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子どもたちの生きるチカラには、あなたの背中が必要です

いろいろなご縁が重なり
東京のとある中学校のキャリア授業に関わってきました。

16時限(50分×16限=800分)かけて
自分に向き合い、どんな未来を描きたいのかを自分の言葉で深掘りする。
そんな授業の、最初の10時限に関わってきた。
進路は決まっているが、楽しみではないと言っていた生徒たちが、
ワークをしながら、自分の言葉でやりたいことを語ることで、より明確に自分のやりたいことを見出していっていた。
中学3年で、こんなにもじっくりと自分と向き合い、そして、そこに向き合ってきた大人たち(メンターとして多種の大人がフォローに入っている)とともに語る時間を持つことは、
刺激的な時間になっていたのではないかと思う。

この授業に関わり、
地方と都市部の教育格差は、こういった場の数から生まれているのだと感じた。
地方にも、総合の授業はあるし、キャリア形成を考える授業もあるが、その質が保証されていないのが現状かと思う。
先生「主導」の授業のままだったり、
キャリア授業がふるさと教育に置き換わっていたり、
形式だけを重視したガイダンスだったり(ここには少なからず関わっているので心苦しいが、、)
そもそも、割く時間が少なかったり、
生徒自身の言葉で話す機会がなかったり、
やったことの振り返りすらしていないような授業もある。

先生方も日々の業務に忙しく、
また学校という特殊環境は、変化を嫌う。
そのために、(多少の不備はあろうが)例年とおりの講座、やり方で進める傾向にあるのだろう。
大人の都合だ。
それでも、都市部ではいろいろな学校での新しい取組が耳に入ったり、自分の時間をつかって外部に学びに行く先生もお見かけする。そこで、今本当に必要な学びとは何かに向き合い、変化を取り入れていけるのであろう。
その点からすると、変化を見る機会の少ない地方では、新しいもの(授業)は嫌煙されている。そもそも教育にお金をかける意識も低い。(自治体が無償でやったりするため、教育にお金を払う意識がないと感じる。学力向上にはかけるので、心の育成にはという限定)

若年でのこの体験の差が
この後の子どもたちの人生では大きく影響するだろうと私は思っている。

子どもの生きる力を育むには、
学校側も常にチャレンジをしていかないとならないのではないだろうか。
そのチャレンジする姿が子どもたちにうつる。
チャレンジしていない大人から、チャレンジを促されても、何の説得感もない。

あなたは、チャレンジしているかい?

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