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意地になるなよ すべて It's all right 現在地について15

2020年、最初の緊急事態宣言が出された春。
エレファントカシマシと再会した。

かつて心に響く歌と出会い、気になっていながら、一瞬のしり込みのまま遠ざかっていた。
それが、なぜかその春、急に思い出して聴きたくなったのだ。
そんなふうに衝き動かしたものは何だったんだろう。
その理由が、この35周年ツアーでわかった気がする。

あの3年前の春。
どこまでも伸びやかな歌声に魅了され、YouTube を渉猟し、気に入った歌が収録されているアルバムを買い集めていった。まずは ATB こと『All Time Best Album THE FIGHTING MAN』、そして最新のアルバム『Wake Up』を聴き、『宮本、独歩。』も聴いた。
早いうちに手にした中に『昇れる太陽』と『悪魔のささやき〜そして、心に火を灯す旅〜』もあった。


このひとは、太陽が昇ると生まれ変わるのか…。

あ、また「行こうぜ!」って言ってる…。
(“Wake Up” とか “夢を追う旅人” とか…)

え、あらら、また出かけちゃったよ。。。
(“冬の花” とか “風と共に” とか…)


己の探究心に火が灯されたのは、このひとの言葉の紡ぎ方を理解したくて居ても立っても居られなくなったからだ。そこから歌詞語彙辞典(通称:歌詞note)と称して、歌詞の研究にのめり込む日々になった。
アルバムのリリース順を追いながら、歌詞の全ての言葉を解析して分析する作業。
そのデータからは、予想をはるかに超えて、心の変遷が見えてきた。
35thツアーが始まるまでに何としても終わらせたくて、鬼練ならぬ鬼読。35年を爆速で爆走したおかげで、現在に至るまでの道程が見えた。
今なお走り続ける、It's only lonely crazy days が――。


彼の「こころの日記」は、19『昇れる太陽』と続く20『悪魔のささやき〜そして、心に火を灯す旅〜』で潮目が変わる。

「自分とは何か? 何者なのか?」

「人生とは? 生きることの意味はなんだ?」

現代の日本の社会の中で自分の人生を必死に生きる若者が、自問自答を歌にぶつける魂の咆哮。
わかんないやつにはわかんなくていい。わかるやつにだけわかればいい。でも、こんな凄い歌がわからないなんて、おかしな世の中だよ、まったく。
その不完全燃焼は、やがて「俺はこんなもんじゃない、こんなはずじゃない」という承認欲求を伴って増幅していく。そして、その澱のようなやり場のない苦悩を吐露する絶唱が、いつしか彼の持ち味とされるようになっていた。
この魂の叫びが方向性を変えるのが、前述のふたつのアルバムだ。

今回のセットリストには、意外な曲が入っていたり定番曲がなかったりして、またもや驚きと感嘆に唸らされてしまったが、想定外だった曲は『昇れる太陽』と『悪魔のささやき〜そして、心に火を灯す旅〜』からが多かったように思う。
逆に言えば、その選曲がこのツアーのセットリストの意味を考える鍵になった。

第1部
1. Sky is blue(19『昇れる太陽』)
2. ドビッシャー男(8『ココロに花を』)
3. 悲しみの果て(8『ココロに花を』)
4. デーデ(1『THE ELEPHANT KASHIMASHI』)
5. 星の砂(1『THE ELEPHANT KASHIMASHI』)
6. 珍奇男(3『浮世の夢』)
7. 昔の侍(9『明日に向かって走れ-月夜のうた-』)
8. 奴隷天国(6『奴隷天国』)

第2部
9. 新しい季節へキミと(19『昇れる太陽』)
10. 旅(20『悪魔のささやき~そして、心に火を灯す旅~』)
11. 彼女は買い物の帰り道(20『悪魔のささやき~そして、心に火を灯す旅~』)
12. リッスントゥザミュージック(18 『STARTING OVER』)
13. 風に吹かれて ※アコースティックバージョン(9『明日に向かって走れ-月夜のうた-』)
14. 翳りゆく部屋(18 『STARTING OVER』)
15. ハナウタ~遠い昔からの物語~(19『昇れる太陽』)
16. 今宵の月のように(9『明日に向かって走れ-月夜のうた-』)
17. RAINBOW(22『RAINBOW』)
18. (20『悪魔のささやき~そして、心に火を灯す旅~』)
19. 悪魔メフィスト(20『悪魔のささやき~そして、心に火を灯す旅~』)

