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生命の起源における構造進化と化学進化の共鳴

私は生命の起源について、個人研究をしています。具体的な化学物質や細胞の機能の生成という観点ではなく、自己組織化するシステムとしての生命について、システムエンジニアの立場から解釈するアプローチをしています。

私のこれまでの記事では、生命の起源における化学物質が複雑化して高度になっていく化学進化の過程において、地球環境の構造や仕組みを利用したり、その役割を化学物質に置き換えることで生命へと近づいていったとする仮説を示してきました。

この仮説では、純粋な化学反応だけでなく、物理構造や物理的な現象にも焦点を当てています。この事を上手く整理するためには、物理構造の話と化学物質や化学反応の話を分けて整理する方が良いと考え始めました。

そこで、この記事では、物理構造に着目する構造進化という考え方を導入することにします。構造進化と化学進化が、生命の起源において車輪の両輪として機能したと考える事で、私の仮説の見通しが良くなります。また、構造進化という視点で整理すると、生命は化学反応だけでなく自然現象の仕組みも上手く活用していることが見えてきます。

■物理構造を利用する

生命現象は、外界からエネルギーや化学物質を取り込んで、化学物質とその化学反応を行うことで成立しています。このため、生命の起源において、どのように無生物から生物が誕生したのかを考える時に、化学物質と化学反応を中心とした、化学進化の過程として捉えることは、自然な考え方です。

一方で、化学進化のみで説明するよりも、別の観点も組み合わせて考える方が、説明が容易になるという面もあると考えています。それが、構造進化の観点です。

単純に捉えても、生命の誕生の過程では、どこかで細胞膜のような脂質の膜が形成されたはずです。この膜は、化学物質を取り巻く構造を明らかに変化させました。この意味で、膜の登場は大きな進化ですが、それは化学物質や化学反応の話ではなく、物理構造の話です。このような構造が変わるという事を化学物質と化学反応の枠の中で説明するよりも、構造の変化に着目する枠組みを設けて説明した方が説明が容易になるはずです。これが、生命の起源において、構造進化という観点を加えた方が良いと考える理由です。

もちろん、物理構造は、それ自体が新しい物理構造を作る事はありません。化学進化と構造進化は切り離して考える事はできません。化学進化の過程で構造進化が発生することがあり、構造進化が化学進化にプラスの影響がある、という相補的な関係です。

■構造進化の視点

生命の起源の構造進化においては、静的な構造と、動的な構造の両面から考える方が良いと思います。動的な構造とは、システムとして考えるという事を意味します。

生命現象に関わる構造として、私が認識している物には、次のような概念があります。

a) 仕切り

化学物質を集積しておく物理的な仕切りです。仕切りは、内部の化学物質が自由に移動して散逸してしまう事を防ぐ機能があります。また、急激に多種で大量の化学物質と入り混じってしまう事も防ぎます。加えて、仕切りの内側に水を蓄えて置いたり、温度やphを保つ役目もあります。

こうした仕切りの機能を一言で言えば、一定の期間、内部の化学的環境を保つ役割を果たしていると言えます。

地球上の生命の起源において、明確な仕切りは2種類あります。1つは池や水たまりで、それが初期の仕切りでした。そして、構造進化により、2つ目の仕切りである膜が登場しました。

b) 集合体

仕切りと似た役割として、同種の化学物質を構造的に集めた集合体も存在します。集合体は、仕切りと違って外側との間に境界があるのではなく、中心的なものに化学物質が集まっているような構造です。

集合体は、媒体となる化学物質に、機能を持つ化学物質がくっついているような構造になります。初期は恐らく粘性のある物質が媒体となり、そこに機能を持つ化学物質が絡まっているような姿をしていたと考えています。その次には、繊維状の構造を持つ媒体が登場して綿のような集合体を形成したり、ネットワーク構造を形成したりする形で進化したと考えられます。

