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Fate/Revenge 8. 聖杯戦争三日目・朝から昼-②

  二次創作で書いた第三次聖杯戦争ものです。イラストは大清水さち。
※執筆したのは2011~12年。FGO配信前です。
※参照しているのは『Fate/Zero』『Fate/Staynight(アニメ版)』のみです。
※原作と共通で登場するのはアルトリア、ギルガメッシュ、言峰璃正、間桐臓硯(ゾォルゲン・マキリ)です。
※FGOに登場するエンキドゥとメフィストフェレスも出ますが、FGOとは法具なども含めて全く違うので御注意下さい。

 エヴァの手にふたたび赤い光が宿る。やっていることは同じなのだが、魔術師が行使すると魔術であり、璃正りせいのような神職者が行うと秘蹟となる。
 だが彼女は令呪れいじゅを見るや、金切り声をあげた。
「なんでっ、なんでなの!! 一画少ないわ、二画しかないわっ」
 エヴァの手に宿った令呪は二画しかなかった。彼女の最初の一画は失われて薄く白く消えている。
「わたくしは一度も令呪を使っていません。これは、どういうことですか!」
 エヴァの叫び声が理解できない璃正に代わって、明時あきときがゆったりと彼女の顔を覗きこんだ。ゆるくウェーブした髪を微かに指先でかきあげる。
「貴女が使っていなくとも、アーチャーの前のマスターが一画、消費したのです。貴女に与えられるのは、あくまでアーチャーに対しての令呪。貴女自身が聖杯に再度選ばれたのであれば」
 そこで明時はちらりと自分の手の甲をひらめかせた。エヴァがぎろっと明時を睨みつける。明時は気づかないように優雅な仕草で手を返した。
「このように三画宿るのですが、そうではないということです。貴女に許された令呪は二画。大切にお使いなさい」
「……一画、足してはいただけません?」
「そうなると貴女はヴァチカンにも譲歩しなくてはならなくなることでしょう。出来ますか?」
 穏やかな明時の笑みにエヴァは唇を噛んだ。それからばたばたと足踏みをしたが、黙りこくった。子供っぽい様子に璃正は少し彼女が恐ろしくなった。
 明時は肩をすくめて璃正を見上げた。
「やっとお話が終わったようですよ。アーチャー、出てこい」
 明時が呼ばわるとアーチャーが実体化した。彼は渋い顔で二人の若者を見た。鉛色の瞳には非難するような色があった。彼は剣をがしゃんと床につき、動こうとしない。
 璃正は進み出てアーチャー、ジェラール・ド・リドフォールに告げた。
「貴方の次のマスターは、そちらのエヴァ・ブラウンに決まりました。明時さんとの仮契約を解除し、彼女と正式に契約しなおしてください」
「俺のマスターは、その男じゃなかったのか」
 アーチャーは仮契約した時点で次のマスターは明時ではないかと推測していた。イェスラエル王国末期の極めて不安定な宮廷を渡り、遍歴騎士も体験したリドフォールから見て、エヴァよりも明時の方がずっと有望なマスターであった。霊体化して二人の言動を見ていたが、明時の方が度胸があり、頭も切れる。エヴァは信用ならない女の代表格だった。
「貴方の意志を伺えないのは悪いと思います。ですが……」
 英霊サーヴァントはあくまで使い魔サーヴァント。生前いかなる人物であったとしても、聖杯のことわりのもとでは自由にマスターを選ぶ権利はないのだった。
 璃正が困ったような顔をしてリドフォールを見上げる。
 リドフォールももどかしげな顔に変わる。彼は自分を明時に預けようとしていた。
「もう一度聞くが、またマスターを失ったとしても俺が生きてさえいれば、再契約は可能なんだな」
「はい。僕の権限で手配できます」
 璃正はしっかりとリドフォールを見つめて頷いた。
 リドフォールはため息をついた。
「全く、よくよく俺には主君運がないと見える。これも悪運のうちかもしれんな」
 ぱっと彼は純白のマントを翻し、手を出した。明時も応えて手を触れさせる。明時が目を伏せて低く囁く。
「汝の身をが下に。我が命運は我が言霊に。汝が言霊はほどかれたり」
「汝の供物を汝が血肉に。誓いは満たされたり」
 明時とアーチャーの仮契約が解除される。二人の間を繋いでいた魔力供給路が遮断される。ふっと明時の肩が浮いて、彼の身体がぐらついた。明時の魔力が大きいので供給量も大きく、突然、経路が切られた反動が出てしまったのだ。
 慌てて璃正が肩を押さえると、明時は小さく笑った。
「ああ、大丈夫です。なんともありませんから」
