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Fate/Revenge プロローグ

 二次創作で書いた第三次聖杯戦争ものです。イラストは大清水さち。
※執筆したのは2011~12年。FGO配信前です。
※参照しているのは『Fate/Zero』『Fate/Staynight(アニメ版)』のみです。
※原作と共通で登場するのはアルトリア、ギルガメッシュ、言峰璃正、間桐臓硯(ゾォルゲン・マキリ)です。
※FGOに登場するエンキドゥとメフィストフェレスも出ますが、FGOとは法具なども含めて全く違うので御注意下さい。


 聖杯戦争──それは七人の魔術師がそれぞれの英霊サーヴァントを率い、あらゆる願いを叶えるという聖杯を奪いあう戦い。聖杯を造りだしたのは『始まりの御三家』と呼ばれる三つの魔術家門──アインツベルン、マキリ、遠坂とおさか。アインツベルンとマキリは独逸ドイツに本拠地を置き、遠坂は極東日本、冬木の地を鎮る。聖杯は六十年ごとに現世に力を及ぼし、戦いは冬木で行われる。
 一九三七年、独逸。ドレスデン北東、シュプレー川上流の森はザクセンからシュレジェンへと深く広がる。その奥にマキリ館はあった。中世の要塞の面影を残す古い様式だ。古城は木々に立ち塞がれ、周囲からは容易に見ることができない。用事のある者はすぐに城へと着けるのだが、よからぬ好奇心で城に近づこうとした者は迷い、疲れ、最悪の場合、死に至るのだった。
 苔むす壁の内側で、二人の若者が呼ばれていた。
「ブラウエン、カスパル。遅れていたが、そなたたちも知っての通り、今年はやっと聖杯が巡ってくる」
「はい」
「はい」
 一人は背の高い若者で二十代半ば。細面な白い顔にスラヴの匂いを感じさせた。薄茶の髪に灰色の瞳、薄い唇に高慢そうな表情がある。ブラウエナハト・アイ・マキリ、マキリ家の長男である。
 二人目の若者はまだ少年で高校生になったばかりだった。年のわりには背が高く、まだまだ伸びそうな勢いだ。兄より丸顔のとっつきのよい雰囲気で、ぱっちりした煉瓦色の目が印象的だ。髪はつやつやした黒灰色で品よく刈りこまれている。今時の若者は涼しく襟足を整えていないと何を言われるか分かったものではないからだ。こちらはカスパル・マキリ、次男坊にあたる。
「此度の聖杯戦争、我が家からはブラウエンが令呪れいじゅを得た」
 ブラウエンが誇らしげに自分の右手を見つめる。そこにはべったりと血塗れたように赤く光る奇妙な模様が浮かんでいた。カスパルは恨めしげに、そして羨ましげに兄の手に視線を走らせる。
 小柄な老人がかつんと杖を突いて進み出る。長いローブを何枚も着て、春だというのに厚着をしていた。杖を持ち、背も曲がっているが、目の光は爛々として尋常の人物ではない。
「聖杯をめぐって戦うのも、これで三度目。此度こそ勝つのだ。聖杯を持ち帰れ、ブラウエン」
「心得てございます」
 青年は長い身体を折って丁寧にお辞儀をした。ブラウエンは魔術の家門マキリの後継者として英才教育を施された秀才であった。
 対してカスパルは次男坊。これといって顧みられず、だがその代わり、のびのびと何不自由なく育った。
「おじいさまっ、俺はっ!?」
 カスパルが老人の前に進み出る。ブラウエンが目線で咎め、手で下がるように指示をする。しかしカスパルは退かなかった。
「一つの家から一人しか参戦してはいけないという決まりはないはずですよね」
「ない」
 老人は短く答える。
「だが、お前は聖杯に選ばれもせなんだ。違うか」
 カスパルは唇を噛みしめて口元を歪ませ、言葉も出ない。
 聖杯戦争において、参加者は聖杯が選ぶ。聖杯が自身を持つに相応しいと見初めた人物に令呪──ブラウエンの手にある赤い紋様──を贈るのだ。令呪が浮き出た人物は事の次第を問わず参戦せねばならず、令呪を授からなかった人物は聖杯戦争に参加できない。それが基本のルールだ。
「でも」
 カスパルはありったけの勇気を振りしぼって、偉大なる当主に訴えた。
「令呪を授からなかったとしても、英霊召還の儀式を行い、令呪と英霊を授かれば参戦できますよね」
「理屈の上ではな」
「俺だって小さいときから、おじいさま目指して修行してきました。二人で出れば兄上の危険も分散できるではありませんか!」
「言うのう、カスパル」
 老人は低く笑った。
「そなたは魔術師としての修行などしておらぬも同然。確かに魔術回路は備わっておるが、大した魔力も精製できん。聖杯にも選ばれぬ身の上で英霊サーヴァントを御しきれるはずがない。諦めよ」
 カスパルはくっと言葉に詰まり、肩を震わせる。それは俺のせいじゃない。おじいさまの、いいや兄さんのせいじゃないか。俺だって魔術の修行がしたかった。でも、それをあんたたちが取り上げたんだ!