最終的には、細胞骨格と細胞内小器官のような形で、集合体の構造は進化したと考えられます。

c) 経路とキャリア

化学進化が進行するためには、化学反応によって生成された化学物質が、別の場所に移動して、そこでまた別の化学反応が起きる、といったことが必要になります。生成された化学物質の移動が必要になるという事です。

化学物質の移動は、化学の世界ではなく構造の世界の出来事ですので、ここにも構造と構造進化の概念が必要です。

化学進化においてはランダムに移動して偶然新しい化学反応が起きることも大事です。一方で、新しい化学物質が偶発的にたった1つだけできただけでは、化学進化には貢献しないでしょう。一度起きた反応が繰り返し起きるような構造が必要です。そのためには、化学物質の移動経路と、その経路に沿って化学物質を移動させるキャリアが必要です。

初期の地球では、川が経路で、水の流れが化学物質を移動するキャリアだったと考えられます。また、水が蒸発して上昇気流を作り、雲になって風に流され、陸に雨を降らすという形で水は循環しますが、その上昇気流、雲、雨も経路であり、キャリアでもあると私は考えています。

経路とキャリアが循環する構造である事は、化学進化においても重要な意味を持ちます。経路とキャリアが循環するのであれば、化学反応の連鎖が、フィードバックループを形成することができるためです。生物は、自己調整の機能を持つことが大きな特徴ですが、そこには化学反応のフィードバックループが存在します。初期の地球においても、化学反応のフィードバックループが形成できる構造が存在したことは、注目すべき点です。

その後、構造進化により、化学物質の移動とキャリアは、化学物質自らが生成したものになったと考えられます。集合体の構造にも出てきた繊維状の構造が経路となったと考えられます。これは細胞骨格と同じ繊維状のものです。その繊維状の経路の上を、化学物質を運ぶような仕組みがキャリアとして登場したと考えられます。初めは繊維の間を流れる水流を利用したかもしれませんが、やがて繊維の上を移動する台車のようなキャリアが作られ、その台車にくっついて化学物質が移動するようになったと考えています。

■構造生成における自然現象の利用

構造進化においては、様々な構造を生成する必要がありますが、化学物質による化学反応だけで、構造を組み立てることは難しい面があります。このため、構造生成には、化学反応以外の自然現象の力も利用したと考えています。

例えば、脂質の膜の生成は、片方の端が疎水性、他方の端が親水性になっているような脂肪酸を生成する事さえできれば、あとは水中で自然に脂肪酸同士が球状にくっついて、一重あるいは二重の脂肪酸の膜を形成するという現象が知られているそうです。この現象を利用すれば、条件に合致する脂肪酸を生成する化学反応を起こせれば、球形に整えるような能力は必要ありません。

同様に、粘性をもつ媒体を形作る物質は、生成されるとお互いにくっついて塊になるはずですので、それを利用することができます。

また、繊維状の構造を持つ物質は、同じ処理を繰り返すような化学反応のループから形成することが容易です。これは、一つ前の化学反応で生成した物質の端に、次の化学反応で物質を付け足すような化学反応ループです。この仕組みが繰り返されることで、繊維状の構造を持つ物質は生成可能です。

この他、結晶化現象や同期現象が、同じ構造を持つ物質の形成や、同じタイミングでの化学反応の発生に利用可能だと考えています。構造として静的なものと動的なものを含めて考えるという話をしていましたが、結晶化は静的な構造、同期現象は動的な構造に対応します。

なお同期現象とは、振り子のようなものの同期現象や、周期的な処理をする分散システムがボトルネックになる部分で同期してしまう現象、また、均質な水の中で温度やphの変化に伴って化学反応が起きる条件が満たされると、一斉に化学反応が発生することなどを指しています。

生物の増殖の鍵となるDNAとそれによる分裂には、同じ静的構造を作るという機能と、DNAの分裂に合わせて細胞膜が分裂して必要な物質が二分される意味での同期的なメカニズムが働きます。生命の起源の事を考えると、DNAが登場する以前の話になりますので、DNAが無くても同じ静的な構造を持った化学物質が形成されたり、複雑な処理がタイミングを合わせて進行するような動的な構造が、どのような形で実現されたのかという問いが浮かびます。まだはっきりとこのあたりの考えがまとまってはいませんが、結晶化現象や同期現象にヒントがあるように思います。

