歌好き少年のいつもの顔 現在地について17
このひとにとって《部屋》とは…、自部屋で歌うこととは…、などと考えながら臨んだコンサート『宮本浩次 Birthday Concert 2023.6.12 at ぴあアリーナMM「my room」』。
もうね、筆舌尽くしがたしとはこのこと、素晴らしいという言葉しか出てこないけど、本当に本当に素晴らしかった。
客電が落ちると、《作業場》からの配信そのままの映像が、《アリーナのヴィジョン》に投影された。
画面の中で弾き語りが始まる。“通りを越え行く“。
やさしく穏やかに澄みわたるメロディーライン。
この歌や “月夜の散歩” “冬の夜” など一群の歌たちは、‘月なきみそらに〜’ ‘慈しみ深き〜’ と始まるあの有名な唱歌・讃美歌を思い起こさせる。歌が大好きで歌うことが大好きな少年の原風景を目の当たりにする感動に震えながら、《my room》へといざなわれる。
iPhoneカメラのオートフォーカスの黄色い四角枠からクラウドストレージ満杯のアラートまで、偶然の奇跡がよりいっそうリアリティを盛り上げる。
立ち上がって、スマホを取り上げて歩き出す。
下手の舞台袖にスポットが焚かれ、ギターを爪弾きながらステージ上に現れると、配信の拠点《作業場》と《アリーナのステージ》という両極の時空が一瞬にしてつながった。
2曲目は、コンサートタイトルからしてセトリ入りが待望され、もしや1曲目もあるか?!と淡い期待に心を躍らせていた “部屋”。
エレファントカシマシの楽曲で《部屋》という言葉が歌詞にあるのは46曲。その中から歌われたのは8曲(上記セットリストの*印、10曲中2曲はカバー)。
ストレートなまんまタイトルのこの歌は、部屋への道順を説明して恋人を部屋に招く歌……かと思いきや、結局のところ恋人の存在感はほとんど感じさせず、この小さな部屋で僕は寝起きして、考え事をしたり、人生はかなんだり、だから ‘君を想ったりして生きている’ のも僕の生活の一部であり一部でしかなく、つまり《僕》は《この部屋》で生きている、という歌。
この2曲を始めとして、「古い歌」「懐かしい歌」を歌ってくれた。
歌っていると、このひとはその歌が作られた当時へと時空を旅してしまうのだが、過去と現在が交錯したのが “君がここにいる” 。
僕はここにいる。
今現在の宮本浩次はここにいる。
そして《この部屋》の中には、若き日の宮本浩次がいる。
君がここにいる。
《君》-《この部屋》の中にいる若き日の宮本浩次-に、《僕》-今の宮本浩次-が歌いかけているように聴こえたのは気のせい?
(あらためて歌詞をじっくり読み返してみると、もう、そうとしか思えなくなってくる…。)
(1か所だけある《俺》は、若次の一人称のように思えてくる…。)
歌っている前髪の合間からのぞく目が潤んでいるように見えたのは気のせい?
昔の歌をそれはそれは愛おしそうに歌う理由の一端が見えたような気がした。
そして、ここから続く4曲 “sha·la·la·la” “passion” “昇る太陽” “ハレルヤ” で、一気にフィナーレに向かって《現在》が加速した。
《my room》すなわち《自部屋》。
創作の拠点であり、うたが生まれる場所。いわば自分だけの聖域。
それを恥ずかし気もなくさらけ出す。《作業場》を見せてくれるかと思えば、うたの原型であるデモ音源も聴かせてくれる。いや、さらけ出すのはなかなかに恥ずかしいものもあるんじゃないかと思う。つらく苦しい部分も。傷つくことだってあるだろう。
だが、このひとが怖れるのは傷つくことじゃない。現状に留まって「安住」に甘んじ、「誰も来てくれなくなっちゃう」ことだ。
だから、傷を負うことも覚悟の上で歌いつづける。見てくれ。知ってくれ。聴いてくれ。
大好きな歌で《自部屋の外の世界》とつながりたいから。
「at 作業場」配信時を再現して四方に設置されたカメラが、ステージ背面のみならず上方からも敷設レールからも、さらには手持ちカメラまでもが、生き生きと躍動するしなやかな肢体と凛々しく愛くるしい表情を追いかける。そう、ここは《自部屋》あるいは《作業場》のようにしつらえられてはいるが、《アリーナのステージ》なのだ。カメラに追い回され、さらけ出される姿は、それが嬉しくて楽しくてたまらない少年そのものだった。
あの演出-《作業場》から配信された『うた動画』ふうなセッティング-で始まって、あの演出-『縦横無尽旅日記』のホール探検ふうに楽屋に帰る-で終わる設定になっていたから、もはや恒例となっていた開演前のインスタグラム更新がなかったのか、と膝を打つ。独歩〜縦横無尽〜35thツアーの、バックヤードまで包括するすべての要素が盛り込まれた、まさに集大成だった。
《作業場》から始まり《アリーナの楽屋》で終わる一夜限りのストーリー。
《部屋》にいた歌が大好きで歌うことが大好きな少年・宮本浩次は、57歳になった宮本浩次に手を取られて《my room》へと連れ出された。
このストーリーを通して、《歌好き少年の部屋》は《外の世界》とつながった。
「いいことあるぜ!!」
アリーナを埋め尽くした観客ひとりひとり(「みなさん…ひとりひとりなんだけど、私から見たら“みなさん”」)に向かって叫ぶ。
エンディング映像のBGMは “いつもの顔で”。
そうか…、この歌はエレカシ版 “ハレルヤ” だったんだ。。。
いつもの顔でおはよう
ああ 素晴らしい日々が やってきますように
やっぱ目指すしかねぇな baby この先にある世界
わけもわからぬままやみくもに駆け抜けた日々よ
相変わらず俺は探し続けてるけど
大人になった俺たちゃあ夢なんて口にするも野暮だけど
今だからこそ追いかけられる夢もあるのさ
ああ 新しい夢が叶いますように
あるがままの俺で出かけよう
笑って陽気に手を振りながら 行こう
信じてみようぜ自分 ゆくしかないなら today
please please please 強くもなく弱くもなく まんまゆけ
いつものいつもの顔のままでオーライ
ああ涙ぢゃあなく 勇気とともにあれ
ああ笑いとあれ 幸あれ
「出かけようぜ!!」と鼓舞し続けられるのは、帰るべき場所がしっかりと在るから。
《my room》…… それは、歌が大好きで歌うことが大好きな57歳の少年の部屋だった。
ステージを終えた57歳の少年は、連れ出した少年を手招きして “赤い薔薇” を目印についておいで、といざなうかのように階段を駆け上がり、手に手を取り合って連れ立って楽屋へと帰って行った。
誕生日で年を重ねて、やがては死に至る道が人生ならば、今この瞬間が一番若い。
そんな生命力が、尽きることのない水源から滾滾と溢れ出て、エンディングでは画面に収まりきれないくらいに漲っていた。
あらためて、お誕生日おめでとうございます!!
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