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魚メモリーズ

5月も終盤に差し掛かろうとしている。
最近は生活リズムも改善して、朝の日光を浴びることができている。
世間から見ると、私は焦りを感じるべき立場なのかもしれないが、体調も精神も安定していて、毎日の生活が楽しくてたまらない。日光の力恐るべし。

出会い

食卓にが出てきた。私は魚を見ると思い出すことがある。
大学1年生の時に近所のスーパーの鮮魚部門でアルバイトをしていた。
高校はアルバイト禁止だったため、人生で初めてのアルバイトということになる。
当時は大学の授業も全てオンラインで、家の近くから離れることがなかった。
朝の6時にスーパーへ行き、約3時間ほどアルバイトをして帰宅する。
その後はひたすら大学の授業を受けるという生活を続けていた。

アルバイトという経験が初めてだった私は、毎日ワクワクしながら5時過ぎに起床して、スーパーへと向かっていた。
業務は主に商品の運搬や品出し、開店までの準備や軽い清掃だった。
何もわからない私に業務を教えてくれたのは、同じアルバイトの女性だった。
私よりも3、40年は長く人生を生きている大先輩の女性だった。
社員の人に言われた業務をすぐに理解して、私に一から説明してくれた。
「これがベテランと初心者の差かな?」と私は思った。

共同作業

二人一組のような形で彼女とペアになることが多かった。
よくやっていたのは、魚に味噌を塗って西京漬けを作る作業。
塗り方や作業のあれこれを教えてもらい、次第に慣れていった。
一生かけても食べるかわからない量の西京漬けをほぼ毎日作っていた。
作業しているうちに彼女と話をするようになった。
どこか祖母と話しているかのような懐かしさがあって嬉しかった。

真実

ある日彼女が私にこんなことを言ってきた。
「私は霊感が強くて人のオーラやいろんなものが見える」
昔から特殊能力系の漫画やドラマが大好きな私は興味津々だった。
私が真剣に話を聞いていると、彼女はいろんなことを話し始めた。
どうやら彼女は人間が放つオーラを見る以外にも、動物の声が聞こえたり、他人の死のタイミングがわかってしまったり、守護霊が見えたりするらしい。
正直ギョッとした。急に彼女を見る目が変わって怖くなってきた。
こういった非科学的な現象の主張を信じない人ももちろんいると思う。
しかし、当時の私は好奇心が勝ってしまって彼女との会話を楽しんでいた。

YESか脳か

実は大学1年生の時の私は、人間の持つ能力の限界に非常に興味があった。
文系なのにも関わらず、脳科学の授業を履修して、授業とは関係のない内容を教授に質問して、独自の課題や研究に付き合ってもらったりもしていた。
当時私は”共感覚”という感覚のメカニズムや脳との関わり方について調べていた。
だから何か参考になるかもしれないと、彼女の話を真剣に聞いていた。
どのタイミングで私のこのような学習意欲が薄れてしまったのか、誰かメカニズムを解明してほしいところである。

別れ

話に戻るが、彼女は私に不思議な話をしてきたことがある。
「近々〇〇のニュースで〇〇が逮捕される」
私は気になってニュースを確認していたが、テレビを見ていて驚いた。
うお!当たってんじゃん」
本当に彼女の言っていた通りだったのだ。
これは彼女のテレパシー的な何かが本物であるか、情報網のあるスパイなのか、警察と繋がっているのか、何かしらの可能性を示唆していた。

仮に彼女の主張する能力が本物だったら怖いと思った。
他人の死のタイミングなんて、本人が知ったところで絶望しかない。
絶対に私の姿を見ないでくれと思った。ただそこは彼女もプロの超能力者だ。
分かってしまっても彼女の中だけて留めているらしい。

しかし動物の声はどうしても気になるらしい。
彼女は私に言ってきた。「魚たちの声が聞こえる」
私は一瞬思ってしまった。「なんでここで働いてるんだ?」
彼女にとっては最悪の環境だと思う。なぜ?どうして?
人間の動物に対するカルマみたいなものを人間代表で背負っているのだとしたら頭が上がらない。彼女は本当に不思議な人だ。

アルバイトを始めて半年ほど経った時、大学も徐々に対面授業に変わってきた。
鮮魚部門を続けることも難しくなり、アルバイトを辞めることになった。
最後に彼女に聞いてみた。「自分のオーラはどうですか?」と。
彼女は私のことをゆっくり見回しながら言った。
「明るいオーラがあって、とても良い守護霊がついている」
なんだか少しだけ良い気分になった。彼女は謎の飴を一粒くれた。
怖くて飴を食べることはできなかったけど、彼女にいつか聞いてみたい。
最強の守護霊、まだ私についてますか?」


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