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ARCHIVES『THE NIKKEI MAGAZINE Ai』プレミアムクラブ会員向けメールマガジンその18「演技(2)」(2015年11月~2023年3月配信/文:Katsuma Kineya、編集:講談社、配信元:日本経済新聞社)

悪役演技の見どころと見せどころ

2019年12月6日配信

 江戸時代、歌舞伎の興行年度の始まりは11月で、この月の特別な興行を顔見世狂言と称しさまざまな行事が催されました。行事は江戸では幕末に、上方では明治期に廃れていますが、現在でも、顔見世として常より豪華な顔ぶれの公演が行われています。劇場ごとに時期が異なり歌舞伎座は11月。今年も『吉例顔見世大歌舞伎』が華やかに上演されました。
 その演目の一つ『梅雨小袖昔八丈(つゆこそでむかしはちじょう)』、通称「髪結新三(かみゆいしんざ)」は、江戸の下町風俗を細やかに写し取った河竹黙阿弥の狂言で、新三は道具を持って得意先に出向く“廻り髪結い”の小悪党。大店の一人娘お熊をかどわかして身代金を取ろうと悪巧みをすることから物語は展開していきます。こうした世話物でも、あるいは時代物でも、悪役はなくてはならない存在。ときに物語の中心的な役割を担うこともあります。なかでも見るからに悪人とわかる役柄を“敵役(かたきやく)”と称します。

場面によっては主役にもなる悪役、実悪

 敵役の中でもっとも重い役で、大悪党らしい堂々とした存在感のある、冷酷無比な役どころが“実悪”。特に国盗りというスケールの大きい悪を企てる役を“国崩し”といいます。『伽羅先代萩』仁木弾正(浮世絵1)や『祇園祭礼信仰記』「金閣寺」松永大膳(浮世絵2)がこれにあたります。肌は白塗りで、鬘は、後ろに垂らした髪を束ねた“王子”や、月代の毛を漆で固め髷の横に燕の羽根のようにあしらった“燕手”を被ります。物語の鍵を握ることも珍しくありません。

超人的パワーで皇位を狙う、公家悪

 同じく大悪党で天皇の位を狙うのが“公家悪”。『妹背山婦女庭訓』蘇我入鹿(浮世絵3)のように、王子の鬘と青い“公家荒”の隈取りで、不気味な超人性を表現しています。金冠白衣に身を包んでいることも多く、舞台に立つだけで異様なオーラを放ちます。

二枚目の悪役バージョン、色悪

 二枚目は現在と同じで色男を表します。ちなみに語源は、江戸中期上方の、顔見世の看板で、二枚目にあったから。そしてこの二枚目と間違えそうなほどの美男子ぶりを特徴とする悪役が色悪で、危険な美しさを漂わせます。色事を演じながら実は極悪非道で、『東海道四谷怪談』民谷伊右衛門(浮世絵4)のように見かけは白塗り。七世市川団蔵は伊右衛門について「あの薬をお岩が呑むまではほれた女だから、腹の中でかわいがっていなくてはいけないのだ。毒の廻った顔をみて初めていやになる」*のだと語っています。この変心するところが色悪ならでは。

滑稽味のある、半道敵

 敵役と道化役の両方の要素がある役。『仮名手本忠臣蔵』鷺坂伴内(浮世絵5)のように、敵方だけれどどこか憎めない人物で、シリアスな展開の物語にあって笑いを誘うスパイスの役割を果たします。

 世話物も時代物も、心理的なテーマを突き詰めていく芝居ではないので、善人と悪人がいてはじめてストーリーが彩りを帯びます。たとえば『助六』も登場人物が助六や揚巻だけでは話が面白くありません。敵役の意休とのやり取りがあってこそ舞台に引き込まれます。江戸時代は敵役専門の役者もいましたが、現在では俳優はみな、さまざまな役をこなしています。

 次回は女形の役どころをまとめる予定です。

浮世絵1
豊国、加ゝや『細川勝元 河原崎権十郎・外記左衛門 市川団蔵・仁木弾正 中村芝翫』、文久2(1862)年/国立国会図書館所蔵「国立国会図書館デジタルコレクション」収録
※仁木弾正部分中心にトリミング
浮世絵2
豊原国周,松木平吉『息女雪姫 中村福助・松永大膳 中村芝翫・羽柴久吉 尾上菊五郎』、明示22(1889)年/国立国会図書館所蔵 「国立国会図書館デジタルコレクション」収録 
※松永大膳中心にトリミング
浮世絵3
豊原国周||筆、綱島 亀吉『[妹背山婦女庭訓]』、明示4(1871)年/東京都立図書館所蔵「東京都立図書館デジタルアーカイブ(TOKYOアーカイブ)」収録 ※蘇我入鹿中心にトリミング
浮世絵4
香蝶楼豊国、辻安『四ツ谷聞書 民谷伊右衛門・矢藤与茂七・与茂七女房お袖』/国立国会図書館所蔵「国立国会図書館デジタルコレクション」収録 ※民谷伊右衛門を中心にトリミング
浮世絵5
豊国、清『鷺坂伴内』、嘉永5(1852)年/国立国会図書館所蔵「国立国会図書館デジタルコレクション」収録 ※周囲をトリミング

