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ニアイナマス(鰹の焼きナマス)

1 .「ニアイナマス」


「ニアイナマス」
まるでアイヌの言葉とかサンスクリット語とかを思わせるような不思議な語感の言葉である。

この言葉を初めて知ったのが確か2013年頃のこと。

「日本さかな検定(通称ととけん)」というマニアックな魚の知識を競う検定の「模擬問題」を解いているときに初めてその言葉を目にした。

どうやら「カツオ」を使った料理のことらしいのだが、詳しい説明はなく詳細は分からなかった。

その時は特に調べたりすることはなかったのだけれど、カツオに思い入れがある私としては、「ニアイナマス」という言葉がどこか頭の片隅に残っていた。

何年か経ち、ふと気になって一度調べてみたところ、西伊豆の松崎町というところの郷土料理らしいことはわかった。

ネットの情報によると、

『ニアイナマス(焼なます)』
三枚におろしたカツオを軽く火であぶりぶつ切りにして、塩で味付けした初漁のお祝い料理です。毎年5月第3日曜日に行われる岩地温泉大漁まつりで振舞われます。

とのこと。

これを読んだ感じだと
「かつおの叩きと似たようなものかな?」
と思ったがそれ以上の情報は見つからず、また時が過ぎていった。

さらに数年が経ち、昨年4年ぶりに「ととけん」を受けることにしたところ、また「ニアイナマス」のことが気になりだした。

「軽く炙ってぶつ切りにして塩で食べるということは、いわゆる『塩たたき』に近いものではないか。となるともしかしたら『鰹の叩き』のルーツ的なものの可能性もあるな🤔」

と考えた。

しかし、いくら調べても詳しい情報は見つからない。

今年になりどうしても知りたくなり、松崎町の観光協会に直接ニアイナマスについて問い合わせを入れてみた。

問い合わせた内容は以下の2点
①カツオの叩きと似た食べ物か
②ニアイナマスが食べられる飲食店はあるか

しかしながら、地元でもあまり知られていない料理なのか返事は遅い。
5日ほどが経ち、もう返事は来ないものとあきらめかけたころに次のような返信があった。

「ニアイナマスに関してお調べ致しました所カツオの叩きとはまったく別物だそうです。
表現的には炙るではなく焼くに近く、三枚におろしたカツオを焼いてほぐして味付けしたものがニアイナマスとの事でした。」
「現在イベント(大漁まつり)以外で食べられる所はないとの事でした。」

とのこと。

ネットの情報以上のことはほとんど分からなかったが、とりあえず「カツオの叩きとは別物のようだ」ということだけがわかった。

郷土料理といっても地元でもあまり食べられていないようだし、コロナの影響でここ数年は祭りも開催していないようなので、当面の調査は諦めようと思っていた。

2. 松崎ツアー


ところが、そんなやり取りをしていた数日後に、「ととけん&魚河岸コンシェルジュ」を通じて知り合った友人が松崎町行きバスの期間限定激安ツアーの案内をFacebookでシェアしてきた。

松崎町行き期間限定バスツアーのチラシ

なんという絶妙なタイミング。
西伊豆の名前もあまり知られていない小さな町のツアーがピンポイントで目の前に現れたことに驚く。

しかし今は2月、鰹の季節ではないし飲食店でも食べられる店もないようだ。しかもコロナも増えている状況なので今回は見送ろうと思っていた。

そしたら、そのツアーをシェアした友人がツアー会社に交渉してくれたとのことで、なんと民宿で「ニアイナマス」が食べられることになったと連絡が来た❗️

実際に食べることができるならば、このチャンスを逃す手はないと、ツアーに参加することにした。


行くと決まれば事前調査にも力が入りだす。

すると今まで何年かかっても見つからなかった「ニアイナマス」の情報が不思議と見つかりだした❗️
(「焼きナマス」「岩地大漁まつり」をキーワードに検索をし直したら見つかり出した)

新しく見つけた情報では、鰹の表面を割としっかり目に焼いたものをほぐして塩を振ったごくごくシンプルな食べ物で、「ツワブキ」という植物の葉っぱを器にして食べるらしいということがわかった。
(「ツワブキ」の花は松崎町の町花に選定されているぐらい地元では馴染み深い植物のよう)

松崎町の町花「ツワブキ」(画像は松崎町フリー素材)

