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Fate/Revenge 2. 伯林へ-②

 二次創作で書いた第三次聖杯戦争ものです。イラストは大清水さち。
※執筆したのは2011~12年。FGO配信前です。
※参照しているのは『Fate/Zero』『Fate/Staynight(アニメ版)』のみです。
※原作と共通で登場するのはアルトリア、ギルガメッシュ、言峰璃正、間桐臓硯(ゾォルゲン・マキリ)です。
※FGOに登場するエンキドゥとメフィストフェレスも出ますが、FGOとは法具なども含めて全く違うので御注意下さい。

 魔法陣をくぐって璃正りせいは驚いた。そこはすでに日本ではなかった。だが法律的には日本の中だった。伯林ベルリンの日本大使館の庭にある四阿あずまやの中だったからだ。確かに明け方だったはずなのに、空には星が光っている。
 夜明け前から夜の中へと時間を越えて戻ってきたのだった。
 まるで自分の踏みこんでしまった世界を見せつけられたようで、璃正は嫌な気持ちがした。
「ほら、すぐに着いたでしょう」
 後からやってきた明時あきときがにっこりと璃正を見上げて指差した。
「御覧なさい。あれが戦勝記念塔ですよ」
 ティーアガルテンの闇の中から黄金の戦女神が槍を持って伸び上がる。その神々しい姿だけが夜明かりに微かに光っていた。
「きれいですね」
 呟く璃正に明時が笑った。
「聖杯はもっと美しいでしょうよ」
 自分の英霊サーヴァントが呼び出せないという異常事態にもかかわらず、明時は微笑みを忘れない。その余裕は不思議なほどのものだった。
 璃正も彼を見習い、気を持ち直そうとした。
 そのとき、明時も璃正も耳を疑う叫び声を聞いた。若い女性の声だ。
Hilfe!たすけて 助けてー」
「待て、スパイ!」
「売国奴の裏切り者! 何故こんな時間に外にいるっ」
「仕事で遅くなっただけ、どうして信じてくれないのっ、何もしていない!」
 声は大使館の柵のすぐ外からだった。
 日本大使館はフリードリヒ大王が造った大庭園ティーアガルテンのすぐ南、非常に治安のいい高級住宅街に面している。夜も静かで落ち着いているはずだった。
 すぐに明時が目の前の門から走り出た。慌てて璃正も後を追う。
 大使館の門から100mほど離れたところで、三人の警官に女性が警棒で殴りつけられていた。あぜんと立ち止まる明時の横を璃正が駆け抜けた。
「Fermo!(やめたまえ!)」
 璃正は女性に振り下ろされんとしている警棒を軽く蹴り飛ばした。足を降ろすや軽やかに身体が宙を舞い、もう一本の警棒も落とす。両足で彼が着地したとき、組み合わせた腕の上に最後の警棒を振り下ろされていた。
「きゃあああっ」
 叫んだのは女性の方だったが、璃正はびくともしなかった。すばやく左腕をすらせて拳を打ち出すや、警官の一人がもんどり打って倒れた。
 明時は目を見張る。
 あれは功夫クンフー──しかも璃正の動きは無駄がなく、相当の手練れであることは心得のない明時にも分かるほどだった。
「貴様!」
「何をする、どこの者だ」
 璃正はドイツ語が解らない。だが、こういうときに言うべき言葉は分かっていた。
「僕は法王庁の神父だ! 早く」
 璃正は警官が驚き、退いた隙に女性を助け起こす。すぐに明時が後ろに庇った。女性は顔に無残なあざを浮かせ、可哀想に震えていた。明時は安心させるようにちらりと女性に視線をやってから警官の方へ一歩出た。
「私たちは日本大使館の者だ。我が大使館の周辺で、このような騒ぎは何事か」
 警官たちが胸を張って近づいてきた。
「それなら話は早い、その女はユダヤ人だ。即刻引き渡されたい」
「理由を」
「ユダヤ人は収容所に送られねばならない。国内の差別から護るための措置で、不当なことではない」
「どうも、そういうふうには見受けませんが」
 明時は毅然と顔を上げて両腕を広げ、警官たちに渡さない姿勢を示した。だが女性は怯えた目で明時を見上げ、それから突然、走り出そうとした。慌てる明時よりも警官の方が反応が早かった。あろうことか彼らは銃を抜いたのだ。
 璃正の身体がふわりと浮いた。
