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「好き」を見失わないために、「嫌い」に正直になる

今日で2月も終わり。
この日を待ちわびていた。


1年の中で、
好きな月と、嫌いな月がある。
好きな月は、2月と6月以外。


自分を深~く知るようになってから、
「好き」だけでなく、
「嫌い」もハッキリ認識できる
ようになった。


今までは、「嫌い」を減らす
努力をしてきた。
「嫌い」はよくないことだと
学んできたからだ。

「嫌い」が一瞬出てきたところで、
見えないところに押しやったり
気にしないようにと、いろいろ画策
しながら「嫌い」を取り扱ってきた。


だから、いつも私の「嫌い」は、
中間色でぼんやりしていた。


こうやって「嫌い」をちゃんと認識
できなかったから、
「嫌い」と関わることに
多くの時間を捧げてきた。



* * *

だんだんと「嫌い」と
向き合うようになった。


ただ、「嫌い」な気持ちに
正直になるのはいいけれど、



人に「嫌い」を伝えるときは、
TPOをわきまえたり、
人の顔色を見ながら表現を変えたり
ホンネを言わなかったりと、


「嫌い」の取り扱いには、
細心の注意を払うときが今でもある。



でもそれに囚われすぎると、
今度は自分の「嫌い」を
ごまかすクセが出てしまう。


「2月が嫌い」
このひと事を言うのでさえ、勇気がいる。

2月が好きな人
2月生まれの人
大切な人の誕生日が2月の人
大切な人の命日が2月の人
記念日が2月の人たち
もいるだろうし、
天皇誕生日も2月。



私のたかが好き嫌いのせいで、
誰も傷ついて欲しくないから

あえて、「苦手」
あえて、「得意じゃない」
あえて、「どちらでもない」

と、その場を無難におさめる。


こうやって自分の感情を
マイルドにしていくうちに
自分の「嫌い」が
わからなくなってくる。


これを長年やってきたわけだから、
「嫌い」だけでなく、
「好き」がストレートに
わからないこともある。


小さな「嫌い」、大きな「嫌い」を
ずっと圧縮してきたせいで、
純粋に「好き」って気持ちが
どんなものなのか忘れてしまう。


* * *

今回、「2月が嫌い」と
改めてわかったお陰で、


太陽の光、日向ぼっこ、花、
鳥のさえずり、春野菜、パステルカラー
が好きだったことにありありと気づけた。


「嫌い」が、
「好き」に出逢わせてくれた。


だから、私にとって2月は
嫌いな反面、大切な月でもある。


来年の2月が楽しみ。
次はどんな「好き」と出逢えるかな。


「嫌い」に正直になろう。

自分の「好き」が、ありありとわかるために。
自分の「好き」と、ずっと一緒にいるために。



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