この「ニアイナマス」を食べるのは松崎町の中でも「岩地地区」だけのようで、鰹の初漁の時のお祝いとして食べられていたらしい。

また、その初漁の日には地元の神社にカツオを奉納しているという情報も見つかった。

3. いざ松崎へ


事前調査もできたところで、松崎ツアーへ出発。

西伊豆というと地図で見ると東京からはさほど遠くない感じがするが、鉄道が修善寺もしくは東伊豆の下田までしかないので、車かバイクでないとアクセスしづらい場所にある。

松崎町は西伊豆の南の方にある

それが今回のツアーは東京駅から西伊豆の松崎町までバスで直行。
しかも格安でいけるので非常にありがたい。

それでもバスで、片道約4時間半。

単純に時間だけを比べるなら、新幹線で青森に行くよりも時間がかかる。 

なかなか遠いものだ。


昼過ぎに松崎町に到着。

ツアーのバスは「伊豆の長八美術館」前に到着

まずは宿に行く前に松崎町を徒歩で散策する。

すると写真で見たことのある植物の葉を見つけた。
松崎町の町花であり、ニアイナマスの器にも使われる「ツワブキ(イソブキ)」の葉だ。

ツワブキの葉⬆️(地元では「イソブキ」とも) 


実際に歩いてみて、松崎町においてツワブキは本当に身近な植物だということがわかった。


宿に到着し、女将さんに挨拶をすませたあと、早速「ニアイナマス」について質問してみると、

「宿の前の浜で5月に行われる大漁まつりの際に、岩地の集落の人たちが作って配るもの」
とのこと。

その宿の人たちもニアイナマスを作るために祭りに参加しているとのことで、宿泊客の対応もしながらなので祭りの日は大忙しとなるとのことだった。

岩地大漁まつり(画像は松崎町フリー素材)

続けて「祭りの際に神社にカツオを奉納すると聞いたが、それはニアイナマスのことなのか、それとも丸のままのカツオなのか」と質問すると、

「丸のままのカツオを奉納する」という。

なるほど、ようやく全体がイメージできてきた✨


逆に女将さんから「焼きナマスをどこで知ったのか」という質問を受けた。
(宿の人は「ニアイナマス」より「焼きナマス」という言葉を使っていた)

おそらく「ニアイナマス」を指定してきたお客さんは初めてだったのだと思うので、かなり驚いているようだった。

それまでの経緯をごく簡単に説明させてもらった。


夕食までまだ時間があるので、祭りの際にカツオを奉納するという近くの「諸石神社(もろいそじんじゃ)」をお参りをすることにした。

諸石神社は海の直ぐ近くの高台の上にあり、宿の部屋からも見えた。

民宿の部屋から見た「諸石神社」

宿の直ぐ前が小さな入り江になっている静かな海で、砂浜を歩いて神社に向かう。

遠くからだとよく見えた神社も、近くに来たら他の建物の影にかくれて見えなくなった。

狭い路地の入口に、神社への案内を見つけたので入っていく。

神社へ続く細い路地

路地を歩くのって、なぜかワクワクする(笑)

その路地を抜けて行くと赤い鳥居が見え、階段の先に神社があった。

諸石神社の両部鳥居と拝殿

海の近くにある神社というのは、津波を避ける意味もあってか大抵は高いところにある。

それでも拝殿は比較的低いところにあったが、その先の本殿は急な階段の上にあった。

急な階段の先に本殿がある

階段を登ると、お城のような石垣が積んであることに気がつく。

ここから数キロほど離れたところに江戸城の石垣にも使われた室岩洞という石切場跡があるので、石垣用の石を手にいれることは容易だったのだろう。

ここが祭りの際に鰹を奉納するところかと思いながら、拝殿・本殿をお参りする。

4.ニアイナマスの実食❗️


宿に戻り、温泉で体を温めたあとに、いよいよ今回の目的であるニアイナマスをいただく。

これが「ニアイナマス」

お皿にキレイに盛られていて美味しそう❗️
今風に言うと「映える」感じだ。


ツワブキの器に盛られたニアイナマスを一つ手に取りよく見てみると、ネットで見つけた画像のものよりも生感は残っている感じがする。

表面を炙り半生状態

見た目をじっくりと観察したあと、いよいよ実食だ!