 するとエヴァが小走りにアーチャーに駆け寄った。
「さあ、わたくしと契約して!」
 アーチャーは眉をしかめて苦笑いする。
「その前にあんたに聞きたい」
 エヴァがきょとんとアーチャーを見上げる。彼はじっと女の顔に目を据えた。
仏蘭西フランスは嫌いか」
「ええ」
 寸刻の迷いもなくエヴァが頷く。明時がちらりと目を浮かせて肩をすくめる。エヴァの手には高価な仏蘭西の老舗ブランドの時計があり、とても仏蘭西嫌いには──そもそも女性は巴里パリが好きなものだし──見えなかった。
 彼女はその手をアーチャーの前に差し出した。
「汝の身を我が下に、我が命運を汝の剣に。聖杯のよるべに従い、この意この理に従うならば」
「誓う。汝が供物を我が血肉となす」
 目には見えない魔力供給路が二人の間を繋いでいく。それは聖杯によって行われる儀式であり、魔術師はほとんど魔力を消費しない。その様が明時の目にだけは、はっきりと捉えられていた。
 エヴァは正式にアーチャーの主人になると妙に自信たっぷりの笑顔に戻った。
「いいわ。わたくしをここから出しなさい」
「再契約の完了を認めます。貴方も聖杯戦争に戻ることを認めます。くれぐれも聖杯戦争のルールを守り、公正な戦いを行ってください」
 璃正は不安な気持ちで二人を見つめる。ことにリドフォールには悪い気がして仕方がない。頭では解っているサーヴァントの理屈も、感情は認めない。璃正にとってリドフォールは実在する人間のようにしか思えないのだ。彼には明時の下にいてほしかった。
 そうしたら、もう少し彼と話をして、自らの信仰の懸けるべき場所をはっきりさせることができるだろうに。
 そう思ってはっとした。
 明時がサーヴァントを得たなら、彼は聖杯戦争に参加する一人の魔術師マスターとなるのであって、もう自分は一緒にいられないのだ。代わりの通訳が派遣されてくるであろうし、別に自分とアーチャーが親しく話せるわけでもない。
 どうして、こう自分は未熟で浅はかな人間なのか。
 璃正は自分に腹が立つ。
「マダム・ブラウン、外までご案内します」
「……そうしてください」
 エヴァがつんとあごを上げ、すたすたと廊下に歩み出た。アーチャーは無言で霊体化し、見えなくなった。
 璃正は暗い廊下を蝋燭の火で照らしてエヴァを階段へと導いた。一階に出ると、そこは眩しい朝の世界で、開けられた窓から澄んだ空気が流れこんでいた。エヴァは裏口を開けられると一顧だにせず、伯林ベルリンの街へ出て行った。
 裏口の扉をぱたんと閉めると、明時がため息をついた。
「やれやれ。面倒な女性でしたね」
「すいません、明時さん。貴方は本当にこれでいいのですか。聖杯を見たいと、願いがあると言ったじゃありませんか」
 怒っているような悔やんでいるような璃正に、明時が微笑んだ。
 これでいいのだ。あの女は大した魔女ではない。アーチャーを手に入れたところで到底使いこなせまい。アーチャー自身も不服な表情を隠さなかった。となれば、これでまた彼女の死亡確率は上がったわけだ。彼女が死んでアーチャーが戻ってくれば、それもよし。アーチャーを失って彼女が戦線離脱すれば、それもよし。万が一、次に同じ状況が出来しゅったいしたなら、璃正は今度こそ自分にサーヴァントを授けるだろう。エヴァがどう騒ごうが、この朴訥な青年は理念を枉げることがないだろうから。聖杯戦争は最後●●に勝ち残ればいいのであって、最初から華々しい活躍をする必要など微塵もない。
 ついでに大使に頼まれた工作も終えて、遠坂は手ぶらで帰ることはなくなった。
 どう転んでも明時は少しも損をしないのである。
 だから明時は笑っていられる。
「別に聖杯が欲しくないとは言っていません。ただね、どうも今回の聖杯は妙ですからね。私のサーヴァントが出なかったり、伯林に大聖杯が移動したり。根本的なシステムに不具合が生じている可能性もありますから、用心するに越したことはない」
 落ち着いた明時の横顔をじっと璃正は見下ろした。いつも余裕を失わず、優雅な明時。だが彼はただの紳士ではない。いま見た明時の一面は璃正を驚かせた。明時は同じ魔術師に対して、同胞としての甘えや共感など持ちあわせていないのだ。一般的な魔術師でさえ心の底では見下しているだろう。彼が敬意をもって遇するのは優れた魔術師だけ。少なくともウォルデグレイヴ・ダグラス・カーに対してはそうだった。
 そんな彼が何の計算もなく動くはずもない。
 自らより下に置いたエヴァに対して単なる譲歩などするはずがない!