 パー……ン。嘘のように小さな音がP08から発射された。だが、その銃弾は全て、璃正の手のひらの中で止められていた。これには明時もぱっかりと口を空け、言葉が出ない。自分一人なら、いくらでも守れる明時だが、璃正にこんな業が可能とは今この瞬間まで知らなかったのだ。
 璃正はぱらっと三発の銃弾を石畳に投げた。
「神父、お前も収容所送りになりたいのか」
「貴方がたは重大な罪を犯そうとしている。神はそれをお見過ごしにならない」
 璃正は構わずイタリア語でまくしたてた。
「異教徒だろうと関係ない。神の名の下に万民は平等だ。僕は目の前で困っている人がいれば、それが誰だろうと助ける! ましてや、それが無力な女性であれば尚更だ!」
 璃正は腰を落とし、警官たちに向かって手招きした。
「さあ、骨を折りたい奴からかかってこい!」
「Don't!(待って!)」
 女性が明時の後ろから進み出た。その顔は妙に静かで迷いがなかった。今までの怯えた女性とは別人のように堂々たる態度だった。明時が止める間もない。女性はすぐ警官に取り押さえられた。彼女は半ば引きずられながら璃正を振り返って叫んだ。
「神父さん、ありがとう。でも、私も自分の信仰を捨てることはできません。ユダヤの血を誇りに思えばこそ、運命を受け入れます」
 彼女が垂れた頭に銃床が打ちつけられた。額に血を流しながら引き立てられていく女性に明時は目を潤ませた。彼女が収容所送りになれば、どうなることか。全ての財産を没収され、大した食料も与えられず強制労働にかり出される。時には激しい拷問や女性であれば当然ついてくる責め苦。男性よりも体力の劣る女性は三カ月と生きられないだろう。そして最後は──璃正は女性と警官が見分けがつかなくなるまで動くことができなかった。
 明時が璃正の隣に立った。
「なんということだ。ここまで事態が進展しているとは」
 璃正は低く囁いた。
「ナチスはユダヤ人や少数民族を拉致して、その財産を接収しているのです」
「聞いています。ここは裕福な人も住んでいますから、目を付けられているのでしょう。個人資産といえど集めれば相当な額。破綻した経済の穴埋めに必死なのだろうが。まるでテンプルナイツの悲劇ですな」
 璃正がひゅうと全身から力を抜いた。彼はもとの朴訥な青年に戻っていた。
「いかなる理由があろうと許されないことです。しかもそれを国家が遂行するなど。僕は……」
 俯いてしまう璃正の背中を明時が叩く。二人は大使館の敷地に戻りはじめる。明時が紺色の夜空を見上げて話しだした。
「私の父は大陸で亡くなりました」
 璃正がはっとして顔を上げる。頼りない子供のような顔をしていた。
「それは、なんといっていいか」
「いや。もう私の中で整理のついていることですから。父は私の生きる時代は明るくあってほしいと願いをこめて、『明時』と名付けたそうです。しかし今、日本は確実に戦争に向かっている。父の願いは叶いそうもありませんな」
「日本は独逸ドイツと同盟を組むのでしょう」
「そうなるでしょうね。開国以来、この国とは結びつきも強い。かくいう我が家も師は独逸人でしたから」
「ああ、それで言葉が達者でらっしゃるのですね」
「はい、まあ。学校は倫敦ロンドンでしたけれども、我が家は独逸語の習得は必須でして」
 明時は若い神父を見つめた。彼はとまどう若者に戻っていた。この朴訥な青年があのような業を身体の裡に秘めていたとは。それは大きな驚きだったが、しかしやはり彼は朴訥なのだと安堵した。
 彼の牙は必要な時まで剥き出されることがないのだと分かったので。


 伯林郊外ヴァン湖。その中ほどに小さな島が浮かんでいる。島の中心部に古い城が建っている。小さな白亜の城で住む人はない。だが、その門前にほっそりとした人影があった。星明かりに瞬く白銀の髪、白い横顔には血のように赤い唇ならぬ赤い瞳。少女のようにほっそりとしていながら、純白のドレスをまとい、それは湖の精か白い貴婦人かという浮世離れした雰囲気。彼女が城の扉に触れると古い大門が音もなく開いた。
「さあ、ここよ。バーサーカー」
 細い声だけが空中に残り、彼女の姿は中庭に消えた。
 城の中庭にはたくさんの孔雀が丸まり眠りを貪っていた。銀髪の女性は孔雀の間をするりと通りぬけ、城の中へと入った。
