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#184 アラフィフにとって、「死」とは?

こんにちは。
YOUです。

最初にお断りしておきますね。
今日の内容は「重い」というか、
いつものように軽くサクッと読める感じではないので、
そのようなテーマが苦手な方はどうぞスルーしてくださいね。


伯父が亡くなりました

ここ数年、体調を崩し療養中だったんですが、
昨晩、亡くなったとの連絡をもらいました。

親とは違い、それほど頻繁に顔を合わせていたわけではないのですが、
うちの実家って、一区画の土地に、親戚中の家が集まっているという、
昔ながらの日本、って感じなので、

まあ、小さい頃はよく顔を合わせていたんです。


アラフィフにとって、「死」とは?

幸い、私はこれまで大病らしい大病を患ったことがないので、
正直、「死」というものを真剣に考えたことがありません。

もちろん、同年代の知り合いが亡くなっているという経験はしているのですが、どこかで自分はまだ大丈夫だろう、なんて考えていたんだと思います。

今月で48歳。
親戚である叔父が亡くなったことで、
ちょっと真剣に「死」について、考えてみたんです。

叔父は80歳半ば。
自分に照らし合わせてみれば、これまで生きてきた人生よりも
残りの人生は短い、かもしれない。

思っているよりも、はるかに「時間は残っていない」のかもしれません。


来年でいいや・・・?

この時期になると、来年のスケジュール帳が店頭に並びます。
真っ白なスケジュール帳に、来年の予定を書き込む、あの瞬間ってのは
いつになっても楽しいものです。

来年こそ○○をやってみたい
来年こそ○○の資格を取る
来年こそ・・・、来年こそ・・・

その中に、2022年残り3ヶ月で取りかかれるもの
きっとあるはず。

今年のスケジュール帳にも
まだまだ余白はあるはず。

今日から、今から。
やっていきたいものですね。

ではでは。

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