 璃正は重い口を開いて、確認しなければならなかった。
「あの、こんなことは聞きたくはないのですが、その」
「なんでしょう」
「明時さん、貴方は本当に、僕の言った通りにエヴァ・ブラウンに伝えてくれたのですか? 少しばかり話を変えたりしなかったでしょうか」
 これを聞くと明時は片方の眉だけそびやかせてみせた。それから声を立てて笑いだした。
「ははは、璃正君、君という人は! なるほどヴァチカンがただで送ってくるわけがない。なるほど、なるほど。君はそれだけの人材だったというわけだ」
「やっぱり話を変えましたね! いったい何故、どういうふうに」
 額を押さえて笑う明時が薄く目を開けた。
「ヴァチカンに不利益は生じませんよ。私は少しばかり大使に頼まれごとがありましてね」
独逸ドイツ大使から……?」
 不穏な匂いを感じとって璃正は眉をひそめる。明時が意外な真顔に戻って璃正を見つめた。
「君は長く伊太利イタリーで過ごして知らないと思いますが、我らが祖国はね、もう後戻りできない場所まで進んでしまっているのですよ。私たち魔術師は政治のことなど興味はない。だが冬木の地を守るために必要なことは何でもしなくてはなりません。私の事情に過ぎませんし、君には何の責任もない話。だから知らずにいらっしゃい」
「でも」
 食い下がろうとする璃正に明時が微笑んだ。
「それにね、忘れてはいませんか」
「何を」
「私の本来のサーヴァントはまだ現れていないだけ。いずれ必ず現界げんかいする。聖杯はすでに選んでいるはずなのですから」
 明時は心の底でほくそ笑む。アーチャーごときが私のサーヴァントであるものか。私の英霊サーヴァントはあれではない。最後のサーヴァントこそ私のサーヴァントだ。
 きっと、それが私を聖杯に導くだろう。
 明時は揺るがぬ自信に支えられて、少しも動揺することはなかった。


 朝のダイニングは光にあふれ、アルトリアの気持ちを少しばかり晴れさせた。朝食は皆、同じメニューだそうで、アルトリアは料理が運ばれてくるのを待った。その間もずっと、昨夜のカスパルが頭から離れなかった。
 彼は明らかに変わってしまった。変わりすぎたと言ってもいい。
 人を殺すことに抵抗がなくなってしまったのだ。
 自分という代行者がいるがゆえに。
 本来であれば、彼と私は出会うはずもない人間だった。生きる時間が違うのだから。しかし聖杯が私を呼び寄せ、彼が聖杯を求めたがために出会ってしまった。あの子の人生を聖杯が歪めてしまったのだ、自分という英霊サーヴァントを通じて。聖杯さえなければ、彼はもっと普通の少年として生き、よい生涯を送っただろう。
 だが、あの子はもう元には戻るまい。
 邪魔者は殺せばいいという論理を手に入れてしまった。
 もはや普通の人間としての生は全うできまい。
 アルトリアは自分の両手を見つめる。確かに自分は多くの人間を葬ってきた。だが、それは他に方法がなかったからで、戦乱の世では当たり前のことで、だが今の世の中ではせずにすむ、元来、過酷で背負うべきではない生き方だ。
 そもそも聖杯さえなければ……
「お待たせしました」
 アルトリアの前にぞんざいに盛りつけた炒り卵スクランブル・エッグが置かれた。
「ごゆっくり、どうぞ」
「ああ、頂こう」
 アルトリアは気を持ち直してフォークをとった。丸く炒られた卵にフォークを突き差し、口に運ぶ。心なしかぱさぱさした感触がして、アルトリアは目を閉じた。昨日とあまりに味が違う。出されたパンも黒いライ麦のパンで馴染みがない。噛みごたえのある硬さに疲れを感じる。昨日は普通のパンだったのだが、これはどうしたわけだ。
 私の心持ちのせいか。
 せっかくの朝食も美味くない。どうにも食が進まない。腹は減っているのだが。
 頭をかかえてフォークをからんと落としたとき、思わぬ声がかかった。
「ここの朝はハズレだよ。よかったら、もっと美味しい店に案内するけど」
