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運用中の内側からの拡張:生物の成長と増殖の原理

生物は成長する際に、体の内側で細胞分裂が起きて身体が拡張されていく仕組みになっています。これは生物にとってはごく当たり前の観察ですが、工業製品や建物などの構造物の製造を考えた時、このように内側から拡張していくという方法を私たちは行っていません。いわば外側から組み立てています。

生物とは何か、という問いについて考える時、遺伝子による自己複製や新陳代謝する性質を持つもの、という説明がなされることがあります。それであれば、工業製品や建物も設計図を基に複製ができ、古い材質を入れ替えていけば新陳代謝も行えます。後は、自分自身でそれを行えるかどうかという話になりますが、ロボットとAIをその建物の中で生産できるようになれば、自己で行っていると言えなくもありません。

そういう話を始めると、最終的には有機物や細胞で出来たものが生物だという話になってしまう事もあります。では、現代の工業製品や建物の原材料を使う代わりに、生物と同じ有機物と細胞の仕組みを駆使して、現代の工業製品や建物、ロボットのようなものを構築すれば、それは生物なのかという疑問も湧きます。

生物という言葉の定義は多面的であり、人によって解釈が異なるため、深追いはしません。この議論で言いたかったことは、単に有機物や細胞といった材料や、自己複製や新陳代謝といった機能面だけで考えるだけでなく、最初に挙げた拡張の仕組みの違いも、生物と人工物の違いとして挙げられるのではないかという事です。

そこで、この記事では、人工的な構造物に生物のような内側からの拡張というアプローチを取った場合について考えてみます。それにより、このアプローチの特徴や利点を明らかにし、生物に対する理解を深めて行きたいと思います。

■運用しながら内側から拡張する構造物

構造物を拡張する時、通常は外側から、外側の部分に新しいものをくっつける形で拡張します。建物を建て増す場合、既存の建物の上や横に増築するでしょう。

一方で、生物が身体を成長させるときには、通常、内側に新しいものを作り出します。既存の身体を形作っている細胞は、外側に押し出されていく事になります。

つまり、生物に倣えば、内側から拡張する工法で構造物を作ることができる事になります。

また、通常の構造物は躯体が完成してから水、空気、ガス、電気などのための配管を通します。そして、配管が完成してから上下水道や電気やガスを引き込んだり、吸排気設備を稼働させて空気の供給と排出を行うことで構造物を生活や労働や商業の施設として運用させます。

一方で、生物は誕生した時から呼吸し、エネルギーの供給と老廃物の排出を行い、体温の調整もします。そうやって生命を維持する仕組みを運用しながら、身体を内側から拡張しています。

これは、内側からの拡張という工法が、施設の運用をしながら構造物を拡張させるやり方に適しているという可能性を感じさせます。

この記事では、こうした観点で、内側からの拡張について考えていきます。

■利点

内側から拡張する工法には、いくつかの利点があります。

まず、拡張作業を行う部分が、外の環境にさらされずに済むという点です。これは、外の環境が過酷な場所であっても、拡張作業を行う仕組みを保護するための特別な工夫をしなくても済むということです。

内側から拡張する事で、構造物を支える力の計算も不要になります。押し出す力を徐々に強くしていく事で、必要な力が予め分かっていなくても済みます。また、構造が大きく、重くなっていくことで支える力が不足する箇所があれば、その場所を検知して内側から補強すれば良いわけです。

また、内側から拡張する工法を活用すると、ライフラインを初めから稼働させて、運用を止めることなく増築していく事も可能です。

通常の工法では、構造物の全体を作ってからライフラインとなる管を通し、それが全て完成してからライフラインを稼働させる事になります。ライフラインの管も内側から拡張できる仕組みにしておけば、管の中に物を流しながら管を伸ばす事ができます。また、必要に応じて管を内側から分岐します。

生物が血管に流れる血流や、気管による呼吸を一時も止めることなく、身体を大きくしていくことができています。これは、こうした管を接ぎ木するのではなく、内側から拡張する仕組みになっているためです。