箸でひとつまみして口にほうり込む。

ふむふむ、鰹の叩きよりはしっかり火は通っているものの、生の部分もあるので鰹の叩きに近い味わいだ。

塩で味付けしただけのシンプルなものだが、炙っているので香ばしさがあり美味しい。

鰹の叩きとの違いは火加減が強いことと、もう一つは皮がついていないところといった感じだ。
(鰹の叩きは皮を付けたまま炙る)
また、刺身状の形状ではなく、細かくほぐした感じのものである。


ツワブキの器は葉を円錐状に丸めて爪楊枝で繋いでいる。
手に持った感じも収まりがよくて、食べやすくて良いと思う。 

葉を円錐状に丸め爪楊枝で閉じている


もったいないことに今は地元松崎町でもあまり知られていないようだが、地域の名物料理としてPRしたら人気が出るのではないかと思う。

5.調査は続く


無事にニアイナマスを食べることはできたが、調査はこれでは終わらない。

翌日は、ニアイナマスに関連する資料を探すため、松崎町の図書館に足を運んだ。

漁業関係の資料を調べてみると、松崎町を含む西伊豆地区は、江戸時代ぐらいからカツオ漁業の基地として栄えていたとのこと。

時を経て、昭和の終わりぐらいにカツオ漁船はなくなり、今はカツオの漁は行われてはいないようだが、カツオの食文化は残っているようだ。

北隣の西伊豆町の田子地区では今も「塩鰹」や「鰹節」を製造していて、こちらは割と積極的にPRもされているのでご存知の方もいるかもしれない。

とりあえず時間もあまりないので、図書館では資料をスマホで撮影し、東京に戻ってから詳しくみることにする。

6. 語源を突き止める


ニアイナマスとは不思議な語感の名前だ

世界大百科事典によると「ニアイ」は「初漁のお祝い」とのこと。

「ナマス」は漢字で書くと膾・鱠であろう。

「膾・鱠」とは、古くは動物や魚の生の肉を切り刻んだ物のことで、後に野菜などを酢に漬け込んだものを指すようになった。

つまり「ニアイナマス」とは「初漁祝い」の「ナマス(鱠=魚の肉)」ということになる。

ニアイナマスは別名「焼きナマス」
生のナマス(カツオ)を炙ったから「焼きナマス」となったのは容易に想像がつく。


と、実はここまでは事前に調べがついていた内容。


ここからが現地に行って以降の調査で分かったことに入っていく。

「松崎町史資料編 漁業編(平成8年発行)」によると、

『初航海にカツオを釣って入港すると、すぐ船主の家の庭で三枚におろし、藁火でカツオの表面が白くなるまで焼き細かく切り、塩と酢で「ニアイナマス」を作った。』とある。


ここで注目すべき点は「酢」を使うところ。

そこが今回松崎町で食べたものと違う。

なるほど「酢」を使っていたのであれば、現代の感覚でも「ナマス」という表現がしっくりくる。

昔は味付けのためや鮮度落ちを防ぐために「酢」を使っていたと思われるが、冷蔵技術の発達に伴い酢が使われなくなっていったのではないだろうか。


次に「ニアイ」の語源については、その語感から「新饗(にいあえ)」や「贄(にえ)」からきているのではないかと仮説を立てた。

その上で調べてみたところ、ネットのコトバンク「日本大百科全書」で下記が見つかった。

静岡県旧安倍(あべ)郡や賀茂郡では初漁のカツオは切り身にして村中に分ける風があり、これをニイヤイとかオニアイとかいった。これは新饗(にいあえ)のことで、古くは神と人とが初る魚をともに食べて祝うという神人共食の考えがあったことを示すものだろう。
『柳田国男編『海村生活の研究』(1949/復刻版・1975・国書刊行会)』

コトバンク「日本大百科全書」

ここに出てくる静岡県の加茂郡というのがまさに「松崎町」の辺りをいうので、やはり「ニアイ」の語源は「新饗(にいあえ)」であることがわかった。

大漁まつりで神社に鰹を奉納する習慣が残っていることからも、神にご馳走を捧げるという意味の「新饗(にいあえ)」で間違いないと思われる。

つまり、「ニアイナマス」は「新饗鱠(にいあえなます)」なのだ!

7. 地域の名物料理としての可能性


ニアイナマスは松崎町でも岩地地区にだけに伝わる郷土料理。

しかしながら、松崎町でもあまり知られてはなく、岩地地区においても祭りの際に限定的に食べられるものに過ぎないようだ。

だが、せっかくの地域独自の食べ物を埋もれさせておくのはもったいない。


観光で訪れる人はその地域でしか食べられないものを食べたいと思うもの。

「ニアイナマス」を岩地地区の郷土料理として民宿等で提供すれば、お客さんも喜ぶのではないか。

葉にくるんであるキレイな見た目から、SNS映えもするので、口コミ効果も期待できそうだ!

今後の地域活性化の材料として大いに可能性を秘めた料理だと思う。



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