 顔を上げてぎょっとした。そこには恐ろしいほど整った顔の青年がいた。金茶の髪は朝陽に淡い光を弾き、水色の瞳は明るく透き通って嫌味がない。人智を越えた美しさとでもいえばいいのか。見とれてしまうと周りのものが目に入らない。男性にしては小柄で圧迫感も感じなかった。
 だが彼はサーヴァントに他ならなかった。
 これだけ近づけばセイバーたるアルトリアにも分かる。
「ラ……ランサー!?」
「僕がランサーだと判るってことはキャスターとも会ったのかい?」
 ランサーはウォルデグレイヴとともに昨夜の戦闘を一部始終まで観察した。セイバーがキャスターを除く全ての英霊サーヴァントと接触していることは確認済みである。
 だがアルトリアは顔色を変えた。
「いったい何を、こんなところで」
 身構えるアルトリアにランサーはにっこり笑った。
「何もしない。本当に。君と話したい。それだけだ」
「何故だ。何を話したい」
「いろいろなことを。つまんない話から、そうだな。たとえば君が昨日アーチャーを殺さなかった理由を聞きたい。それに不味いものを我慢して食べることはない。とりあえず美味しい朝食を食べるというのはどう?」
 アルトリアは目の前の青年をじっと見つめた。五月だというのにセーターにカーディガンを重ね着して寒いのか。アルトリアには心地いい気候だが、彼には違うのかもしれない。だが足元は革の編み上げサンダルだ。出身は南方ということか。
 彼はひょいとテーブル越しに身体を伸ばして伝票をとる。彼は目元に伝票をあててウィンクした。
「払いは部屋につければいいの」
「ああ、そうしている」
「じゃあ」
 ランサーが給仕を呼び止めて勝手に伝票を渡している。アルトリアはゆっくりと席を立った。膝の上のナプキンをテーブルの上に畳んで置く。顔を上げると、ランサーが手を伸ばした。
「さあ、行こう。セイバー」
「ああ」
 アルトリアは少しためらった後、ランサーの隣についた。彼は軽やかにアルトリアの肩を抱き、ホテルの外に連れ出した。
 朝の菩提樹通りウンター・デン・リンデンは爽やかな菩提樹の花の香りでいっぱいだった。空気が甘く香しい。枝々に開く菩提樹の花の透ける花びらの美しさ。クリーム色の花が差し俯いて香りをふりまく。アルトリアは目を奪われる。彼女の国にはなかった花だ。萌え出ずる若葉は五月の光に淡く透け、爽やかな春を謳歌する。ときどき立ち止まって見上げてしまう。
 そのような人は他にもいて、それがウンター・デン・リンデンらしいそぞろ歩きの雰囲気を醸しだしているのだった。
 ランサーはアルトリアに歩調を合わせる。彼女が止まると立ち止まる。
「あそこはいい宿屋だけど、朝食だけはハズレなんだ。見習い料理人が作っているらしい」
「詳しいな」
「君たちより前から泊まってるからね」
 ランサーがひょいと言って、アルトリアは戦慄した。何故、気づかなかったのだ。同じ建物の中にいて。
 見透かしたようにランサーがアルトリアの顔を覗きこむ。
「君のマスターには内緒にして。僕が君に話したことは僕のマスターには内緒。同じサーヴァント同士、頼むよ」
 アルトリアははっとした。互いのマスターは眠っている。これは秘密の共有なのだ。アルトリアが頷くとランサーは微笑んだ。
「さあ、あそこだよ」
 ランサーがアルトリアを連れてきたのは、巴里のように外にパラソルを並べたカフェだった。半端な時間だが席はなかなか埋まっている。繁盛している店なのだろう。給仕は清楚な青いドレスを着た高貴な雰囲気の少女と、恐ろしく整った顔の青年をあぜんと見つめた。
「二人だ。食事をしたい」
「かしこまり、ました」
 給仕は菩提樹の下のよい席に二人を案内した。それぞれの前にメニューを置く。アルトリアが手にとって開くと、ランサーもメニュー片手に眉をしかめて、ぼやいた。
「失礼な国だ。どこへ行っても、ぽかんと見られる。あれがこの国の流儀なのか」
「……ふふふ」
 アルトリアは思わず笑ってしまった。自分もさっきはランサーの顔に見入ってしまったのだ。ランスロットを始めとして眉目秀麗な男性は見慣れているつもりだったのだが、それでもランサーの容貌には舌を巻く。