第3部
20. 風と共に(23『Wake Up』)
21. 桜の花、舞い上がる道を(19『昇れる太陽』)
22. 笑顔の未来へ(18 『STARTING OVER』)
23. so many people(11『good morning』)
24. ズレてる方がいい(22『RAINBOW』)
25. 俺たちの明日(18 『STARTING OVER』)
26. yes. I. do
27. ファイティングマン(1『THE ELEPHANT KASHIMASHI』)

アンコール
28. 待つ男(2『THE ELEPHANT KASHIMASHI Ⅱ』)



俺に昇れる太陽 今日も昇れる太陽
未来へと俺をいざなう
悲しいときは行き過ぎて うれしいときは流れ
見上げれば sky is blue

Sky is blue
19『昇れる太陽』所収

19『昇れる太陽』巻頭に収録されているこの歌の、うねるギターの音で『エレファントカシマシアリーナツアー「35th ANNIVERSARY TOUR 2023 YES. I. DO」』は幕を開ける。

「俺はこんなもんじゃない」という承認欲求と、「まだまだやりたいことがある、まだまだ行かなきゃならない」という強迫観念を胸に抱き、「この自分とは何か? 何者なのか?」「人生とは? 生きる意味はなんだ?」という問いの答えを探し続ける内省と逡巡の日々。
そして、悩みに悩んだ末に、この人生の大命題と訣別するのが、19『昇れる太陽』だと私は考えている。(詳細は歌詞note#18#19#20あたりを参照されたい。)

使いふるし擦り切れてる 昔なじみの悩み事
放っておけよ 新しい太陽が昇り来るぜ

“あの風のように”
19『昇れる太陽』所収


第2部の始まりも、19『昇れる太陽』収録の “新しい季節へキミと”。
明るいメロディーに攫われそうになる言葉が、不意に刺さって、鳥肌が立った。

毎日まるで自分という謎解いていくゲーム
全てを愛せそうなのに

新しい季節へキミと
19『昇れる太陽』所収

答えなんてきっと簡単なのに



人生の大命題には答えが出ない。
この結論に至って、思い悩むのはもうやめだ。
だが、‘食わねど高楊枝さ’と《ドビッシャー男》を気取っても、承認欲求と強迫観念がなくなるわけではない。
引きずったまま、病いによって図らずも己と向かい合う時間を与えられた活動休止期間。そのでかい渦巻の中で結晶に昇華させた日常の闇を包摂する生き様を、 ‘それが俺さ’ と高らかに歌い上げる “RAINBOW”。

…この歌で第2部終了、かと思いきや、
鳥の声と共に、白々と、白々しく夜は明ける。
朝が来ても、悪魔との対話に終わりはない。

ろくでなしフリーダム、風通う街、拡がる青空

悪魔メフィスト
20『悪魔のささやき~そして、心に火を灯す旅~』所収

” 〜 “悪魔メフィスト” で第2部は締めくくられた。


意外な曲と、定番なのに演奏されなかった曲。

彼女は買い物の帰り道

セトリ入りに吃驚した歌のひとつ。
蔦谷さんと金原さんのストリングスチームがサポートだし、この歌も『悪魔のささやき〜そして、心に火を灯す旅~』に収録されているし、と納得しかけたが、Cメロ?大サビ?の歌詞が心を抉った。

毎日毎日心ぎりぎりミステリー
毎日毎日揺れてる心でIt's all right

彼女は買い物の帰り道
20『悪魔のささやき~そして、心に火を灯す旅~』所収


35周年におけるバンド回帰の象徴として、ツアーにその名を冠した新曲 “yes. I. do” 。そこに繋がるストーリーを読み解くキーワード《It's all right》が、ここにあった。

「この曲ができた時はほんとに嬉しくて。カーステで、出来上がってきたミックスをずっと聴いていた。みんなに聴いてもらいたくて、でも反応はイマイチで。優しい、素敵な曲。」と宮本は言った。
思い悩みながら生きているのは自分だけじゃない、男とか女とか関係ない、みんなそれぞれの事情を抱え、それぞれの人生を歩んでいる。
でも、すべて It's all right。

バンドで男唄を歌ってきた彼が作った、唯一とも言える女の子の歌を、ソロの女唄で成功を遂げた彼が、それはそれは愛おしそうに紹介して、それはそれは丁寧に我が身を奏でていた。
この歌が選ばれたことに、《新生エレファントカシマシ》の《新生エレ次》を見たような気がした。

そして、選ばれなかった定番曲。

友達がいるのさ

新春2022で聴いたこの歌は、これまでと違う感慨を呼び起こした。
町で待っている友達に会うために町へ行くのだと思っていたけれど、そうじゃなかったのかもしれない。友達が、あいつらが地元で待っててくれているから、俺はどこへだって出かけて行ける。そう聴こえたのだ。

