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酵素と生命の起源:核酸/アミノ酸ポリマー共進化仮説

生物の体の中には無数の多様な化学物質が生成されています。

化学物質同士が化学反応をすることで、新しい化学物質を作り出したり、既にある化学物質を分解したりします。この作用を利用して、食物から摂取した栄養やエネルギーを蓄えたり、必要な時に取り出したりします。また、体の形を作ったり、外界から入ってきた害になる物質を分解したりもします。

こうした化学反応を促進したり抑制したりする役割を、酵素が担っています。化学反応が発生しても酵素自体は変化せず、何度も同じ化学反応に作用することができます。

モノマーと呼ばれる連結可能な化学物質を単位とし、そのモノマーが連結されることで形成される鎖状の化学物質をポリマーと呼びます。生物の体の中の酵素の役割は、主にこのポリマー型の化学物質が担っています。

この記事では、生物におけるポリマーと酵素の関係について考えていきます。またその整理の中で可能性として気がついた、生命の起源における核酸ポリマーとアミノ酸ポリマーの共進化仮説についても説明します。

■生物内のポリマー

ポリマーには複雑で高度な機能を持った機能性のポリマーがあります。生物における代表的なポリマーは、核酸ポリマーであるDNAとRNA、そしてアミノ酸のポリマーであるペプチドやタンパク質です。

核酸ポリマーであるDNAはデオキシリボースを骨格に持ち、RNAはリボースを骨格に持つという特徴があります。アミノ酸ポリマーであるペプチドは短いポリマーで、タンパク質の方はポリマーの長さが長く、複雑な構造を持ちます。

また、生体内では高度な機能性のポリマーの他に、比較的シンプルなポリマーも多く存在します。

炭水化物は代表的なポリマーです。エネルギーの蓄積だけではなく、繊維状の構造として細胞の構造を支えます。脂質は正確にはポリマーとは呼べないようですが、連鎖状の構造を用います。同じくエネルギーの蓄積をしますし、細胞膜を形成し細胞や細胞内小器官をカプセル化します。

■高度な機能を持つポリマー

高度な機能を持つポリマーについて、その機能を3つに分けるとすれば、1つは遺伝情報の保存です。これは核酸ポリマーであるDNAやRNAが持つ機能です。

2番目の機能は、他のポリマーへの転写や翻訳の原本としての機能です。DNAはDNA自身への転写と、DNAからRNAへの転写を行う事が出来ます。RNAはタンパク質への翻訳をすることができます。また、RNAからDNAへの逆転写も可能です。

3番目の機能は化学反応を低エネルギーで加速させる触媒機能です。この触媒機能を持つ生物的なポリマーを酵素と呼びます。一般に酵素となるのはタンパク質ですが短いアミノ酸ポリマーであるペプチドも酵素の機能を持ち得ます。また、一部のRNAも酵素の性質を持ちます。また、人為的に作られた特別なDNAも、触媒機能を持つケースもあると聞きます。

高度な機能を持つ酵素を上手く組み合せることで、炭水化物や脂質といったポリマーを作ることもできます。

■酵素と構造

この中では、アミノ酸ポリマーを構成するモノマーであるアミノ酸の種類が最も多く、生物で使用されているアミノ酸は20種類あると言われています。核酸ポリマーを構成するモノマーであるヌクレオチドは、DNAとRNAのそれぞれに4種類しかありません。

アミノ酸はそれぞれ形状が異なります。このためアミノ酸ポリマーの鎖状構造が長くなると、非常に複雑な立体構造を取ります。RNAはアミノ酸ポリマーほどではないですが、骨格となっているリボースにゆがみがあるため、鎖状構造が長くなるとそれなりに複雑な立体構造を持ちます。そして、DNAは1本鎖あっても、骨格となるデオキシリボースが安定しているため、あまり複雑な立体構造を持ちません。

このような理解をすると、酵素になる可能性が高いポリマーは、複雑な立体構造を持つ傾向があるよう思えます。つまり、酵素として化学反応を促進するカギは、こうした複雑な立体構造にあるのかもしれません。