■構造進化の効果

様々な種類の構造進化が進行することで、化学進化が進行しやすくなります。その理由は、主に以下の3点です。

1点目は、構造の内製化です。池や水たまりという地球の仕切りと、河川や大気の流れという経路と、それに沿って循環する水というキャリアを、初期は利用していました。それが、細胞膜が仕切りを、細胞骨格が経路とキャリアの役目を担うことで、内製化に切り替わったことになります。

構造を内製化できるということは、化学進化にとって適切な仕切りの大きさや経路の繋がりを形作る事が出来るという事です。これは、内製化により多様な大きさ、つながりを生み出し、自然淘汰的にその中から化学進化を促進するものが残っていくためです。

2点目は、微小化です。地形スケールの池や水たまりという仕切りの大きさから、細胞膜レベルの仕切りになることは、微小化を意味します。同様に、経路とキャリアが地球スケールの水の循環を必要としていた時代から、細胞骨格上の移動で済むようになるというのは、スケールの微小化に他なりません。

スケールが微小化すると、その分だけ数を多く作り出すことができます。仕切りで囲まれた物の数の増大は、それだけ多様な化学物質の環境が作れるという事です。進化が早く進むためには、化学物質が入った容器の種類が多い方が有利です。

人間の体には数十兆個もの細胞があるとされています。そこから考えると、小さめの池であっても、そのくらいのオーダーの数の細胞が入る事が出来そうです。これは、化学物質が入った容器の数が、数十兆倍、あるいはそれ以上になるという事を意味します。

3点目は、可搬性です。内製化と微小化によるものではありますが、多様な化学物質が粘性のある集合体に取り込まれたり、膜に包まれたりすると、その単位で複雑な化学反応の連鎖を実現できる可能性があります。

そうした微小な集合体や細胞膜で囲まれたカプセルは、地球の水の循環に沿って、池や水たまりを巡る事ができます。これにより、それまでシンプルな化学物質しかなかった池や水たまりに、複雑で高度な化学反応の連鎖が可能な一連の化学物質の集まりが、その構造を維持したまま入りこむことができます。

これにより、新しい有機物同士、あるいは構造を持った一連の有機物群同士の新しい出会いの可能性が増加します。これも、化学進化を促進することになります。

■さいごに

住宅で言えば、生活の機能的な側面を便利にする設備や電化製品や生活用品が化学物質のようなものです。私たちは、これらを使いこなすことで効率良く快適に暮らすことができます。

一方で、住宅を支えている柱や梁、外との間や部屋の間を仕切る壁や屋根、人や光や空気を通すためのドアや窓、それらが家の中で移動するための廊下やダクト、エネルギーや水を入れたり出したりする電気配線、ガス管、上下水道管など、住宅には様々な構造物が必要です。また、出入りや移動といった動的な構造も考慮して設計することが重要です。

生命の起源を化学進化と構造進化の両輪で捉えることは、人の生活と住宅の進化に似ています。

大きな木や自然の洞窟を利用して雨風をしのいでいた時には、濡れたら使えなくなるような道具や風で飛ばされやすい小さな道具を生活に取り込むことは難しかったかもしれません。自分で住宅を作る事で、より効果的に雨風をしのぐことができるようになり、それに伴って生活に使える道具も充実したでしょう。そして、部屋の間仕切りや断熱性能、ドアや窓などの開閉、ライフラインの引き込みなど、住宅が高度化することで、生活に使える道具も高度化していきます。

構造と処理という観点で、進化を分析するという考え方は、生命の起源や住宅の話だけでなく、様々な分野に応用することもできると思います。もちろん、この構図は、情報通信システムにおけるシステムアーキテクチャとアプリケーションとの関係からインスピレーションを受けています。

この構図で捉えることができる多くの分野に当てはめて考える事で、それぞれの分野に有用となる発見や洞察を得ることもできるでしょう。

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