老朽化に対してもメリットがあります。外側へ増築するやり方では、最も古い部分が構造物の内側に来るため、老朽化した部分の手当が難しくなります。内側に拡張する工法であれば、古い部分は外に押し出すため、老朽化した際に、古い部分を破棄してしまうことが容易です。

生物はこの利点を活かして身体の新陳代謝を実現しています。また、昆虫のように、子供の時と大人になってからで、身体の構造を大きく変化させることができています。生命活動を止めることなく身体を変形できるのも、内側から拡張する仕組みの応用でしょう。

生物は遺伝子によって身体の設計図を持っています。しかし、実際の体の大きさや、変形の仕方は、成長する中で環境に応じて決定していきます。設計図に書かれていないことは実現できませんが、設計図の範囲内で、選択的に構造を決めている事になります。

例えばミジンコは、周囲の仲間たちの性別の偏りを感知して自身の身体の性別を変化させるそうです。また、狭い場所に仲間が密集している場合、羽を生やして風に乗って移動するのだそうです。

スモールスタートで構造物の運用を開始して、状況に応じて拡張することで、こうした臨機応変な拡張も可能になります。

■工法の進化

生物の内側からの拡張を模倣した工法から、さらに一歩進めて考えてみます。

木の幹は、拡張する組織を、外周部分に持っています。この部分は、幹の内側への拡張と、外側への拡張を同時に行っています。

外側に対する拡張により、外皮を形成し、外の世界から拡張部分の組織を保護しつつ、新陳代謝を可能にします。

内側への拡張は、木の幹を太くしていきます。幹を切ると年輪が見られるのは、季節によって幹の内側に拡張された部分の硬さや色が異なるためだそうです。年輪を観察すると、毎年どれくらい幹が成長したのかが良くわかります。

しかし、この幹の成長方法では、最も内側に古い部分が残り続けることになります。このため、内側は新陳代謝できず、古い木質が残り続けることになります。そして、大木になると内側が腐って朽ちてしまうことがあります。

大木のような構造を持続させるためには、内側をメンテナンスする仕組みを組み合わせる必要があるでしょう。幸い、外周には新しい部分がありますので、これを支えにして、構造や運用をそこに任せつつ、内側をリフレッシュさせることができるはずです。

これは、ソフトウェア開発で行われるリファクタリングの考え方を適用できます。外から見える機能や性質を変えることなく維持したまま、内側の構造を新しいものに置き換える作業です。初期に臨機応変に拡張してきた事で複雑で非効率になっていた部分を、改めて合理的で見通しが良い構造に整理し直す事を目的としています。

このリファクタリングの作業を行うことで、古くなっていた部分を新しくし、不都合やトラブルが起こりにくいものにすることができます。

■再利用性

内側から構造物を拡張する時、柱や梁に相当する部分には相当な力を加える必要があり、そこにエネルギーが蓄積されることになります。

古い構造が押し出されていき、新陳代謝される過程で、このエネルギーは解放され、柱や梁などの素材も機能しなくなっていきます。

こうしたエネルギーや素材を回収して再利用することができれば、過酷で資源やエネルギーの入手性に限りがある環境において大きな利点になるでしょう。

再利用性にはもちろん限界もあります。しかし、外側からの拡張の方式では、作るにも壊すにもエネルギーを必要とします。これに比べたら、壊す際にはエネルギーがあまり必要がないため、内側からの拡張は有利に思えます。上手くエネルギー回収ができれば、エネルギー効率において大きな差が出るかもしれません。

現実にはエネルギー回収は容易ではありませんが、動物の身体も食料が手に入らない場合には筋肉を分解して生命維持のエネルギー源にする場合もありますので、構造物にエネルギーを蓄えておいて回収するというやり方に、一考の余地はあると思います。

■究極の拡張

内側から拡張する工法を実現するための、最初の小さな運用可能な構造物をどうやって作るかという点も考えてみます。

内側から拡張する工法の利点に、拡張を行う部分を外界に晒す必要がないという点を挙げました。この利点を活かすためには、最初の小さな構造物の作成は、既存の構造物の内側で作る方が良いことになります。