(参考資料:『新版 歌舞伎事典』平凡社、『増補版歌舞伎手帖』KADOKAWA*、『新版歌舞伎』東京大学出版会、『歌舞伎ハンドブック』三省堂、『岩波講座 歌舞伎・文楽 歌舞伎の歴史Ⅰ』岩波書店、『歌舞伎の解剖図鑑』エクスナレッジ、歌舞伎公演筋書)

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女形演技の見どころと見せどころ

2020年1月17日配信

 2019年12月は、歌舞伎座で『本朝白雪姫譚話』、新橋演舞場で『風の谷のナウシカ』と二つの新作歌舞伎が上演され、話題を集めました。ともに主人公は女形。前者には玉三郎を筆頭に児太郎・梅枝が、後者には菊之助に加え、七之助も重要な役で登場しました。こうした新作では初演の俳優がまず役作りをします。初演が江戸時代で、以来何度も上演されているような演目では、初演者が作った役柄を、代々演じた俳優がそれぞれの個性や工夫で練り上げていきます。今回は、そうしてできた役柄の中でも多くの狂言で共通して見られるものをご紹介します。

初々しさが肝心な、娘役

 俳優の実際の年齢を知っていても、すっかり忘れさせてくれるのが女形のすごさです。特に娘役はたいてい十代の役どころなので、若手俳優でも地のままというわけにはいきません。高くハリのある声音を用い、仕草も、例えば袖で手先まで隠しながら片手を顔の前に掲げ恥じらいを表すなど、わかりやすく初々しさを表現しています。

封建時代の女性の鏡、片はずし

 “片はずし”は、武家の奥方役や役付の女性、つまりお局役が使用する鬘の名称をそのまま取っています(鬘は髷のこうがいを抜くと垂れ髪になる髪型)。自分のことよりも夫や子、親、主君に尽くす役です。『伽羅先代萩』の政岡(浮世絵)などのように、封建時代の貞女で、いざとなれば主君のために自分の子を犠牲にすることも厭いません。
 妻役ということでは、世話物の女房役も特徴的で、甲斐甲斐しく夫や親に仕えます。丸本物では、“石持(こくもち)”という、紋付の紋を白丸にした地味な色の着物に黒襟、黒繻子の丸帯の衣装を纏うことが多く、鳶色の着物の場合は“鳶石”とも。ちなみに石持は浪人に落ちぶれた武士が着る衣裳でもあります。

色悪の女版、悪婆

 立役でいうところの色悪に重なる部分の多い“悪婆”。わかりやすくいえば、毒婦、妖婦です。縞の着物に、うなじのあたりで束ねた髪を細長くまとめた“馬のしっぽ”という鬘を着けることが多く、あだっぽさの薫る役柄です。響きからは年取った女性と誤解しがちですが、女盛りの年頃で、啖呵を切らせたら天下一品。江戸中期以降のデカダンな江戸文化から生まれた役柄です。

凜とした美しさの、傾城

 遊女の最高峰で、衣装もきらびやかですが、その気高く凜とした美しさが、男心を虜にします。城が傾くほどに。ただ色気があって優雅であればよいわけではなく、堂々とした気っ風のよさも必要です。遊女は階級があるので、下のほうになると、衣装も地味になり、『助六』の揚巻のようなわがままも言えません。

武芸に長けた、女武道

 武芸達者の女形の役どころですが、女だてらに肝の据わった役柄を指すこともあります。しっかりものでまっすぐな心持ちの役です。

老け役の、花車方

 花車(かしゃ)方は老婆や熟女の役で、華車方とも書きます。いまでは老女形(ふけおやま)とも。熟練の名俳優が演じることが多く、舞台に深みを持たせるために欠かせない役どころです。寿猿など、だれもが知る古参俳優が出ると、それだけで客席も盛り上がります。多少せりふに詰まったところで誰も気にせず、かえって応援したくなるから不思議。そういった意味でも、芝居のスパイス役として重要な存在です。ちなみに花車はもともと茶屋の女房を指しました。いずれにしても、老け役の名称に花や華を使うのは洒落ています。

 次回は音楽についてご紹介します。

歌川豊斎(歌川国貞(3世))||[画]『[伽羅先代萩]』、画中文字「乳人政岡 尾上菊五郎」(五世)、明治34(1901)年/東京都立図書館所蔵「東京都立図書館デジタルアーカイブ(TOKYOアーカイブ)」収録 ※周囲をトリミング

(参考資料:『新版 歌舞伎事典』平凡社、『増補版歌舞伎手帖』KADOKAWA、『新版歌舞伎』東京大学出版会、『歌舞伎ハンドブック』三省堂、歌舞伎公演筋書)

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