 腹の中では思っていても、口には出せないカスパルだった。
 彼は幼く、それに対して当主ゾォルゲンはあまりにも老獪で、兄ブラウエンは近寄りがたい硬質な空気を漂わせていた。特に倫敦ロンドンから帰ってきてからブラウエンはほとんど口も利いてくれない。カスパルはそれも腹立たしかった。
 老人がこつこつと杖を突いて石室の階段の縁に立った。
「昨夜、遠坂から連絡があった。すでにバーサーカーはアインツベルンが召還しておるわけだが、ふたたび霊気盤に動きがあった」
「真ですか」
 ブラウエンは顔色ひとつ変えないが、カスパルは反射的に乗りだした。
「とうとう始まるんですねっ」
「いや、此度はまだだ」
 老人の言葉に、ブラウエンが細い眉をひそめて腰に手をあてた。
「聖堂教会の連中ですか。奴ら遠坂の家に刺客を送りこんできたと聞きました」
「そなたも早耳ではないか」
「恐れ入ります」
 ブラウエンがまたお辞儀をする。それは胸に手をあてた古風なもので、この家が古くから続く魔術の家系であることを感じさせた。
 老人が二人をすばやく見やって告げた。
「そなたたちは知るまいが、前回の聖杯戦争は惨いものだった。此度より、いわば審判として聖堂教会を入れることになったのだ。あれは刺客などではないわ。監督役と呼べ」
「じゃあ、俺たち誇り高き魔術師が神父ごときの言うことを聞かなくてはいけないわけですか」
 カスパルは床に仁王立ちになって怒りを露わにする。
「俺たち魔術師は世俗の人間とは違います。神の奇跡など信じないし、彼らに威信など感じません。誰も言うことを聞くはずがありません」
「これは魔術協会の、ひいてはアハト翁とわしの決定であるぞ。奴ばらの裡は知れておる。とやかく言わず、受け入れよ」
 老人に言われるとカスパルは幼い唇を引き結び、目を丸く見開いた。彼はいろいろなことに苛々し、腹の立つ年頃ではあった。だが大人しく頷いた。マキリ家の人間であれば、ゾォルゲンに対する畏怖はいかなるときも消えることはない。
 ゾォルゲンがあごを上げてブラウエンを見上げた。
「此度のライダーが召還された。マスターも今夜中には知れるだろう。そなたも早、英霊を召還し戦いに備えよ」
「心得てございます」
 ブラウエンがすぐに薄暗い部屋を出て行った。
 残されたカスパルは俯いて歯軋りした。
「おじいさまは兄上に家を継がせるのですね」
 魔術の家門には、どうしても変えることのできない掟があった。魔術師は自らの作りだした魔術を魔術刻印と呼ばれるシステムに変換して身体に刻む。これによってスムーズな術の行使が可能になるのだ。だが魔術刻印は複製できない。つまり刻印を引き継がせることができる人間は常に一人。どれほど優秀な子供たちに恵まれたとしても、後を継がせることができるのは一人だけなのだ。
 カスパルは兄が全ての刻印を引き継ぐだろうことを察していた。老人は常々、兄の方が魔術回路が優れていると言っていた。だが自分にだって魔術は使える。ごくごく簡単なものばかりだけれど。自分はそんなに価値のない人間なのか。後継ぎとまではいかずとも、それなりの術を継承させてもらっていいのではないか。
 カスパルの胸にずっと渦巻いている感情だ。
 幼い顔を見つめて老人の口元はおかしな具合に歪んだ。
「それは分からぬ」
 笑っているのだ。カスパルは顔を上げた。
「だって、おじいさまは今、俺を聖杯戦争に出さないと」
「ブラウエンが無事に戻る保証はない」
「!」
 カスパルはどきりとした。兄は優れた魔術師で、彼に何か起ころうなどとは考えたこともない。
 老人は杖をついて薄暗い部屋の階段を降りる。その下には何やら蠢くものたちがいたが、はっきりとは見えない。そのきざはしに老人が下りていくと、ごく薄い明かりの下にこの世ならぬ蟲たちが這い上がってきた。老人はそれをうっそり見つめる。
「聖杯戦争は相手を殺さねば意味のない戦いじゃ。そなた、ブラウエンが勝つと思っておるか」
 カスパルは即答できなかった。彼の頭の中では聖杯を掲げるのは自分であり、兄ではなかった。それなのに兄のいない家の中も想像することはできなかった。
