2020年11月5日・6日の日記

・日付けが変わった。明日も朝早いのに、パパっと書かなきゃ! 昨日の分の書きためもないから二日分書かないといけないのに! えっと昨日なにしたっけ、思い出せ自分。

・大雑把にでもいいから思い出そうさらば与えられん。日記を書き出せば筆が乗るでしょ、乗ってくれ

11月5日の日記

・よいしょ! まずは8時に起きて学校に向かい、仏教のお話を聞く。しかし、コーチへのメールの返信に追われて全く聞くことが出来なかった。だけど、同じようなことを延々と話し続けるそっちの方が悪いんだぞ! めっ!

・それからは新歓をした。新入生をお昼に誘って勧誘、夕方にもご飯に誘って勧誘。それからは動画の編集をして、部の練習をして帰宅。まあ一日の密度が濃い気がする。真面目にがんばったんだわ。
 しかし、編集した動画のことをコーチにメールに出していない。これは怠慢行為。

・さて、これだけで一日の終わりなんだがどうしよう。300文字足らずで終わってしまう。昨日の俺はそんな無体な一日を送ったのか? そうじゃないはずだ。

・内海健「金閣を焼かねばならぬ」を読み切った。これは面白かったな。金閣寺に放火した僧侶、林養賢とそれを小説にした三島由紀夫の精神病理を解き明かしたノンフィクション。二人はなぜ金閣を焼いた?
 著者が精神科医だけあって切り口が鋭く、金閣を焼いた両者の精神状態、動機を簡潔にまとめ上げている。装飾をきわめた文章のおかげで単なる論考で収まらず、普通に読み物としても面白い。
 カントの定言命法から始まる超越論的な世界の見方から発生する精神分裂病についての考察や、現実と自分が切り離されたように見る離隔症状についての考察がよかった。

・感想が浅いな。ふんわりとしか理解できなかったしもう一回読も。

・他にはなんかした? してないか。家に帰ってすぐ寝たしな。

11月6日の日記

・書くことが多い。この日が本命

・まず8時に起きて内定式へ、その後学校で練習。練習が済んだら散髪して帰宅。家に帰ってコーチにメール出して。風呂に入って就寝。

・練習が済んだらって言い方、あまりよくないな。連取はもっと自発的に取り組む物であって、済ますなんて消極的な言い方をするべきではない。

・明日は朝早いのに日記に苦しめられている。だがしかし、これは別に負わなくても良い苦しみであり、自分が自分を苦しめたいから苦しんでいるのだ、あはは、なんて滑稽な。大馬鹿者だよ自分は。何を自分で苦しんでいるんだ。徹夜でもすればいいじゃないか

・ハッ! 俺は何を? とりまず一日の感想をば

・内定式に行った。内定式への準備。それは、まずはスーツを着ることから始まる。私は面接を通過し内定を獲得した。すでに入社への切符を手に入れたい以上、いずれなる社員の一人として私は会社に行く。社員として会社に行く、これは通勤と言っても良い状態ではないか?
 通勤のために袖を通したスーツは、今までより重い。選考のために着るスーツとは違い、これからの40年が双肩にのしかかった気がした。

・はい、準備も済んだので会社へ。内定式を受ける。内定者の紹介と社長のありがたいお話を受けて終了。偉い人のお話は全校集会を思い出す。お話をする人=校長先生という刷り込みが小中高入ってるせいかも。守破離。

・さて、内定式が終わったら懇親会へ。ジャンルは中華だと聞いているがいったいどんなお店にいくのか・・・?

I M P E R I A L  H O T E L

・帝国ホテルでいただきました。内定式でこんな高級料理食べられるのバグか? こんな料理の安い高いもわからない愚昧な新入社員が帝国ホテル行っていいんか? 

・ご飯100人前ぐらい入る高級そうな器を横目に帝国ホテルに入り、唐草の模様の高そうな絨毯を踏み、半沢直樹が乗りそうなエレベーターに乗って数十階上の中華料理店に行く。そこで懇親会が開かれるのだった。

・席にはひざ掛け用のナプキンが置いてあったりと、経験しえない全てがそこにあった。「別世界ってここだわ」とか思いながらお昼を頂いた。
 会社の先輩曰く、トランプもここの帝国ホテルに滞在したらしい。じゃあ、トランプも通ったかもれない道を歩いているのか。なんだ、トランプなんて現実感が湧かない存在が、俺と同じ場所を歩いているかもしれないと言うのか? 現実は常に俺抜きに動作していると思っているが、どうやらそうでもないらしい。現実は俺という存在の歯車を受け入れて作動し、その様子はトランプでも誰でも同じようであるらしい。現実は巨大な機械であり、巨大な歯車を抱え持つ。その歯車はどんな人間の歯車でもかみ合い、作動するのだ。

・なんかヤバい人間みたいな言い方になっちゃったな。比喩的がすぎる。言いたい事をまとめるとこうなる。
 上記の”歯車”は生活圏のことを指す。つまり、人間にはそれぞれの生活圏があるが、どんな人間ともかみ合っているわけがない。俺とトランプの生活圏は実際遠く離れて重なるわけがない。しかし、帝国ホテルに行ったことがあるという共通項があるおかげで、俺とトランプは同一の世界で生きているとかろうじて理解できる。
 こういった俺と○○が一緒の世界にいると思わせる出来事が起きると、いつも俺が感じている「世界はいつも俺抜きに進んでいる」という不安は拭い去られ、現実と俺の歯車がかちりと噛み合う。それは欠損した現実感が埋め合わされて、自分はしっかり現実の中にいるんだという感覚に陥るのだ。

・ということを言いたかった。俺の書きたいように書けば上みたいにに書けるが、論理的に書けば下みたいになる。

・あと、真っ赤な薔薇もらった。深紅の薔薇は渡されたことも見たことも初めてだ。だから感想もバグってた、「へぇ~、情熱の具体化って実在してたんだ~」
 多くの小説で説かれるように紅の薔薇は情熱を示す。僕はその赤さに打たれてくらくらした。薔薇、凄い。
 薔薇は色だけじゃなくて、形も凄い。少女革命ウテナとかローゼンメイデン、ゴシック等いろいろ薔薇のモチーフを見たことがあったけど、まんまそれ。薔薇は本当にあんな形してる。優雅で耽美なんだわ、美しい。

・こんな感想でいいのか? 内定式・懇親会ではこのくらいかな。

・この後は久々に髪を切った。二か月ぶりでばっさりと切ることになった。短髪はいいね。気が引き締まる。でも髪が短過ぎて三島由紀夫みたいになっている。どうも三島です。

・髪を切られているときにどんなことを思っている? 俺は、自分の輪郭が明瞭になっているな、と思っている。
 伸びていた爪を切ってそろえた時の心持ちが近い。今まで伸びていた爪を切りそろえることは、生えていた自然の領域から脱出して、自分の管理している自己の領域に突入する。この時に世界と自分の間にある境界が明確になる。
 切りそろえても爪や髪は伸びるもので、刻一刻と自分の存在を曖昧にさせる。この自然の驚異は、手の掛かる整理された状態を、曖昧とした状態に、動物の人間の状態にさせる。だからこそ、髪を切って、曖昧になった境界を復活させる必要がある。
 もし僕が庭を持っていたならば、雑草が生い茂る庭を刈り込んで整然とさせた時にも同じような感想をもつだろう。

・明日は早いのに2時半になっちゃったよ。噓、三時近く。2900字も書いちゃったし、ツイート20個分も書いたのか、筆ノリすぎ。

終わり~~~~~~~~~

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?