36歳、第7期編集スパルタ塾ではじめて編集と出会って

カツ丼さん、編集スパルタ塾って知ってますか?
この言葉が僕と「菅付雅信の編集スパルタ塾」との出会いとなった。

通おうと思っていた講座が中止となり、絶望に打ちひしがれていた際、
その講座に一緒に通おうかと話していた知人が教えてくれたのだ。

僕は生まれて36年間、編集というものを意識したことはなかった。
もちろん編集スパルタ塾も知らなかった。
大変失礼ながら、菅付さんのこともB&Bのことも知らなかった。
でも、第7期編集スパルタ塾の募集告知を見て、通うことを(ほぼ)即決した。
何か今の自分に必要なものを掴める気がしたから。
今とは違う世界が見れるんじゃないかと思ったから。
教えてくれた知人が、じゃあ一緒に通おうかなと言ってくれたことも大きな後押しとなった。いま思っても、感謝しかない。
ちょうど1年前くらいの話である。(あの道は通っていない)

今回、はじめてnoteを書く。
編集の意味も使い方も力も知らなかった僕は、編集スパルタ塾に通ったことで大きく成長できたと思う。菅付さんの講義を聴き、課題に取り組み、講評を受け、悔しさと反省と発奮を繰り返すことによって得られた成長だ。何と有意義な1年だったことか。
その1年間の備忘録として、特に良かったなと思うことを記したい。
せっかくなので、第8期・第9期…と、これから受講を考える方々の役に立つとうれしい。

誰かの役に立つ情報にするには、どんな奴が、どうなったのか、という点を伝えることが重要だと思う。自分ならそういう内容を知りたい。なので、そんな構成を試みる。

まずはどんな奴か。
ここまで書いて、僕はまだ自己紹介も書いていない。これは追ってnoteの別記事で書きたいと思う。なので、ここでは2019年4月の状況をサラッとこんな感じで。
36歳、コピーライター、既婚。理系の大学院を出てシンクタンクの研究員に。その後、ニートと絵描きと諸々を経てコピーライターに。
冒頭の話からも分かる通り、超アンテナ低い系。
どれくらい低いかというと、あれだけ豪華な編集スパルタ塾のゲスト講師陣(16名)を見ても、当時きちんと分かったのはたったの4名。その4名も全員広告関係の方なので、同じ業界のスターの方しか知らないという惨状。
34歳でコピーライターになりたいと思い、はじめて仕事としてやりたいことが見つかる。そこから遮二無二宣伝会議の講座に通い、念願のコピーライターの名刺を持てることに。
アンテナは低いが、運が良く、周りの人にとても恵まれていると思う。
あと、ひとつのことに打ち込むことも恐らく得意。
コピーライターにはなったものの、スタートが遅い分、人よりはやく成長して会社に、社会に、周りの人に貢献できたらと考えていた、はず。

さて、そんな僕がどうなったのか。
具体的な成果としては、
全15課題中、13課題を提出、11課題で発表、講師賞0回、総合2位。
どういうことか。
編集スパルタ塾では、ゲスト講師回に向けて課題が出る。
その課題に対する提案(パワポ5分間分)を2週間くらいで仕上げて提出。
40名くらいいる受講生のうち、課題を提出した人の中から菅付さんが選んだ上位10名程度が講師に発表できる仕組み。
ゲスト講師の方が発表者の中からNo.1を選び、講師賞を決める。
僕の場合、かなり真面目に取り組んでいたので、出した課題はほぼ発表までこぎ着けたものの、No.1になることはなかった、という結果。残念。
課題にもよるが、課題提出直前の土日は、半日以上パソコンと向き合っていることが多かったように思う。また、課題の提出期限が月曜24時だったため、月曜に会社を休むこともしばしば。
真面目さは裏切らないなと思う反面、真面目さだけでは突破できない部分もあるなと痛感した1年でもあった。