■手のアナロジー

この複雑な立体構造が、酵素の機能に果たしている役割は、人間の手のようなものです。人間の手が立体的に複雑な構造を作り出すことで、物を掴んだりくっつけたり切り離したりできるように、タンパク質やRNAも複雑な立体構造を持つことで、化学物質を掴んだり、結合したり、切断したりすることができます。

1つの酵素は人間の手のように柔軟に動くわけではなく、ある程度決められた構造の範囲で多少の柔軟性を持っているだけです。それでも、多種多様な酵素は、人間の手の様々なポーズのように、多様な形態をとります。これにより、通常のシンプルな構造の化学物質ではできないような加工を、化学物質に加えることができます。これは、人間が他の動物よりも器用な指先を持っていることで、様々な道具を生み出せることに似ています。

酵素が化学反応を促進するのは、その化学反応に必要なエネルギーレベルを大幅に低くするためと言われています。

これは、人間が手で物を加工する時に、ポイントとなる部分に効果的に力を加えることで、加えた力が無駄なく必要な部分にかかるようにしたり、上手くツボになる部分を抑えることでテコの原理を利用するような形で力を増幅していることに似ています。これにより、手を使わずにものを加工する時よりもはるかに早く小さな力で物を加工できます。

おそらく酵素の複雑な立体構造も、化学的なレベルでこのような最小限の力で済むようにしたり、テコの原理のような何らかの増幅効果を生んでいるのだと考えられます。

■転写と翻訳

一方で、転写や翻訳の事を考えると、あまり立体構造が複雑になるタンパク質のようなポリマーでは上手く行きません。なぜなら、一般的に転写や翻訳を行う酵素は、ポリマーの鎖を順番に辿りながら転写や翻訳を進めるためです。マクロ的に見て複雑な立体構造を持つポリマーは、ミクロ的に見れば個々のモノマーの形が揃っていないという事です。そのようなポリマーを上手く順序良く辿るような酵素は、容易には生み出されないでしょう。

DNAやRNAは、骨格を持つポリマーですので、順番に辿る事の出来る酵素の実現が比較的容易です。DNAであればデオキシリボース、RNAであればリボースが骨格となっていますので、その骨格の部分を辿っていけばよいことになります。

■回文型核酸ポリマーによる自己増殖の可能性

一般的にはDNAの転写にはDNAポリメラーゼという複雑なタンパク質でできた酵素が必要とされます。RNAの場合も同様です。そのような複雑な酵素が何らかの段階的なステップを踏まずに、自然環境で偶然にできるとは考えにくいと思います。

酵素はあくまで化学反応を低エネルギーで短時間で効率よく起こす役割を担っているものです。つまり、酵素は特定の化学反応の必須要件ではありません。そう考えると、本当にごく短いポリマーであれば、酵素なしでもある程度の化学反応が偶発的に起きた可能性があります。

もちろん、長い遺伝情報を持つ核酸ポリマーの転写であれば、酵素が無ければ説明がつきません。しかし、非常に短い拡散ポリマーであれば、酵素なしに偶発的に転写が起きる可能性もあり得ます。また、RNAにしても、一本鎖のDNAにしても、回文型の遺伝情報を持つ核酸ポリマーである場合、1回の転写で自分自身を複製することができます。

核酸の材料となるモノマーであるヌクレオチドが高密度で集まっており、自然に環境条件が揃って転写が発生しやすい状況が整えば、ごく短い回文型の核酸ポリマーであれば、自己複製が起きていた可能性は考えられるはずです。例えば、ヌクレオチドが凝集した水場が、潮の満ち引きや蒸発などで水量が少なくなったり乾燥することで、ヌクレオチドが高密度に集まり、その中で短い核酸ポリマーが自己複製したというシナリオはあり得そうです。

