いつかの海
海原は色彩を失っていた。
それは限りない灰色の世界だった。霧雲で海と空の境界は喪失し、空と海とが灰色の寂寥めいた調和をなしていた。
恐ろしくなった。身体が身震いするほどの恐ろしさだった。
見つめているだけでその海の中の寂寥へ引きずり出されそうだった。
それは死のような寂寥であった。
荒れた大海が茫漠とその身を広げて揺蕩う。
ふとした拍子に飲み込まれてしまうんじゃないかと思った。
全身にいっぱいの水を孕んで含んで膨張している。
海の腹がなんども膨らんで膨張する。まるで意識の暗い下部にいるようだ。
海は力一杯うなっている。まるで一つの生き物のようだ。
海辺は死のような匂いがした。
水墨画のような風景の中、街は雨に濡れていた。
街は死のような静けさであった。
それは嫌に陰鬱な街であった。
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