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走れ山田

 ぼくは、登校の途中、必死に自転車を走らせてくる、あこがれの立花さんに会う。立花さんは、お父さんが忘れた書類を、駅まで届けようと急いでいたのだ。転んでしまう立花さん。ぼくは立花さんを助けるが、立花さんは、もう電車に間に合わないと落胆する。そのとき、ぼくの頭に、秘策が閃いた!

小説家になろうサイトの、しいなここみ様の自主企画「砂糖菓子のような甘いラブストーリー」に投稿した作品です。ラブストーリーといえるかどうかはわかりませんが、この作品を「僕の心のヤバいやつ」に捧げます。


 朝、いつものように、自転車をチンタラこいで、学校に向かった。今日の一限目は数学だ。やる気は出ない。どうして時間割というものは好きでない教科ばかりが一限目に来るのか、それは謎だ。
 角を曲がると、向こうから、自転車に乗った女子がすごい勢いで走ってきた。
 可愛かった。
 同じクラスの立花さん、——立花優花だった。
 ぼく、山田康夫は、入学して一目みたその時から、立花さんが好きだ。でも、なかなかアプローチするきっかけがなく、ましてやいきなり告白する勇気なんかなく、せっかく同じクラスなのに、これまで遠くからみているだけだったのだ。
 その立花さんが、真剣な顔で自転車を走らせてくる。
 うん、真剣な立花さんもいいものだ。
 でも、ぼくは疑問に思った。
 方角が違う。
 立花さんの向かっているのは、学校とは反対だった。
 いぶかしんでいるうちに、
 あっ!
 立花さんが転んだ。
 速度を出しすぎてカーブを曲がりきれず、思いっきり植え込みにつっこんでいった。
 これはいけない。
 ぼくは、自転車をおりて、あわてて立花さんにかけよる。
「いたたた……」
「立花さん! だいじょうぶ?」
 植え込みからはいでた立花さんに、声をかける。
「山田くん…」
「立花さん怪我してない? どうしたのあんなにとばして?」
 立花さんは、道にぺたりと座りこんだまま、息を切らしながら、言った。
「パパの、はぁはぁ…書類、はぁはぁ、…まにあわない…」
 立花さんのお父さんが、大事な書類を忘れて、家を出てしまったのだそうだ。駅まできて気がついたお父さんは、家に携帯をかけて、書類を持ってきてくれるように頼んだ。それで、立花さんが自転車にのって家を飛び出した、というわけだ。
「でも、はぁはぁ、もう、はぁはぁ、だめ……」
 電車の時間が迫っていた。
 小さなぼくらの町では、電車は一時間に一本しかない。
 立花さんのお父さんは電車通勤しているのだけれど、もしその便に間に合わなければ、お父さんは遅刻してしまうのだ。
 今日は、その書類が必要な、大事な商談が、朝イチであるらしい。
 だから、電車が来るまでに、お父さんのところまで書類を届けないとたいへんなのだ。
 それで立花さんは必死に自転車をこいだ。
 連絡が来たとき、立花さんの家から駅まで、もともとギリギリの時間だったのだが、立花さんは焦るあまりに転んでしまい、もはや間に合いそうにない状況だった。
 ——というような、詳しい事情は、実は後からゆっくり聞いたのだ。
 その時、ぼくに分かったのは、とにかく電車の時間までに書類をとどけないといけないが、このままではもう間に合いそうにない、そういうことだった。
 立花さんは、切ない顔をした。
 道路にぺたんと座る立花さんの、白いきれいなひざこぞうには擦り傷ができていた。
「立花さん——」
 なんとかしなければ。
 なにか、できないのか、この人のために。
 そのとき、秘策が閃いたのだ。
 これはぼくにしかできない。
 でも、それで、ひょっとしたら間に合うかも。
「立花さん、書類貸して。ぼくが届ける。まだまにあうかも」
「えっ?」
 立花さんは、ビックリした顔で