自己複製による増殖が可能だったのであれば、それを起点に増殖を繰り返し、かつ、その過程におけるランダムな変異により核酸ポリマーがより長く複雑な遺伝情報を持つように進化した可能性はあるでしょう。そして、RNA同士やDNA同士の転写だけでなく、DNAからRNAへの転写やRNAからDNAへの逆転写も同様に自然現象として発生したなら、そこから多様な進化への道が開けた可能性があります。

■アミノ酸ポリマーのフィードバックループ型増殖の可能性

同じ構造を持つポリマーを増殖させるという観点では、自己増殖が効率の良い方法です。しかし、必ずしも増殖は自己増殖である必要はありません。

環境上に、ごく短いポリマーを生成することができる仕掛けがあり、そこに素材とエネルギーが供給されれば、化学工場のように同じ構造を持つポリマーを生産することはできたでしょう。

こうして増殖した短いポリマーは、更にエネルギーを受けてランダムに連結して長いポリマーを形成することもできます。これはランダムに起きるため、この説明だけでは長いポリマーが増殖することはできません。

しかし、ランダムに連結されたポリマーの中に、ポリマーの連結を促進する触媒としての機能を持つポリマーや、例えば紫外線のようなポリマーの連結を壊してしまうものから他のポリマーを保護するようなポリマー、あるいはポリマーの生成に適した温度やphを保つことのできるポリマーなど、多様な影響を与えることができる物が登場した可能性は考えられます。

こうした連結ポリマーが生成されると、次第にポリマーの連結が効率良くなっていき、少し長いポリマーが生成されやすくなっていきます。すると、より長いポリマーもランダムに生成されるようになり、より有効な影響を与えるポリマーが生まれる可能性があります。

このような形で、自己増殖を伴わなくとも、ポジティブなフィードバックループを実現するポリマーが生成されていくことで、高機能なポリマーの増殖は実現され得ます。

このような事ができるためには、ポリマーが高い多様性を持つ必要があります。そう考えると、DNAやRNAのような核酸ポリマーよりも、タンパク質やペプチドのようなアミノ酸ポリマーの方が有利です。アミノ酸ポリマーは、核酸ポリマーよりも短い長さで複雑な形状の構造を持ち得ます。このため、アミノ酸ポリマーの方がポリマー生成を有利にする多様なフィードバックループを実現するのに適しています。

■核酸ポリマーとアミノ酸ポリマーの共進化仮説

このように核酸ポリマーの自己複製と、アミノ酸ポリマーによる化学工場型のフィードバックループ型増殖は、共にそれぞれの世界を発展させ、その中のポリマーを多様に進化させていくことができたはずです。

前者は核酸ポリマーワールドで、後者はアミノ酸ポリマーワールドです。

この2つの世界が並行して発展していくと、やがて互いに影響を与え、利用し合う関係になったはずです。核酸ポリマーはアミノ酸ポリマーの酵素としての作用を利用して自己複製を強化した可能性があります。そして、アミノ酸ポリマーは、核酸ポリマーをフィードバックループに巻き込み、その自己複製の能力を生産能力強化や多様性の増幅に利用した可能性が考えられます。

このポジティブな影響関係があれば、2つの世界が共進化することができたはずです。

これを、核酸ポリマーとアミノ酸ポリマーの共進化仮説と呼びたいと思います。

■全てのピースが揃う時

RNAからタンパク質への翻訳を行う際に、細胞内組織であるリボソームが翻訳機の役割を担います。このリボソームには、RNAからできている酵素群とタンパク質からできている酵素群が含まれています。

このため、核酸ポリマーワールドとアミノ酸ポリマーワールドが出会い、リボソームの原型のようなものが形成され、共進化する過程でリボソームへと進化したと考えると、つじつまが合いそうに思えます。

リボソームの原型のようなものが形成されて、RNAからアミノ酸ポリマーの翻訳が効率化されると、RNAがランダムに変異することで次々と新しいアミノ酸ポリマーを生み出すことができるようになります。

新しいアミノ酸ポリマーが、直接的あるいは間接的に原本となるRNAを破損から保護したり、同じRNAが形成されることを促進したりする作用を持つ場合があり得たはずです。そのようなフィードバックを受ける事が出来たRNAは、他のRNAよりも存続しやすくなります。