 そこは明かりもなく、蜘蛛の巣が張り、床にも家具の上にも埃がたまっている。ふわふわとした綿埃を舞い上げながら彼女はパラディス様式の階段を昇り、二階の広間に出た。そこは南側に床から天井まで貫く窓があり、反対側の壁にはたくさんの鏡が連なっていた。夜の明かりを床に反射する。
 そのあいだを彼女はこつこつと靴を鳴らし、影を引いて進む。
「とうとう、この時が来てしまったわ。そのために造られたのだから仕方がないわ。私にはアインツベルン九百年の悲願が懸かっている。進むしかないの」
 彼女が顔を上げると、隣に人影が現れた。それは異様な闘気を漂わせ、顔立ちなどが見分けられないほどだった。しかしその影はひっそりと彼女に付き従うだけで暴れたり、物を壊したりはしなかった。彼女の白い手が影の腕にあてられた。
「私も貴方も捨て駒に過ぎない。大おじいさまは聖杯のためには非情な御方。私も貴方も大おじいさまにとっては聖杯のための贄でしかない。こんなことに巻きこんで、ごめんなさいね。バーサーカー」
 彼女の頬を涙が伝うかと思われたが、光はなかった。泣く必要のない個体なので、泣くための機能はないのだった。
「でも貴方はいずれ聖杯の成る暁にはもとの時間に戻れます。それまで少しだけ、力と時間を貸してください。私一人では聖杯戦争を勝ち抜くなど到底叶わぬことなのよ」
 彼女はたった一人の友達のようにバーサーカーに話しつづけた。
「もともと聖杯はアインツベルンのものです。聖杯そのものはユスティーツァ様が造ったのですから。大聖杯と小聖杯の二つを使って根源へといたる術を考案したのはアインツベルンなのです」
 彼女が埃を払って広間の椅子に腰掛けると、バーサーカーはその足元にひざまずいた。埃だけが窓からの明かりに光を放つ。暗い広間はしんとして彼女の声が響き渡った。
「根源というのはね、全ての力の源がある世界の外です。生命の樹の根と葉の間よ。私たち物質界アッシャーの者には手の届かない空間です。でも聖杯の力を使えば到達できる。その暁にはありとあらゆることが可能になるのです。例えば私が人間になるとか、そんなことが」
 彼女の赤い瞳が見つめると、バーサーカーが顔を上げた。長い黒髪をしばり、簡素な鎧を身につけている。背の高い偉丈夫だった。だが彼は人語を発さない。にもかかわらず彼女は意思の疎通ができるのだ。
「いいえ。人間になりたいなんて思っていないのよ。私の願いはそんなことではないの。これで終わりにしたいのよ。聖杯をめぐって相争うなど何の意味がありましょう。どこまでいっても戦いは虚しいだけ。貴方はよく知っていると思うわ。全能の知恵の王子よ」
 バーサーカーに微笑むと彼女は窓の外の闇を見据えた。
「明日になれば戦いが始まりましょう。英霊サーヴァントが七人揃っていないそうだけれど、先制攻撃をしてはいけないというルールはないわ。誰かが動きはじめるでしょう」
 白銀の髪を揺らして彼女はバーサーカーを振り返った。彼女は月の光で創ったように美しかった。穏やかな笑みは気品があり、貴婦人としか見えない。
「私たちには大きな優位がある。言葉を発さぬ貴方から真名の秘密が洩れることはない。貴方の真名しんめいを知るものは私一人。たとえ八つ裂きにされても口を割ることはありません」
 聖杯戦争においてサーヴァントはただクラス名で呼ばれる。それは真名、すなわち生前の姿を知られることは死に様も知れることであり、致命的な弱点に直結する。だからマスターとサーヴァントは互いにクラス名のみで呼び合い、決して真名を呼ぶことはないのだった。
「もちろん貴方が負けるなどと思っていません。貴方の手には神の宝具がある。私たちは勝つでしょう」
 彼女は人間ではない。アインツベルンが聖杯戦争のために錬成したホムンクルス、『始まりのユスティーツァ』を原型に造りだされた人造人間なのだった。彼女は勝とうと勝てまいと、この戦いが終われば処理される。そのためだけに造られたとは、そういうことだった。


 その夜、璃正は聖堂教会に戻っていったが、すぐに明時は独逸大使に呼び出された。
「貴方がいらした理由は内務大臣から伺っておりますよ、遠坂とおさかの方」
「恐縮です。十日かそこらでしょうが、こちらでお世話になりますゆえ」
 明時は大使館の中に部屋を与えられていた。他の魔術師たちに対しても牽制になるし、利便性もある。明時にとっては好都合だ。工房においてきた計器類の様子も宝石を通じて感知することができる。彼にとって困ることは何もなかった。