「子供は帰って寝るがいい。今日はワシが虫たちの相手をするでな」
 老人なりに優しい口調で言い聞かせられると、カスパルは不承不承頷いた。
「はい、おじいさま。おやすみなさいませ」
「おやすみ」
 カスパルは城の地下からゆっくりと上がった。さて、よく考えなければならない。後継ぎは兄で、聖杯戦争に出るのも兄。だが兄は戻らぬかもしれぬときた。そうなれば自分が偉大なるマキリの後継ぎになれるわけだが……
「そんなタナボタで後継ぎになって、誰が賞めてくれる?」
 あいつは兄貴が死んでオコボレをもらったんだ。そんな言われようをするのは嫌だ。誰も自分が実力でマキリの当主になったとは思わないだろう。そんなのは嫌だ。なるなら実力を認めさせて、なるほど、兄より弟の方が優秀だったからゾォルゲンが後を継がせたのだと言われたい。
 俺だって後継ぎになれる。
 小さなときから死ぬほど毎日そう思ってきた。
 カスパルはこっそりと後ろを振り返った。誰もついてきていないことは分かっていたが、なんとなく振り返ったのだ。それから、ゆっくりと、だが毅然として兄の工房に足を向けた。
 あそこには英霊サーヴァントを呼び出すための聖遺物があるはずだ。
 カスパルは兄の工房の前に立った。不思議なことに兄の気配はなかった。カスパルが指先を伸ばすと、そこに小さな蜂がとまった。
「さあ、見ておいで。兄さんがいるかどうか。さ」
 蜂はきゅうっと小さくなり鍵穴から中に入った。ありえないことだった。
 カスパルの頭の中に蜂が見ている光景がありありと映し出された。兄の工房は真っ暗で、だが机の上やあちこちでフラスコや機械が光る。部屋の真ん中に大きなテーブルがあって虫籠が置かれている。その中には兄自慢の美しい蟲が住まっていた。虹色に光り、美しい声で泣く観賞用の蟲だ。細い声はローレライかバンシーのようで、マキリの家では夕食の後にたびたびその蟲を愛でるのだった。
 虫籠の横に、これ見よがしにごろりと岩が置いてあった。蟲の目だと暗い中でも岩に美しい浮彫レリーフが施されているのが見てとれた。古い彫刻だということしか分からなかった。
 あんなもの、うちの魔術では使わない。あれがきっと、そうに違いない。
「よし、兄さんはいないぞ」
 カスパルは勇気を出してドアのノブに触れた。すると押してもいないのにドアが開いた。疑いもせず、カスパルは入った。そして脱兎のごとく岩を奪いとり、すばやく出た。後は自分の部屋に一目散だ。
 部屋に入るとベッドの上に浮彫レリーフの石を置いた。
 すると、その石にどこからともなく蛾が寄ってきた。カスパルは石に止まった蛾の頭をちょっと爪先で撫でた。
「遊びに来たのかい。いいよ、そこにおいで。すごいものを見せてあげる。まだ夜は寒いからね」
 そして棚から水銀の瓶を出し、呪文を称えながら複雑な魔法陣を描いた。
閉じよみたせ閉じよみたせ閉じよみたせ閉じよみたせ閉じよみたせ。繰り返すつどに五度ごたび、ただ満たされる刻を破却する。素に銀と鉄、礎に石と契約の大公、祖には我が大師シュバインオーグ。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出でて王国にいたる三叉路を循環せよ」
 カスパルは六芒星をいだく二重魔法陣を描き上げた。
 それから石を振り返ってカスパルは何度も祈った。
「お願いします。お願いします。聖杯が欲しい。俺は聖杯が欲しい。だから英霊サーヴァントよ、出てきてください。俺でも呼べるはずなんだ」
 それから、魔法陣に向かって手を伸ばした。
「告げる」
 魔法陣に光が走る。
「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
 魔法陣全体が光り輝く。光はぐるぐると渦を巻いて竜巻のように昇りはじめた。カスパルの手ががくがくと震える。だがカスパルは若さと勢いで呪文を叫んだ。
