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「自分でルールを作って、その通りに行動するのが好きだった」 - リアル脱出ゲームに至る道

大学生の前に浪人時代があった。
とにかく高校時代はただただ遊んでいたので成績もひどいものだった。
現役の時にどんな大学をいくつ受けたのか覚えてない。いくつかの大学を受けて当然のようにすべて落ちた。

浪人生となって予備校に入ったけれど、そこでも三クラス中の一番勉強が出来ないクラスに入った。
英語と社会が致命的にまったく出来なかった。英語に関しては200点満点のセンター試験で100点も取れなかったのを覚えている。
国語は昔から割と点数は取れた。元々理屈っぽい性格だから、理屈が必要な国語のテストはまあ得意だったんだろう。

浪人時代は意外なことに楽しかった。
予備校のソフトボール大会で優勝したり。
床屋のマスターが木屋町に飲みに行くのについていったり。
それなりに勉強したんだとは思うけれど、本当に本気でがんばりだしたのは夏が過ぎたあたりからだった気がする。
夏期講習とかさぼってゲーセン行ってた。
とにかく英語が苦手で、どうしようもなかった。浪人時代の最初の模擬テストで偏差値が40を切った。

勉強の仕方を考えるのは好きだったから、そんなことばっかり考えてた。
とにかくモチベーションを上げる方法を考えないとこんな苦行には耐えられない。
少しでもおもしろくする方法を考え続けた。
自転車に乗りながら英語の単語を覚える。事前にある程度詰め込んだ10個の単語を反芻する。電信柱三つで一つの単語の意味を思い出す。10個全部思い出せたらクリア。一つでもダメだったら最初から繰り返し。クリアしたらまた10個の英単語をざっくり覚えてまた自転車をこぐ。
夏場は何故か汗びっしょりになりながら単語を覚えていた笑。
これならまあちょっとはおもしろい。ルールを自分で作って、その通りに行動するのは好きだった。
とにかく単語量が圧倒的に足りてないことは自分でもわかっていたので、浪人時代の前半は単語の事ばかりやっていた気がする。

文法だの単語だのなんだのをいろいろと詰め込んだ末、夏以降は村上春樹の小説の英語版を毎晩寝る前に2時間ほど読んでた。
これがすばらしく効果があった。
なにより大好きな作家のテキストを別の視点(英語)で触れられるという喜びがあった。日本語を読むときと同じように心が震えた。勉強しているのに心が震えるという事実に僕は狂喜した。勉強が楽しいなんて最高すぎる。勉強するモチベーションは高まるし、楽しいし、勉強になる。こんなラッキーなことあるのか。
毎晩英語版村上春樹を読むのが楽しみで、それ以外の勉強を終わらせて寝る前のお楽しみタイムとして取っておいた。
英単語は受験で使うレベルのものよりもかなり難しいやつがたくさん出てくるが、日本語の方をほぼ覚えていたので、すらすら(とまではいわないまでも、なんとか)読めた。
読めると英語も楽しくなってくるし、文章の中で単語も覚えていく。
どちらかというと意味を理解するために読むというよりは文学を楽しむために読んでいたので、感覚的に理解出来たらどんどん読み飛ばしていった。そもそも日本語版の記憶がざっくり残っていたので、記憶を呼び起こしながら読むのは新鮮だったし、村上文学を別の視点から理解できるような気もした。
「羊をめぐる冒険」という上下巻の本を英語版で読んでた。
最初の一回読むのには二か月くらいかかったけれど、三回か四回読んだら英語の成績が本当に跳ね上がった。細かい内容を問われたり、英作問題やリスニングがあったらまったくだめだったけど、読んで大雑把な理解を問われるような問題ならほぼほぼ間違えなかった。
この勉強法がいつかどこかの受験生の役に立つようにここに記しておく。
最近は英語版のマンガなども出てるから、それで読めるようになる人も増えてくるのかもね。
結果としてこのやり方は僕の英語長文読解力を一時的にものすごく高めた。
僕が受験した同志社大学は英語の長文がよく出ることでおなじみの大学だったのだけど、この勉強法は長文をなるべく早く読む、しかし意味は75%しか理解しないみたいな読み方をするのには最適だった。センター試験もそうですよね。長い文章を大雑把に理解できてれば点数取れる。

夜中にちょっとしたものを飲みながら、英語の本を読むっていう行動は、ものすごくかっこよく自分では思えた。大人の階段を急激に登ってる気がした。それこそ村上春樹っぽかった笑。
調子に乗って外人のよくいるバーで飲みながら単語帳をひらくとかもやってみたけど、これは気が散ってぜんぜん頭に入らなかった。

世界史に関してはまず全体像を把握してから細かいところを覚えないとせっかく覚えた単語が散らかってしまう気がして、おおまかに全体像がわかる本を探した。どこかの予備校の先生の講義をそのまま文字おこしされた奴がちょうどよい感じだったので全三冊のそれを繰り返し繰り返し読んだ。二か月くらいしたところで、世界史の大まかな流れというか100年ごとに世界で何が起こってたかみたいなおおまかな地図が頭の中に完成したので、その後で細かな固有名詞や地域やよく出る年号とかを覚えていった。
最後まで得意ではなかったけれど、まあ苦手でもなくなった。

模擬テストでは点数が急激に上がったわけではなかったけれど、まあ焦らず間違ったところを見つけ出して丁寧に理解していくしかないよなあという気持ちだった。

結構気楽に浪人時代を送ったつもりだったけれど、受験の直前になったらそれなりにナーバスになった気もする。
センター試験の点数が割とよかったので、予備校の先生たちが「もっとここも受けたらどうだ!?」みたいな雰囲気を出してきて、それも妙に気になった。

最初の大学の合格の通知をもらったときずいぶんうれしかったし、すごくほっとした。
思っていたよりもずっと重圧みたいなものがあって、それがポロリと取り除かれたような晴れやかな気持ちになった。

いくつかの大学から合格をいただきまして、同志社大学文学部文化学科心理学専攻という肩書を得ることになった。

浪人時代は先が見えなくて不安で自分の立場も中途半端で安定はしなかったけれど、自分なりの勉強の仕方を考えて、それを実行して、ちゃんと結果が出たのでそれはずいぶんと自信になった。特に英語の勉強法は自分が編み出したという高揚感もあったし、なにより「好きなことをやっているときが一番自分が成長する」というわかりやすく明確な結果も手にした。
このことはその後の人生に結構な影響を与えたように思う。

まあそんなこんなで、次回大学編でございます。


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