本題の良かったこと。
もちろんたくさんあるが、「編集」以外について、3点記そうと思う。

①アンテナが高くなった(関心が広がった)
元々あのアンテナの低さだったので、高くなるのは当たり前なのだけど、
講義や課題を通して、たくさんのインプットをした。
何冊も本を買い、図書館でも年間100冊近く借りたのではないか。(それでも全然足りなかった)インプットのスピードが上がり、効率も良くなったと思う。まさに筋トレ的に。本屋で見る本の幅も増え、見方も変化した。
また、人についても知識が広がった。自分で調べた人物はもちろんだが、他の発表者が企画に組み込んでくる人物は、自分では絶対に探せないのではないかと思う方が多く、大変勉強になった。

②仲間ができた
ここが一番大きかった。
編集スパルタ塾の受講生は大体40人強。ボリュームゾーンは20代半ばから30代半ば。もちろん40代以上の方も。僕も歳は少し上の方。最初は少し年齢を気にしていた。
でも、年齢は関係なかった
1年間同じ課題をやり続けると、10歳近く年下の人ともフラットに仲間になれる。
この歳になると、同年代で新しいことにチャレンジしている人ってあまりいないように思う。みんな家庭を持って、安定した暮らしを志向してて。それはもちろん素晴らしいんだけど、それ以外の方向を見ている人にとっては身近に仲間が見つかりにくいのも事実で。(逆にこの歳だと、さらに上を見れば、もっと高いところを見て突っ走ってる人はいるんだろうけど)
なので、同じ視座や課題感を持った仲間がたくさんいて、しかも1年間みっちり並走できるというのは、編集スパルタ塾の大きな利点だと思う。
努力しないと意味がないので最終的には自分次第だが、年齢が高い人ほど、その恩恵が大きいのではないかなと。
人間、ひとりで頑張るのはなかなか難しいこと。でも、誰かが頑張ってると思うと頑張れることがある。その頑張らせてくれる「誰か」が編集スパルタ塾には集まっている。だからこれまでの限界を超えて課題に取り組めるし、その分成長できるのではないかと思う。少なくとも、僕の場合はそうだった。

ちなみに、どんな仲間ができたのか。ちょっとぼかすが第7期はこんな感じ。
職種としては、編集者、コピーライター、WEBデザイナー、WEBプランナー等の方が多かった印象。年齢は先述の通り20代半ばから30代半ばくらいが多い。
僕から見ると、基本的にみんなアンテナが高いというか、意識が高いというか、知識の幅が広く質が高い人が多かったと思う。みんなすごいなと思い続けた1年だった。それだけでも行った甲斐があるくらい、新しい世界を見た気がする。

③自分の得意領域が分かる(定まる)
編集とは、本だけではなくすべてのことに応用できる行為。それを駆使して様々な課題に1年間取り組み続ける。その中で、いろんなバックグラウンドを持った同期によるバラエティに富んだ企画を見る、学ぶ。
すると、自分の領域外を見ることができる。自分を相対的に見ることができる。
1年間、その領域外を探ってみたり、自分のコアに戻ったりを繰り返し、自分はここで勝負するぞ、というのが出来てくる。僕の場合は、やっぱりコピーを軸にデータと掛け合わせて創造性を磨いていこうと思い至った。
振り返ってみると、編集スパルタ塾は、真剣に講義と課題に向き合えば、守破離的なことを体感できるのではないかと思う。

最後に、自分的な総括を少し。
編集スパルタ塾に通ったこの1年は、仕事でもチャレンジが続いていたこともあり、これまでの10倍近い密度で進んだ気がする
編集スパルタ塾第8期、強くてニューゲーム的にもう一度参加して、ぶっちぎりでの総合1位を狙いたい、という野心も少しだけある。あるのだが、2年連続であの密度は完走が難しいだろうなというのが正直なところ。
今年は、学んだことを仕事にフル活用して、さらに新しい自分を見つけていけたらと思っている。


以上、いろいろ書きましたが、読んでくださった方、ありがとうございます。
まとめると、
編集スパルタ塾は、年齢に関係なく、頑張れば仲間ができて、自分を再構築する経験ができる場所。
という感じでしょうか。

最後の最後に、コピーライターらしく編集スパルタ塾のキャッチフレーズを考えて終わります。

鳴かぬなら 鳴かせてみせよう 自分自身
菅付雅信の編集スパルタ塾

…キャッチフレーズというか、何故か俳句(しかも字余)になってしまいましたが、僕としては結構しっくりきます。大河がやっているからということで…お粗末。