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僕は1度だけ、魔法が使える

「あなたは1度だけ魔法が使えるのよ」

そう言って僕のおばあちゃんは死んだ。
高3の夏だった。


「私もあなたぐらいの頃、私のおばあちゃんが亡くなるときに言われたの。あなたは1度だけ魔法が使えるのよって。

私も信じられなかったわ。だって魔法だなんておとぎ話みたいじゃない。

でも、もし使えるならってずっと考えてたわ。」

あーそうか。おばあちゃんは受験勉強で疲れている僕を励まそうとしてるんだな
ありがとうおばあちゃん。

「私は小さい時に水遊びをして、耳が聞こえづらくなってしまったの。だからこれを治そうとしたの。

でもね、結局は治さなかった。
だって補聴器があれば大抵聞こえてたし、もっと大事なことに使おうって思ったの。

それからずーーーーと忘れてた。
あなたが生まれるまでは。」

いつもおばあちゃんの昔話は長いから適当に相槌をうって左から右に受け流してたのに、この時だけは続きを聞きたくてしょうがなかった。

「あなたのお母さんは、お姉ちゃんを産んだ後、しばらくして第二子を授かったわ。

でも、流産しちゃったの。

人前では何事もなかったかのようにしてたけど、隠れて悲しんでたことを私は知ってたわ。

すごくすごく悲しんでた。

だから私は願ったの。どうかもう1度お母さんにチャンスをくださいって。

そしたらあなたが生まれたわ。」

そう言って、おばあちゃんはすごく幸せそうな顔をして天国へ行ってしまった。

そんなことあるわけないと思う自分ともし使えるなら何に使おうと考える自分がいた。

僕はそれどころじゃない。
大学受験があるのだから


落ちたら、使おう

受験とは受けるまでがつらい。
果てしなく長く思える。

いっそのこと東大に受かるように魔法を使ってやろうかな

背もたれを最大に傾け、真っ白な天井を見上げた
僕は疲れているのかもしれない
魔法なんて使えるはずないのに

休憩の合間にそんなことを考えては自らの頬を叩き気合を入れた。


努力が実ったのかどうかわからないが、センター試験はうまく行った。

センター試験は。

2次試験で落ちたのだ。

それはショックだった。実力で落ちたのではない、終了時刻を間違え、半分以上空欄だったのだ。
それも実力のうちだと言われればそれまでだが、悔しかった。

幸いにも私立は受かっていたから、浪人はない。ただ、子供ながらにお金のことを心配した。

まだ後期試験がある。
それがダメだったら魔法を使おう。
ここまでくるとなんだか魔法が使えるんじゃないかって思えてきた。


結局、魔法を使わずして後期試験に受かった。
やればできるじゃないか自分


就活

いつの間にか人生の夏休みが終わろうとしていた。
県外にでる気持ちはさらさらなく、いろいろと難癖をつけて地元に残ろうと思っていた。

こんな田舎で働くんだったら、公務員しかないだろうな
なんとも安直な考えである。

大学時代はだらだらだらだらしてたから、試験勉強がこれまた苦痛だった。

どうやら僕は心が折れると天井を見上げる癖があるようだ

いっそのこと使ってみようか

勉強の苦しみは一時だけど、社会人生活はもっとずっと長い。
そう思うと、なんだかもったいないように思えた。


合格発表の日は、前日から謎に徹夜した。勉強してる時ですら徹夜しなかったのに。
大学院へ行く高校の同級生とシュガーラッシュを見た。
映画の内容はほとんど記憶にない。背景がやたらとピンク色だったこと以外は

午前9時。指定のWebサイトを開くとそこに僕の名前はあった。
それを見届け友人は帰ってった。もし落ちてたらなんて声をかける気だったんだろうと少し気になったが、受かったからどうでもよかった。

親に合格したと伝えて、徹夜の睡眠不足を取り戻すように僕は眠りについた。

やればできるじゃないか自分。


コービーの死

最悪の朝だった。大好きなバスケットボールプレーヤーのコービーブライアントが自家用ヘリの墜落により娘と共に死亡したのだ。

にわかには信じられない事実だった。

NBA界は彼の背番号であった8と24にかけて、同じプレイタイムを黙祷した。

そのあと会場に湧き上がるコービーコール。
「コービー!コービー!コービー!」
みんながどれだけ声を枯らしても彼はもう一生出てくることはない。

“魔法"を使うのは今なのだろうか
人々の英雄を生き返らせるべきなのだろうか
それとも人々がこの悲しみを乗り越えるべきなのだろうか

僕には答えが出せなかった。


コロナ禍

社会人生活が7年目を迎えた今日この頃。
コロナが世界中に悲劇をもたらした。

外出自粛。休業要請。
街全体が経済活動を止めざるを得ない事態となった。
今年、来年、次の年と体力のない中小企業たちは音を立てて潰れていくのだろう。

この状況の中、僕の生活はほとんど変わらなかった。大好きなラーメンが少し食べられなくなったとか
サウナに行けなくなったとか
そんなもんだ。

明日の生活をどうしよう、なんて考えたこともない。

目の前にあるのは、ただ普通の毎日

そんな僕の職場にも在宅勤務の波が来た。
いざ、やってみると悪くない。
通勤しなくていいし、スーツも着なくていい、誰かに自分の時間を奪われることもない。

しばし休憩の最中、大きく背伸びをして天井を見上げた。

自分がコロナを止めたらいいんじゃないかな

自分の中にそんな正義心があったことに驚いた。
コロナを止めたらみんな幸せになるのだろうか
その幸せの中に僕の幸せもあるのだろうか

もし、このコロナを止めたのは僕です。と言ったら誰か信じてくれるだろうか

もし、コロナが何十年何百年と姿形を変えて昔から人々の淘汰に関わってきたのだとしたら、それを阻む僕は地球の罪人なのだろうか


突然、携帯が鳴り出した。

「仕事捗ってますか?」

マネージャーからの勤務確認である。
ぼちぼちです。と答え電話を切った。


明日の資料まとめなきゃ




僕はまだ、この魔法を使えそうにない。

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