「誓いを此処に! 我は常世とこよ総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者、汝三大の言霊纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!!」
 ごうっ……凄まじい風が吹き抜けた。カスパルはひゅうっと力が抜けて膝をついた。自分の中から大きな何かが抜けていったと思った。
 風が静まり、目を開けて、信じられない気持ちがした。
 目の前に美しい少女が立っていた。小さな顔を高貴な金の髪が取り巻いている。夜目に鮮やかな緑の瞳、彼女の出自を示すような青いドレスと白銀の鎧──だが、その手には見えないつるぎが握られていた。
「問おう、汝が我を招きしマスターか」
 毅然と大人びた少女だった。年の頃は自分とそう変わらないように見えるのに、彼女は大人に見えた。品よく結い上げた髪をドレスと同じ青いリボンで縛っていて、それだけが年相応の少女に見える装いだった。
 少女はあどけないカスパルを認めると剣を下ろした。
 カスパルは、その姿を見た瞬間、奇跡の一端に触れたことを理解した。ぱっと立ち上がり少女の手を握りしめた。
「そうだよ、俺、カスパル・マキリ。君は」
 だが少女がすばやく振り返り、剣をわずかに震わせただけで蛾を断ち切った。
「あっ」
 カスパルはぎょっとしたように少女の顔を覗きこんだ。
「どうして」
「あれは普通の蛾ではありませんでした。私は抗魔力を持っています。よからぬ感じがしたので切りました」
「抗魔力……」
 茫然とするカスパルに少女が告げた。
「私はウーサー・ペンドラゴンが嫡子アルトリア。セイバーのクラスをもって現界げんかいしました。マスター」
「マスター!?」
 カスパルは自分を指差して叫んだ。
「俺が」
「そうですよ。今、私と契約したではありませんか」
 アルトリアは自分より背の高い、だが幼い若者を見上げて微笑んだ。
「貴方が私のマスターです」
「やった!」
 カスパルは鎧をまとった少女の手をとって小躍りした。アルトリアは剣片手にカスパルの手に引きずられるように足を進める。魔法陣から出てもアルトリアの姿は消えなかった。
「セイバーだって! 最強のクラスと呼ばれるセイバー?」
「はい。私はセイバーです」
「マスターだって、俺が!」
「そうですよ」
「ホントだ!!」
 カスパルは自分の手の甲を見て雄叫びを上げた。
 そこには、血塗れたようにくっきりと赤く、複雑な模様が現れていた。入れ墨のようだが、そうではなく、これは魔術で現れた刻印だった。カスパルは自分の手につくづくと見入った。
「令呪だ。本当に俺は君のマスターになったんだね! やったぞ、これで聖杯戦争に参加できる」
 令呪とは、マスターが遙かに力の優れた英霊サーヴァントを強制的に従えることのできる絶対命令権だ。令呪を持つのがマスターの証であり、逆に令呪を失うことはマスターとしての資格を喪失したことを意味する。令呪は三回まで使用でき、英霊は令呪による命はいかなる内容であっても●●●●●●●●●●●従わねばならない。
 嬉しがるカスパルをアルトリアは静かに見つめた。
 英霊サーヴァントには呼び出された時代と聖杯戦争についての知識が与えられている。それだけでなく生前の知識や経験も失われてはいない。
 アルトリアは、その生涯を戦場においた。彼女は聖剣を抜いた瞬間から王として立ち、生命ある限り、王でありつづけた。
「さあ、家を出よう。君をおじいさまたちに見られたくない」
「どこへいこうというのです」
「森の中に俺の離れがあるんだ。そこなら好きに使っていいとおじいさまから言われている」
 アルトリアの手をとるカスパルに曇りはない。
 だがアルトリアには分かっていた。聖杯戦争は殺しあい。この少年は分かっているのだろうか。これから血みどろの戦場を渡っていく道に入ってしまったこと。そこからはもう、戻れないのだということを──

 Fate/Revenge 1.初めての形-①に続く


サポートには、もっと頑張ることでしか御礼が出来ませんが、本当に感謝しております。