 大使が電信を手に首を傾げた。
「にわかには信じがたい話ですが、まあ、御協力いたしましょう」
「お願いいたします」
 大使は渋っているが、内心は違う。明時から多額の謝礼を受け取っていたからだ。だが明時はおくびにも出さない。
 すると大使が電信をおいて明時に向き直った。
「時に、遠坂さん。貴方はさきほど独逸警官ともめていらしたそうだが」
「問題はありません。無理に連行されそうになった女性と遭遇しただけです」
 明時はつらっと、それだけ言った。
「ユダヤ人、ですな」
 大使が眼鏡の向こうから睨みつけた。
「宜しいか。伯林にいる間、ユダヤ人とは関わり合いになりなさるな。今この国はユダヤ人排斥へ大きく動いている。我が国は欧米列強に抗するため独逸、伊太利亜イタリアとの同盟を必要としておる。ユダヤ人問題には目を瞑っていなければなりません」
「見て見ぬふりをしろと?」
「左様。それから遠坂さんにお願いがございます」
 思わぬ大使の申し出に明時は眉をうごめかせた。
「何でしょう」
「今回の聖杯戦争とやらにエヴァ・ブラウンなる女性が参戦するとはまことですか」
「当家が確認しております。間違いありません」
「その女性は独逸帝国の政策に大きな影響力を持っています。彼女と懇意に……いや、なんとか恩を売りつけることできませんかな」
 明時は目を見開いた。明時の目から見れば、エヴァは出自の怪しい下級魔女に過ぎない。重要な人物ではない。
「それは、どういう意味ですか。彼女は参加者の一人にすぎません。他の魔術師と変わるところはないはずです」
「いいえ、大有りです!」
 大使が立ち上がったので明時は内心驚いた。大使は明時に向かって前のめりになり囁いた。
「あれは総統閣下の愛人なのですよ。ふだんは南独逸の山荘にこもっていて絶対に人前には出てきません。総統に愛人がいたなどスキャンダルでしかありませんからな。その彼女が出てきた! これは同盟交渉を進める上で大きな切り札です。現在、独逸との間に二国間協定はありますが、独逸はこれを軽視しておる。それを覆すには我々が影響力を持つ必要があるのです」
「こう申し上げるのは心苦しいのですが、閣下」
 明時は仕草で大使に座るようすすめる。大使がはっとしたように革張りの椅子に腰を下ろした。
「閣下は何か魔術を過大評価なさっていらっしゃいませんか。私どものすることは国際政治に影響するような一大事ではないのですよ」
「私が評価しているのは魔術ではありません。愛人の政治家に対する影響力です。そして総統閣下も聖杯にご興味がおありだという噂です。もし我々が聖杯を手に入れれば、あるいはエヴァに渡すことができれば、外交交渉は安楽に進みましょう」
「まさか」
 明時は低く笑った。下衆な政治家に聖杯の何が分かろう。
 ましてや聖杯を造りだした我々御三家が、それを他者に譲り渡すなどありうる話ではない。
「聖杯は魔術の道具にすぎません。皆さんがお考えになるような役立つものではございませんよ」
「そんなことはどうでも宜しい!」
 大使が机をどんと叩いた。
「お分かりですか、遠坂さん。我々は国連を脱退し、大陸に進出し、もはや退路はないのです。独逸と対等な同盟を組むことが現在の大義です」
 明時が微かにあごを上げて見下ろす先で大使は顔を真っ赤にしていた。それから急に猫なで声で囁いた。
「貴方が我が日本の臣民として御協力くださるなら内務大臣のみならず、林様、近衛様にも覚え目出度くなることでしょうが。如何でしょうね」
 明時は心の中でそろばんを弾く。実際がどうであれ、ここは受ける振りだけでもしておいた方がいいだろう。次の内閣総理大臣は近衛文麿になりそうだと聞いている。
「分かりました。上手く彼女に会えるか保証はできませんが、大使のお気持ちは伝えるよう前向きに善処いたします所存」
 明時はさっと立ち上がり、胸に手をあててお辞儀した。これで話は終わりという態度だ。大使は浮かぬ顔をしながらも明時と握手した。
「何卒、何卒お願いいたしますぞ。あの気の狂った暴君に言うことを聞かせられる稀有な女性なのですからな」
「心得ます」
 にっこりと鮮やかに笑って執務室を出た。
