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今まで生きてきた中で一番残念な出会い。

 
 何年前だったか正確に思い出せないのだけれど、2月25日という日にちだけしっかり憶えているのは、事情聴取に来た現地駐在の警察の方が生年月日を告げた時、
 
「明日じゃなくて良かったですね…」
 
と、しみじみおっしゃったから。 
2月26日は、ボクの誕生日。
 
 
 
 
☆ ☆ ☆
 
 その日は朝から吹雪いていて、一本リフトに乗って上ってくれば、さっき滑ったコースがもう新雪でふかふかのゲレンデ状態。
 
処女雪を犯してやる!
ハイテンションで叫びながら、なるべくコースの端の他の人のシュプールのない所を選んでは滑っていました。
 
 一緒に滑っていた仲間のうちの一人が膝を少し痛めたので、一旦休憩しようと『牛首コース』から一番下の日影ゲレンデへ向かうコースを降りていく時のこと。
 初級者がペタンペタン降りているコブがある中央付近を避け、膝まで新雪で隠れてしまう端を選んで、ボクはまだまだ上機嫌で降りていきました。
 
 
 先方に、不意に蛍光ピンクの何かが目に入ったので、避けてその横を通った時、
 
あっ、人だ!
と思ったとたん、ひっくり返ってしまいました。
 
 
 新雪の中、苦労して起き上がって、2m程上を見上げると、その人はまだ、動いていません。
 
「だいじょうぶですかぁ?」
 
 
 転倒して、ちょっと恥ずかしくて、冷たい雪も気持ちよくて、しばらくこけたままでジッとしている事は良くあるので、ましてボクも転倒したので、少し明るめに、大きな声で呼びかけてみました。
 
 降る雪が強くてよく見えません。
 
 確かに人だったよな、と思いつつ、板を二の字でその人の山側まで登りました。
 
 上から降りてきた人とぶつかるといけないので、ボクのスキー板をその人の上側にX字にして差し込みます。
 
 
「大丈夫ですか!」
 
 動かしていいのか、わりません。
 
 
 その人に積もった雪をとりあえず払いのけるけれど、顔が見えない。雪に埋まっています。
 
 
 20mほど先に降りていた仲間の一人に、大声でパトロールを呼んでくるようにお願いしました。
 
 
 ちょうど真横の高さの所にいた、ペタンペタン降りていたうちの一人、大学生ぐらいの男の子がやってきました。
 
「人形じゃないんですかぁ」
彼は気の抜けた声で訪ねてきました。 
 
 動きません。
 
でも、人形のわけがない。こんな所に人形を置く人がいるとは思えません。
 二人ですぐ積もってしまう雪を払いのけて、その人が何とか埋まらないよう保ちながら、パトロールを待ちました。
 
 
 何か重たい、言葉にできない嫌な感じが、胸の中にずんずん溜まってきます。
 
 スノーモービルでパトロールの人たちが来てくれました。
 
 パトロールの人たちはてきぱきと、「患者さん」(パトロールの 人はそう呼んでいました)に声をかけながら、救助作業を始めていきました。
 
 パトロールの内の一人がボクたちに、新雪に埋まってしまっている患者さんのスキー板を探すよう指示したので、近辺の雪を、手で掘りはじめた時でした。
 
 不意に背後からパトロールの人の、
「脈なし!呼吸なし!」と、確認する声が聞こえました。
 
 情けないことに、言葉にできない嫌な感じは積もるけれども、この人が死んでいた事実を理解できずにいました。
 パトロールの方の声を聞いたその時、ようやくこの人は死んでいたんだと合点が行き、一気に全身の力が抜けていきました。
 
脱力感とはこんな感じを言うんだな… 
と、変に納得していたのを今でも覚えています。
 
 その男性はお酒を飲んで滑っていたらしく、きっと視界の悪い急斜面で咄嗟の判断を誤ったのでしょう。
転倒した時に運悪く首の骨が折れてしまったようだと、後で聞かされました。
 こんなこと喜んで良い訳はないけれど、遺族の方とは 面会せずに済みました。    
 その方の名前も聞かずのままで、でも、次の日にボクが誕生日を迎えると同い年、妻帯者で子供さんもいました。
 
 
 今まで生きてきた中で、一番残念な出会いです。
 
 毎年、2月25日が来ると必ず思い出す、悲しいというより、衝撃的な出来事です。
 
 

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