このような存続を有利にするアミノ酸ポリマーの原本であるRNAが存続している状態で、RNAからDNAへの逆転写が起きると、このRNAを生成することのできるDNAができることになります。時間が経過すると、そのDNAが自己増殖し、DNAからRNAへ転写が行われ、そのRNAからアミノ酸ポリマーへの翻訳が行われます。

この仕組みが上手く連動すれば、RNAとアミノ酸ポリマーの間で存続に有利な新しいアミノ酸ポリマーが開発された際に、それを生成する能力が、全体として急速に増強されることになります。この仕組みが獲得されると、核酸ポリマーとアミノ酸ポリマーの全体が、存続に有利な形に進化していくことになります。これにより、アミノ酸ポリマーとしてシンプルなペプチドだけでなく、より長いポリペプチドや複雑なタンパク質も形成できるようになるでしょう。

このサイクルは、リボソームの他にも、RNAからDNAへの逆転写酵素、DNAからDNAへの転写酵素、DNAからRNAへの転写酵素があれば、効率化されます。タンパク質が生み出せるようになれば、これらの酵素も化学進化の中で形成可能だったはずです。

このサイクルが効率化されること自体が、RNAの存続を有利にしますので、これらの酵素が開発され、全体の化学進化がますます促進されたと考えられます。

このようにして、このサイクルに必要な全てのピースが揃う事で、化学進化が効率的に進行するようになります。

■さいごに

ポリマーと酵素について考えを進めているうちに、核酸ポリマーとアミノ酸ポリマーの共進化という仮説を導くことができました。この記事を書いている最中に発見することができた仮説です。

核酸ポリマーの素材であるヌクレオチド、そしてアミノ酸ポリマーであるアミノ酸は、様々な研究によって、太古の地球上で自然に形成され得たという可能性が見えてきています。

後は、これらの素材が、自然条件である程度のポリマーを形成し、それが自然に自己複製ができたりフィードバックループを形成する事が出来たことが実験的に確認できれば、2つのワールドが併存した可能性があったと言えるでしょう。

そして2つのワールドがある程度発展した状況下で、各ポリマー間の逆転写、転写、翻訳のための酵素が生成され得ることを、実験あるいはコンピュータシミュレーションで確認できれば、この仮説全体に信憑性が出てくると思います。


■P.S.

この記事を書いている時に、私は新しい知識の発見方法について考える機会がありました。

新しい知識の獲得には、2つのアプローチがあるということです。1つ目のアプローチは、とにかく色々と考えたり実験したりして知識を増やしていくアプローチ。2つ目は、既知の知識を図書館のように蓄積したり伝承したりしていき、その記録された知識から新しい発見を生み出していくアプローチです。

私は前者のアプローチを取っています。このため、後者のやり方を好むタイプの方から、既存の本や論文を読むようにアドバイスを頂くことがあります。

私は分厚い本を読んだり論文をサーベイすることよりも、必要な知識をつまみ食いしながら考えていく方が好きなため、上手くこうした知識が豊富な方と長所を生かしながらコラボレーションができると良いな、と考えていたところでした。

ちょうどこの記事で発見した仮説では、まさに生命の起源の化学進化において、この2つのアプローチと同様の事が行われているという話になっていることに気がつきました。アミノ酸ポリマーワールドが前者のアプローチで、核酸ポリマーワールドが後者のアプローチです。

私が先月から参加しているNeo-Cyberneticsコミュニティは、学者や科学者だけに限らず、知的探求の多様性を受け入れることを強調しています(参考記事)。

こうした多角的なコミュニティにおいて、分野やバックグラウンドの違いはもちろん、こうしたアプローチの違いも上手く活かすことができれば、多くの価値ある発見ができる可能性があります。例えば、核酸ポリマーワールドとアミノ酸ポリマーワールドを上手に橋渡ししているRNAの仕組みを深く理解していけば、この2つのアプローチのコラボレーションを上手く橋渡しできる方法が見つけられるのかもしれません。


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