 咽喉の奥からあふれる笑いが止まらない。総統閣下が何ほどのものか。所詮は魔術の何たるかも知らぬ一般人ではないか。聖杯を手に入れたものは根源の座に到る。それは全てのものを解体し、全てのものを創りだす第一物質の渦巻く世界。そこに到達したものは世界さえも創り変えられる。
 私が聖杯を手に入れたときは独逸も日本もありはしない。
 全く新しい世界が私の前に広がるのだから。
 電力不足で暗い廊下を明時が曲がろうとしたとき、角の向こうに信じられない人物がいた。
 灰色のローブを纏った小柄な老人。杖を前につき、両手をかけて立っている。その眼光は鋭く、夜の中でも煌々と光っていた。
「これはこれは。お久しゅうございます、マキリ老」
 明時は優雅に手をはらってお辞儀してみせた。全く驚いた様子のない明時にゾォルゲンもにやりと笑った。
「久しくはなかろうて。通信だけはしておるではないか」
「ですが、お姿を拝見するのは子供の頃以来ですゆえ。お変わりなく御健勝にてお祝い申し上げます」
「そうであれば困らんがな。この身体も限界がきておる」
「またまた。御老人は諧謔がお好きだ」
 薄く微笑む明時にゾォルゲンがふっと息を吐く。笑ったようだった。
「そなたに連絡を受けて、わしなりに探ってはみたがの、確かに異変は起こっているようじゃ。英霊は七人●●、召還されておる。それだけのエネルギーが使われておるであろう」
「はい。しかし、ほら」
 明時が老人の前に自らの手をかざしてみせると、ゾォルゲンも眉をしかめた。といっても眉が薄くなっていて額がたわんだように見える。
 明時はにっこりと微笑んだ。
「登録されているマスターは五人。キャスターのマスターは届け出がありませんが、私の手に令呪があるということは、サーヴァントを持つマスターはその六人しかいないということです。聖杯は七人しかマスターを選びませんから」
「ふむ」
「そして一人のマスターに英霊サーヴァントは一人。つまり、いもしない幽霊がいるということになります」
 明時の笑顔は余裕があり、ゾォルゲンを苛立たせた。
「しかし聖杯の魔力が使われているということは、確かに何らかの存在が時空を越えて呼び寄せられたということじゃ。此度の聖杯戦争、一筋縄にはいかなかろうて」
「はい。覚悟の上です」
 崩れぬ笑顔にゾォルゲンがとうとう顔をしかめた。
「そなた、英霊サーヴァントもおらぬというに随分、安穏としておるのう」「はあ、まあ。もう起きてしまったことですから。それに家訓がございます。いつ何時も、どのような苦境にあっても、余裕をもって優雅たれと」
 明時が素知らぬふりをしてみると、ゾォルゲンが視線を落として、こつんと杖で床を突いた。
「そなた、明日から聖堂教会の若造に張りつくつもりであろう」
「それはその通りです。璃正君は独逸語が分からないそうで。監督役として、いろいろ支障もありましょうから通訳として」
 明時は肩をすくめて背筋を伸ばす。顔を傾けてゾォルゲンを斜に見る。
 それは真実だったが、半分でしかなかった。明時には目論見がある。キャスターのマスターの届け出がないということは聖杯戦争のルールも知らぬはしたの魔術師が召還したということだ。それでは長く勝ち抜けまい。そうでなくともライダーのマスターであるエヴァ・ブラウンは死亡候補の有望株だ。彼女が死ねばライダーという中堅駒が手に入る。
 ゾォルゲンは口元を歪めてにやりと笑った。
「監督役の若造に伝えておけ。第七のサーヴァントが確認され、なおかつ、そのサーヴァントが聖杯の理のもとにない場合、聖杯戦争をいったん中断せよ、とな。アハト翁も認めておる」
「分かりました」
「今宵はここまでじゃ。邪魔したな」
「いいえ。楽しゅうございましたよ。息災で、マキリ老」
 明時が大きくいやをはらうと、たちまちゾォルゲンの姿は羽虫の集団となって通風口から消え去った。蟲が消えるまで目で追って、明時は心の中で呟いた。
 食わせものめ。私がサーヴァントにあぶれた姿を笑いにきたのであろう。
 そうはいくか。
 私は必ずサーヴァントを手に入れるぞ。
 明時は今度こそゆったりと自室に向かった。星明かりだけが暗い廊下に細く差した。

Fate/Revenge 3. 聖杯戦争一日目・昼-①に続く


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