「山田君が? でももう無理だよ」
 ぼくは言った。
「まかせて。なんとかしてみる。さあ、書類を」
 立花さんは、ダメ元でぼくに任せる気になったのだろう、おずおずと書類の入った封筒を渡してくれた。
「これ、だけど……」
「よし、じゃあ、行ってくるよ!」
 ぼくは自転車に飛び乗り、ペダルを踏みこんだ。
「えっ? そっち、駅じゃないよ?」
「これでいいんだよー」
 ぼくは立花さんの声を背に、自転車をとばす。
 とばす。
 とばす。
 そして、たどりついた一軒の家の前で、自転車を飛び下りる。
 門の中に入り、ドアチャイムを連打する。
 ドアが開いて、おどろいた顔のおばさんが顔を出した。
「あらあら、やすおくん、いったいどうしたの?」
「おばさん、わるいけど、家の中通らせて!」
「ええっ?」
「すごく、大事な用事なんだ、おねがい」
 おばさんは、ぼくの勢いにおされ
「そりゃ、まあ、いいけど」
「ありがとう! 後で説明するから!」
 ぼくは、靴を手に、おばさんの家に飛びこむ。
 家の中を突っ切る。
 猫のシロが驚いて、飛び退き、障子をかけあがる。
 縁側の戸を開けて、裏庭に出る。
 靴を履くのももどかしく、裏庭の奥の竹藪に飛びこむ。
 小山になっている竹藪の中を、走る。
 走る。
 走る。
 竹藪をのぼりきると、その先の木立の中に、細い小道がある。
 その小道を駆け下りる。
 駆ける。
 駆ける。
 そして、木立をぬけきると、そこには——駅舎があった。
 小さい頃から、この、仲の良い従弟の家に遊びに行っていた。
 従弟の家には裏庭があり、竹藪につながっていた。
 あるとき、ぼくは従弟とその竹藪を探検し、そして発見したのだ。
 竹藪を越えて、そこにある小道を降りていくと、すぐに駅に出る。
 人家が一列に並んで、その裏が竹藪と小山になっているため、そんなルートがあるとは、みんな気づかないけれども。もちろん車は通れないし、自転車でも行けない。その人家の中を通り抜けることができる者だけが使える、駅に行くためのショートカットなのだ。
 僕の頭にひらめいたのはこれだ。
 このルートで行けば、間に合う可能性があるとふんだのだ。
 息を切らせて、駅舎の前に出ると、焦った顔をして、道と線路と腕時計を交互にみては、うろうろしている、スーツ姿の男の人が目に入った。その顔には、なんとなく立花さんの面影がある。間違いないだろう。
「立花さんのお父さんですね!」
 僕が声をかけるとお父さんは驚いた顔をした。
「ん? そうだが?」
「ゆうかさんから頼まれて、これを」
 ぼくは書類を差し出した。
「あっ、これだ。君が山田君か。優花からLINEが来てたが、本当にまにあったんだ。ありがとう、ありがとう、助かったよ」
 お父さんがほっとした顔で、書類を受けとる。
 そのとき、踏切が鳴った。
 近づく電車の姿がみえた。
 ふう、なんとかなったな……。
 電車に乗る立花さんのお父さんを見送ってから、またおばさんの家に戻ろうとすると
「やまだくーん!」
 道路の向こうから立花さんが、自転車に乗ってやってきた。
「立花さん、ちゃんとまにあったから」
「うん」
 立花さんがうれしそうな顔で答えた。
「パパからLINEがきたよ。山田君によくお礼をいってくれって」
「どういたしまして」
 ぼくは答えた。
「ねえ」
 立花さんが言う。
「どうやって、間に合ったのか、その秘密をおしえてね」
「ああ、それはね……まあ、たいしたことじゃないんだけど……」
 立花さんは自転車をおしながら、ぼくの横を歩く。
 目を輝かせてぼくの話をきく立花さんからは、なんだか良い匂いがした。
 ぼくらはそうして、二人とも、授業に大幅に遅刻したのだけれど、それはまあ、ささいな話。


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