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コピーライターになる前、コピー機を売っていた、むかしの話。

もう17年も前の話。コピー機を売っていたことがあった。どのオフィスにもある、コピー、FAX、プリンタができる複合機と呼ばれるもの。主にシャープ製。画質はそれほど良くなかったけれど(今は知らない)、他に比べて安かった。それを飛び込みで売っていく。「経費削減の件でお伺いしました」と入り口の営業トークをひっさげて、商業ビルの最上階から順番にベルを鳴らす。当然、ほとんどの場合、断られる。

「いりません」

「結構です」

「替えたばかりなの」

と即アウト(入り口で断られる)は当たり前で、いきなり怒鳴られるケースも少なからずあった。僕が新卒で入ったその会社は、それなりに老舗の営業会社だったから、僕が訪問する前にも先輩が来ていて何か悪さをしたんだろう。その頃を思い出して僕に怒る。

「あの会社か! ふざけるな!」

名刺を突然破り捨てられて、頭が真っ白になったこともある。

当時の体感では30社に1件ぐらいは見積もりを出すチャンスがあって、順調にいけば100社に1台は売れた。だから少しでも数を稼ごうと、古い商業ビルを探したものだ。特に小規模法人が集まったビルは仲間内で“うまいビル”と呼ばれた。最上階からまわるだけで数十社稼げるのと、大概、社長がオフィスにいるからだ。飛び込み営業は、基本社長と話をしないと前に進まない。決済権がない相手だと時間がかかりすぎるし、決まる可能性が低い。自然、「父ちゃん社長、母ちゃん専務」みたいな会社が狙い目になる。

ふと思い出したのが、そんな狙い目の会社のひとつだった、ウインターレジャー施設専門の広告を扱うX社だ。マンションの一室にオフィスを構えた小さな会社。何の気なしに飛び込んで、最初に話を聞いてくれたのが社長。典型的な父ちゃん社長だった。

僕は当時新卒の23歳。夏の暑い日だった。社長は冷えた麦茶を出してくれて、僕の稚拙な営業トークに耳を傾けてくれた。確か、経費削減がどうとか、3ヶ月モ ノクロコピー無料ですとか、そんな退屈な話だ。けれど社長は真面目に聞いてくれて、見積もりをさせてくれることになった。僕は不思議な思いで会社に戻り、その翌週、納品が決まった。

無事にコピー機が稼働して、1ヶ月が経った頃だったか。僕は様子を見にその会社に訪れた。コピー機は簡単には壊れない。世間話に立ち寄ったのだ。すると、社長は突然改まって、こういった。

「いま、給料いくらもらってる?」

「休みはどれぐらいだ?」

「いつまで飛び込み営業する気なんだ?」

僕は、当たり障りのない回答をしたと思う。すると社長は意外な言葉を言った。

「うちにこないか?」

冗談ですよね? と笑いかけたが、社長の目は笑っていなかった。会社を拡大するには、若い人材が必要なんだ、と社長は語りだした。僕は話半分に聞きながら、 その会社の行く末を想像した。当時、僕の知る限りではレジャー施設は決して順調ではなく、むしろ苦境にあった。そしてX社は社長を含めて社員は4人。全員が僕よりずっと年上のオジサマしかいなかった。ここで働く未来が想像できない。と、当時の僕は結論づけた。2週間後、僕は再度そのオフィスを訪れた。

「ふざけるな!」

「信じられん!」

「お前、どういうつもりで来たんだ!」

詳しい言葉は覚えていない。ただ、行くつもりがないことを伝えてから、僕はどなられ、なじられた。優しく僕の営業トークを聞いて、あれほど熱心に会社の未来を語ってくれた姿はどこにもなかった。彼の失望は怒りになって、僕を責め、僕はそれを聞きながらひどく悲しい気持ちになった。

それから間もなく、僕はコピー機の営業をやめて、求人広告の世界に入った。

そして先日、ぐうぜんあるウインター施設のニュースが目について、X社のことを思い出した。あれから17年。記憶をたどりながらウェブサイトをのぞいてみたら、会社があったマンションも、従業員数も、何ひとつ変わっていなかった。

ただ、ふと思い出しただけの、むかしの話。

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