤防のところに行って海やサーファーを眺めていた。つい熱中して、はっと思い出し振り返ると、彼女の帰っていく後ろ姿が向こうに見えた。
またすぐ週末に来るねとおじさんに言って、私も帰った。

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