ライフラインの管を分岐できることも説明しましたが、これを応用すれば、哺乳類がお腹の中で子供とへその緒で繋がったままある程度まで成長させる姿を応用できると考えられます。

既存の構造物のライフラインを接続して、新しい構造物を作っていきます。そしてある程度まで作り上げたら、ライフラインを切り離して自立させ、元の構造物の外に出して、所定のスペースまで運びます。こうして、新しい構造物を生み出すことができます。

このようにして新しい構造物を生み出すやり方は、既存の構造物の内側からの拡張の工法の応用で実現できます。つまり、これも内側からの拡張の一種です。新しい構造物の生成は、内側からの拡張の究極の姿と言って良いかもしれません。

生物について言えば、成長と増殖は、内側からの拡張という一つの原理に基づいているという事になります。

■都市との対比

このような運用しながらの内側からの拡張という考え方は、1つの建物を対象に考えると、人工物では非常に困難な手法だと思えるかもしれません。しかし、1つの建物ではなく、都市の成長について考えると、私たちはまさに運用しながらの内側からの拡張を行っている事に気がつきます。

都市は全ての道路が完成してからライフラインを通して、運用が始まるというやり方ではありません。始まりは誰かが住み始めるところからだったはずです。自然発生的に人の居住地が都市化していく場合だけでなく、何もない所に大きな都市を計画的に作る場合でも、同様です。

都市建築に携わる作業者は、基本的には日中はその環境で活動することになりますし、場合によっては住み込みで都市建設に従事するはずです。このため、都市においては初めから何らかのライフラインや物資の供給網が確立し、運用されているはずです。その上で、都市の初期の形が形成されていき、都市工事が進展しながら、人口が増えていくことになります。そして、当初計画で描いていたところまで都市が完成した後も、その都市活動の発展に従って都市も拡張が必要になります。

基本的には都市の中心部に近い所から外側に向かって都市は広がっていくはずです。都市は広がりながら、道路や建物といった構造物を増設しつつ、ライフラインも全体を止めることなく拡張していきます。

都市と生物の拡張方法の一番の違いは、立体であるか平面であるか、でしょうか。平面である都市は、既に中心部に作った建物を動かすことはなく、構造物を作る機能を平面を移動するかたちで外側に移動させて、拡張を行う事が出来ます。この点では完全な内側からの拡張とは言えないかもしれません。しかし、運用をしながら拡張してく様子は、確かに似ていると思います。

生物の拡張は基本的には立体的な拡張です。このため、水平方向だけでなく上下方向にも拡張が必要です。この際に、内側から押し上げたり、内側に運用開始済みの構造物を足場にしながら上に拡張していくことになります。

■さいごに

地上は重力の影響が大きく、かつ、わざわざ内側からの拡張を厳密に適用しなくても外界にリスクはありません。

一方で、宇宙空間や月面、あるいは海中などに大きな構造物を作る場合は、重力は地上ほど制約になりませんし、外界にさらされながら工事や補修が必要な工法ではリスクがあります。このため、適切な素材と合理的な工法が確立できるのであれば、内側からの拡張の考え方を適用した構造物が有効になるかもしれません。

なお、この工法の実現性を探る事はこの記事では行っていません。最初に述べたように、この工法を考える事で、同じアプローチを採用している生物の成長や増殖について理解を深めることが、この記事の目的でした。

運用しながら内側から拡張するというアプローチを、人工の構造物の工法として考える事でその利点や生物が採用した理由について、見えてきたかと思います。外界が生物の中の化学物質や化学反応にとって必ずしも適切な環境でない以上、内側から拡張するというアプローチは理に適っています。

また、生命活動を維持しながら成長することは、生物にとって当たり前ですが、それを可能にするためにも、このアプローチが有効であるということが理解できました。さらに次の世代を生み出すという自己増殖の際にも、同じく内側からの増殖の原理が活用されているという事にも気がつくことができました。

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