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1990年8月 研修の名のもとにソ連・モスクワと各地 01

【まとめ】出発からルームメイト確定、授業が始まるまで

8月6日(月)
8:14 ひかりにて静岡発、東京へ
東京に近づくにつれ、雲が低い所にかかっているのが見える。台風のはぐれ雲? 飛び上がったら届きそう。

10:08  あさひ309で新潟へ

長岡を出たあたり、雲は多いがいい天気。
ビュッフェに大柄のロシア人が何人か、でかい声で楽しそうに話している。
新幹線は混んでいる。指定を取ったが、まわりにこまかい人たちがわらわらしていてとてもにぎやか。お母さんの顔はバテ気味。

佐渡おけさ鳴り響く新潟に着。駅のうどん屋さんのうどんがおいしい。
札幌のSさん(女性、編入大学4年。学者さんぽいしゃべり方でカッコイイ)という方とたまたま知り合い、同じツアーとのことで一緒にタクシーで空港まで。
13:30 いったん集合してから14:20に再集合となる。

添乗員のХさん。これからお世話になります!

東京近郊から来たAさん(女性、同い年。専門学校教員。長髪で目がキラキラしててエネルギッシュ)とお話する。ロック好きで昨年ひとりでシベリア鉄道を使ってモスクワに行ったんだって!
15:30 イリューシン機で一路ハバロフスクへ。
席は窓側でしかも、隣2席が空いていた。まるっきり一人旅気分では!?
下はかすんでいて、水平線と空との境がみえない。はるか遠くに入道雲、眼下には細かいまだらな雲。
機内は相変わらずアエロフロート独特の匂い。機内の継ぎ目?に水滴がつき出した。冷えると思ったよ。
食事中に下をみると、白衣のひだみたいな山並み。所々はみ出た綿のように雲も。

17:30 ハバロフスク着
つばさがブルブル震えて、頑張っている感じで着陸。ハバロフスクは雨。
ホテル・インツーリストに泊の予定だったらしいが、夕食後そのまま出発となる。
食後、希望者はロシア民謡ショーを見に行くことに。
あまり興味なく、外で他の居残り組とダラダラと話をして過ごす。
途中で、ツアーメンバーのひとり、Kさん(男性、大学教員。何かと話しかけてくれる。穏やかな笑顔が素敵)が
「いやー、すばらしかった」
と辟易した顔で棒読み感想を述べながら出て来た。
照明が少なく、おどろおどろしい感じもするホテル。

また飛行機に乗って、8時間ほどでモスクワ着。

月明かりの下、宝石のような街並みが見える。道路はナトリウム灯のオレンジ色の列。

空港を出る時時計を直す。
3:30 バスのラジオはガンガン鳴っている。夜の街道は故障車はおろか、人っ子ひとりいない。白樺林が暗がりに浮かび上がっては消えて行く。
モスクワのホテル・セバストーポリに着く。
部屋割りは、新潟で話をした同い年のAさんと同部屋となる。気を遣わない感じでお互いマイペースなので、なんとかなりそう。

ざっくりとこんなお部屋。階段上って一番すぐにある

8月7日(火) 晴
がんばって8時に起きる。
午前 クラス分け面接。ひとりずつ大きな部屋に呼ばれて、簡単な会話テスト。もちろん、何を言われているのか分からないので初級クラスに割りふられる。Aちゃんも同じ初級クラスで安心する。
午後 皆でそろって市内見物。Aちゃんはすでに小銭も用意していたので、お金を借りてメトロに乗る。

市内見物ではまず、ホテル・ロシアで両替、
(5000円=192ルーブル47カペイカ)その後すぐ近くの赤の広場を見物。

ホテル前にはビニルハウスみたいな簡易テントが立ち並び、少数民族らしき人びとが座り込んでいる。プラカードみたいのをいっぱい立てているので、デモ? ジプシーなのだろうか、子どもたちがはだしで歩き回っている。ツアーメンバーのFくんはそのうちのひとりに脚にまとわりつかれ10ルーブルも恵んで、いたく喜ばれていた。

バスキンロビンズ(31)があったので入る。カップのシングルが1ドル75セント。レモンシャーベットにはピールが入って美味(日本であまり食べたことないのでどこも同じなのか知らず)。ここは全て英語表記だった。

ツアーメンバーTちゃんEちゃん

からっと晴れた赤の広場。
ツアーメンバーのひとりの若者、カバンにつけていたゴルビー人形を警察官に見とがめられ、しまうように(目で)言われた。そういうとこやっぱり厳しい。

アイスなめなめ、次はモーリストレース河岸へ。クレムリンの屋根の輝きがとても美しい。
物売り少年たちも多いが、どうやら道路向こう側の青年たちが彼らを牛耳っているらしかった。組織関係らしい?タクシーも客待ちしている。

お次はモスクワ大学を裏口から攻める。美しい建物。
のどが渇いてミネラルウォーターを1カペイカで買って飲んでいたが、見知らぬおじさんが3カペイカを二枚くださった。
それでまた3カペイカの甘めの清涼飲料水を買って飲む。
おじさんすぱしーば!!

夕方、昨年のツアーで泊ったBDHX(ベーデンハ)駅近くのホテル・コスモスに行ってみる。バーにはペリエ、ハイネケン、ファンタ、コーク、コークライトまで。ロイヤルクラブも。去年よりずっと品数多い。
コークは日本円で150円。
ここのホテルのバーは、他の人が言うにレートが滅茶苦茶らしい。

8月8日(水)
午前 初授業 先生はうら若きA・N先生。挨拶やものの名前を色々教えてもらう。

20歳、既婚とのこと

午後 ひとりで公園へ。
地下鉄のセバストポリスカヤ駅から9号線に乗って北上、街なかのどこかで2号線に乗り換え、もしくはホテル最寄りのカホスカヤ駅から10番線で二駅のカシルスカヤ駅、そこから2号線で最北端のРечной вокзалレチノイヴァクザール駅まで(記憶にない)。
歩いてすぐ、白樺の林と池(周りがコンクリート)の公園。

鳥の名前を教えてくれたおじさん
リス発見
おじさんはリスのめんどうも見る

池なのに、水着で泳いでいる人数名発見。勇気ある。
水着の人びとについて来た黒い犬はおじけづき、水辺でへっぴり腰になっている。そこを水の中の人たちが「レンディフ!」とひっきりなしに呼んでいる。犬の名前なのかな?
白馬にまたがる警察官も見る。絵になるなあ、写真撮る前に見えなくなってたけど。

地下鉄(METPO)がとにかく使いやすくて最初から乗りまくっている。
3カペイカでどこへでも行ける記憶が。
地下鉄入口(входふほーと)と出口(выходヴぃほーと)が隣り合ったところが多く、片開きのガラス戸みたいのがついている。
最初区別がつきかねて入ろうとした方が出口で人とぶつかって「チッ」「あっすんません」みたいなことが何度かあった。
地下鉄ホームまでのエレベータはやたらと長くて手すりとステップとの速度が微妙に違う。
ホームはそれぞれの駅でタイルや装飾に工夫があって、地下宮殿と呼ばれることもあるのだそうな。

ホテルに戻ると、トラックに山と積まれたスイカを買った!という人がいて部屋に持ってきてくれる。1キロ2ルーブル(50円)。
同室のAちゃんはモスクワの友人Пくんに連絡取れたらしく、早速私の留守中にホテルに訪ねてきたらしい。手土産にバラが三本。お洒落だね。

バラとスイカと部屋電話とラジオのある風景
スタッフで美味しくいただきました


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