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■文化祭の文化化祭

「文化祭なんて、自分たちで開催できるものなの?」

ユカリは至って真面目に尋ねたが、ショーゴはそれを聞いて笑った。

「あらゆるお祭りは、誰かが始めたんだよ。ここでも、誰かが始めなきゃ始まらないさ。たとえ、初めは僕一人だけだとしてもね」

「一人だけって。そりゃショーゴが一人でやるんなら、勝手にやればいいんだろうけど、それって文化祭?」

ため息をついて、ユカリは呆れ顔になる。ショーゴは少し困ったように苦笑する。

「もちろん、お祭りは一人じゃ駄目だ。人と人が、つながることに意味がある。現実世界の文化祭とか学園祭の意義も、展示やお店を出したっていう結果じゃないからね。準備するプロセスとか、来てくれたお客さんの間でのやり取りのプロセスに、価値があるんだ」

「でもそれって、ここじゃ難しいんじゃない? 直接会えるわけじゃないし。メタバースみたいに現実世界を直接模擬したような仮想現実だったら、疑似的に会ってるようなものだけど。臨場感とか、身体性っていうのかな、そういうの、ここには無いよね」

ふむ、とショーゴは頷く。確かに同じネット上の世界とは言っても、アバターを使って活動する仮想空間と、ここの空間とでは、活動の感覚は全く異なる。

「でも、それが、ここの良いとこなんだ。お互い、非同期に活動できるから。時間が無い人も、余裕がある人も、昼間勉強している人も、夜働いている人も、皆が思い思いに参加できる。」

「非同期かぁ。時間を拘束されず、バラバラのタイミングで書いたり、読んだりできる、って意味だよね。でもさ、文化祭とかお祭り的なことは、同期的なプロセスがないと駄目だよね」

そうだろうか。ショーゴはしばらく腕を組んで考える。

「そうとも限らないんじゃないか。確かに、集まって会話のやり取りをすれば、短時間で密度の濃いやり取りができる。非同期だとどうしても時間もかかるし、間延びもしてしまう。だけど、やり取りの時間スケールが広くなるだけ、と考えられないかな。」

首をかしげるユカリに、ショーゴは少し言葉を探す。

「会話も、ここでのやり取りも、本質的には人と人とのやり取りだよね。だから、どちらも、人と人との間のつながりを生むプロセスになり得る。つまり、同期か非同期かということが問題なんじゃなくて、むしろ」

言葉を探りながら話をするショーゴの言葉に、ユカリがぽろっと言葉を挟む。

「つながりを、作れるかどうかが重要、ってこと?」

「そうだね。お互いが全くバラバラに、何の共通点や協働性もなく、ただ非同期に記事や創作を書いて、それを別の誰かが読んで、それで終わってしまったら、時間も薄いけど」

ユカリもいつの間にか腕を組んで考え込んでいた。

「それだと、つながりも薄いね。そっか、人は自然につながっていたい生き物だと思ってたけど、案外、そのままつながらずに時間を過ごせちゃうんだ。だとしたら、お祭りって」

「そ、つながりを生み出す仕掛け。言ってみれば、つながり製造システム。だからどの社会でも、コミュニティでも大なり小なり行われてる。学校の文化祭や体育祭、地域のお祭り、会社なら飲み会とかも、つながりを生むための仕掛けって意味では、全部お祭りみたいなものかな」

「確かに。別に、直接、仕事や勉強には関係ないもんね」

そこで、ユカリが何かに気がついたように顔を上げる。

「そういう話で言えばさ、この世界で、文芸部のクマ先輩が毎週やってるのも、当てはまるんじゃない? あ、カニ先輩がやってるショートショート企画もあるよね」

「そうだね、それも立派なお祭り。非同期ではあるけど、みんなで同じテーマで競作しているわけだから、共同作業のようなものだよね。なんだか、仲間意識みたいな気持ちも出てくるし。それに、お互いの作品を読んでコメントをしあうってルールもあるから」

「つながり製造システムだ! そっか、仕掛けが大事ってことなんだ。非同期だけど、ちゃんとこの世界でも、つながりを作る仕組みはできるんだね。」

うんうんと、ユカリは自分の言葉を噛みしめるように頷く。

「先輩たちグッジョブだね~。みんな、つながりたいけど、どうすれば良いか分からないから、何かそういうきっかけとか仕組みを作る人がいるのって、ありがたいんだなぁ。」

「お祭りって、きっとそういうものなんだよ。みんなが望んでることを、うまく仕組みを作って形にしていく」

「うん、そっちの方がいい。お祭りは、人と人をつなげるって考えた方が楽しいよ。国語か社会の授業で、『まつりごと』だから政治に関係してるとか、あとは豊作祈願とか地鎮祭とかで儀式的な意味が元々あったって聞いたことはあったけど、なんかピンとこなかったもん。」

「そうだね。元々はそういうところから出てきたのかも知れないけど、結局、今行われている地域のお祭りだって、そういう元の意味合いから離陸して、純粋に交流の場になって、つながり製造システムになってる。出自はどうあれ、本質的な意味は結局そこにあるんだと思う。日常生活に必要な活動や、経済活動だけだと、その活動をしている人としか交流しないし、社会が歯車だけになってしまう。そういう必要とか必須とか合理的な世界とは関係なく、お金と時間をかけてお祭りをやっているのは、社会的な意味があるんだよ」

大きく頷くユカリに、ショーゴは少し間をおいてから、言葉を続ける。

「きっと。僕らは自由も欲しいけど、そうやって形式とか型がないと、気持ちがあっても交流が難しい。だから、その気持ちを汲み取った仕組みとか仕掛けが必要なんだ。それがあれば、つながりと交流が生まれる。うまく継続できれば、やがて定着して文化になる。」

「うん、イベント的につながりが生まれれば、その後も日常的な交流も広がるかも。SNSって、形の上ではコネクションはできるけど、なんだかよそよそしいっていうか、本当の交流は遠慮しちゃうっていうか、難しいんだよね」

「だから、先輩たちの活動も参考にしながら、文化祭を実現する事だって、できると思うし、意味があると思うんだ。ただ、なかなか、上手いやり方が思いつかないけど」

お手上げ、という感じで、ショーゴは手を広げて見せる。ユカリは腕を組んだまま、目をつむって、ゆっくり頭を左右に揺らす。

「文化祭の文化を上手く作るやり方かぁ。じゃあさ、それをテーマにみんなで考えるのはどうかな。文化祭を文化にする方法を考えるお祭り。」

それを聞いて、ショーゴがパチンと指を鳴らす。

「なるほど。いいかもな。ってことは、文化祭の文化化祭、だな。」

「え? 文化祭のぶんかかさい? ややこしいよ~」

「ま、僕はこういうネーミング好きだけど、確かに一般受けはしないな。ま、ハッシュタグはシンプルに分かりやすくした方が良いか・・・」

呟くショーゴの横で、スマホを取り出して何かを調べていたユカリが、声を上げる。

「あれ? ショーゴ、これ見てよ! ほら、やっぱり、皆、気持ちは同じなんだね。」

ショーゴに向けられたスマホの画面には、ずらっと記事が並んでいた。

「これって。おお、そっか。すでに先人がいたのか。」

ショーゴは立ち上がって、自分でもスマホを取り出して「#note文化祭」というタグを打ち込む。

「七年前か。うん、そうだな。まずはこの時の事を調べるところから、だな。」

おわり


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