「なんだ、何故笑う」
 困惑した顔のランサーをアルトリアは軽やかに指差した。
「鏡を見たことがないのか、貴方は」
「うん!?」
「それはもう美しい顔立ちをしているぞ。恐ろしく整っている」
 アルトリアが言ってやると、ランサーは無邪気にふむふむと頷いた。
「そうなのか。だとすれば、それは遠く我が友がそうあれかしと願ってくれているからだ。我が身は神でも人でもない。全て、我が友の望むように変化する」
 ランサーの言葉にアルトリアはぎょっとした。それは自分の身元を証しかねない話であった。アルトリアは咄嗟に思いつかないが、調べれば彼の正体が判ってしまうのではないかと思ったからだ。
「そんなことを私に話してしまっていいのか」
 真剣に問い返すアルトリアにランサーは微笑んだ。
 ほんの少し話しただけでも、セイバーの真っすぐな気性、裏表のない清廉な人柄は明らかだった。同時に彼女はあれほどの戦いを生き抜く戦士であり、それでありながら可憐で手折られそうな容姿を持っていた。ぱっちりとした緑の瞳は遙か遠く東の果てから運ばれる緑玉のように濡れて光る。白い肌は滑らかで、さやかな金の髪は月の光を編んだようだった。ほっそりと椅子に納まる姿はいずこの国かの姫君のように見えた。
「君と会ったら、我が友は求婚するかもしれないな」
「は!?」
 セイバーたるアルトリアの頬がびきっと引きつる。強ばった顔にランサーが構わず笑いかけた。
「でも受けない方がいいよ。女扱い下手だから! 性格も一概にいいとは言えないし」
「つかぬことを聞くが」
 アルトリアは料理を決めてメニューを閉じる。
「それは本当に友人●●の話をしているのか。貴方の言葉は友人に対するものとは思えぬのだが」
「友達だよ! 本当に、この世の終わりまで」
「それは、羨ましいな」
 アルトリアの胸には、かの『湖の騎士』の痛ましい横顔が浮かんでいた。
「僕と彼はどこにいても、いつに在っても、友情で結ばれている。こうしていても彼の思いを感じるよ。とても遠く、ね」
 屈託なく笑うランサーにセイバーは圧倒された。なんという不思議な人物か。どうにも掴み所がないのに、気さくで開放的で警戒心を起こさせない。だがアルトリアの心で直感が囁きつづける。
 その男は危険だ。大変な手練れだ。
 真っ向から斬りあったら歯が立たないかもしれない。
 それなのにアルトリアは席を立とうと思わない。ランサーと手合わせしたことがなかったし、何故か彼は自分を敵だと認識していない。そう感じた。
「頼むものは決まったかい?」
「ああ。だが給仕に確認したいことがある」
 するとランサーが給仕を呼び寄せてくれた。アルトリアは飛んできた給仕に窓辺の黒板を指して尋ねた。そこには店の勧める料理がいくつか書かれていた。
「今日の果物は何だ」
「五月が旬の苺でございます。南独逸のもので美味しゅうございますよ」
「では、デザートはそれを頼む」
 二人はそのまま注文を済ませた。もう昼時も近かったので昼食の料理を頼む。給仕がお辞儀して立ち去ると、ランサーはセイバーに向き直った。
「もしかして君は大英帝国とか言うところの出身?」
「……ああ、今の知識に照らせばそうなるらしい。私の国はブリテンと呼ばれたが」
「やっぱり。当たった!」
 ぐっと拳を握るランサーに、アルトリアはつられたように微笑んだ。ランサーは人を和ませる空気がある。
「私に聞きたいことは、それではあるまい。殺伐とした話をしたくはないが、貴方が聞きたいというなら話そう」
 アルトリアが向き直るとランサーはおっとり笑って、テーブルに肘をついた。
「そうだな、聞きたい。君は圧倒的に有利だったのに、何故アーチャーを見逃した?」

Fate/Revenge 8. 聖杯戦争三日目・朝から昼-③ に続く

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