自分と友達は一心同体。
苦悩を抱えていた俺、そしてその鬱積を自分たちでは解決できなくてソロ活動へ送り出し、華ひらいた姿を心から喜んでくれた友達。
単身で出かけて行き、自分自身と大切な友達を苦しめていた屈託に決着をつけて、今、帰ってきたのだ。
だから今度は、友達と一緒に出かけるんだ。
だからもう、前だって後ろだって斜めだって、止まってたって…とか、あいつらがいるから俺は…とか、そういうことじゃない。

ガストロンジャー

「エレファントカシマシは宮本浩次の一部」。
その振り幅を証明するために、「TOUR 2021〜2022 日本全国縦横無尽」の重要な場面で歌われていた曲。
でも今はもう、戦う!とか、勝ちに行く!ってことを結論する必要もなければ、絶叫する必要もない。

そう考えると、パラパラと書き出した聴きたかった曲たち(“シグナル”、“DEAD OR ALIVE”、“約束”、“FLYER”、“Easy Go”、“旅立ちの朝”、“今を歌え”、………)がセトリに入っていなかったのも、それぞれに納得できる理由があるような気がする。


つまり「今を生きていく」という決意を旗印に掲げたからには、もう、どうやって歩いて行くのかとか、勝ちに行くとか、そんなこたぁ毎日を懸命に生きるための合言葉であって、魂の底から絞り出すように叫ばなくてもよくなったんだ…、
そう感じた。

自己と対峙し、認められないもどかしさからくるやり場のない苦悩と怒り、理想と敗北にはさまれて葛藤し、苛立ちと焦燥のあいだで逡巡し、自分の生き方を見出そうと悩みもがきながら咆哮する歌。
そうした《有象無象》は、ソロが請け負って実現してくれた。
《新生エレカシ》とはすなわち、これまで持ち味とされてきた《有象無象》からの解脱と開放。
自分自身をも含む、すべての人の、人生に伴走する歌。
それが、今のエレファントカシマシ。

許せかつての俺よ
俺は今を生きてゆくぜ

yes. I. do


第3部の始まりは、 “風と共に”。

yes. I. do” を聴いてまず感じたのは、時の流れへの身の《委ね度合い》が強くなっているということ。
風と共に” では ‘時の流れに身を委ね’ ていたのが、“yes. I. do” では ‘流れる時にあらがうわけじゃない’ 。
「時の流れに身を委ねる」その《委ね度合い》が、「あらがうわけじゃない」という意思のある言葉によって、より自発的、能動的、積極的になっているような印象を受けたのだ。たゆたうままに身をまかせて流れていたのが、自ら流れに乗りに行く、というような。言ってることわかりますか。
その強くなった《委ね度合い》で以て、意志を持って委ねることができたがために、「行こうぜ」と言わずにいることができた、のではないか…。
そう思っていたから、第3部が “風と共に” で始まり、“yes. I. do” へ至るストーリーとして描かれていたのには…痺れました。。。


歌詞noteから「こころの日記」の変遷ストーリーが見えたように、セットリストにも物語がある。
現在に至るレジリエンス全開の、そしてソロ楽曲 “昇る太陽” の象徴的なフレーズに繋がる楽曲たち。
背景ヴィジョンに投影された4分割の映像――。
いくら問うても考えても、答えは見つからない。そんな悩みは後ろにうち捨てて、光と、風と共に、時の流れをしなやかに渡ってゆく、強く美しい姿が映っていた。


流れる時にあらがうわけじゃない
弱さにあらがいたいぜ

yes. I. do

「あらがうのさ」でも「あらがおうぜ」でもなく、 ‘あらがいたいぜ’
あらがえる日もあれば、あらがえない日もある。
それでいい。生きてるんだから当たり前だ。
そんな上り下りのエヴリデイの中で、自分の弱さを受けとめ、「あらがいたい」という果敢なくも尊き意志を持ってもがく潔さは、

 強くもなく弱くもなく まんまゆけ

と同義だ。

 問うな涙の訳を

が、

 悲しくって泣いてるわけじゃあない
 生きてるから涙が出るの


と同義であるように。

 あくびして死ね

が、

 さあ がんばろうぜ!

であるように。

 行かば 道は開けん

が、

 素晴らしい日々を
 送っていこうぜ

であるように。

傷ついても立ち上がる。
何度でも。
誰にでもその力はある。
それを後押ししてくれる。

それはなぜか。
あらゆる挫折と輝きのめくるめく世界を生きるソーメニーピープル、ひとりひとりの中にも、わけもなくナミダがあふれるような言葉にできない感情があって、それを感じられるココロを持っているんだ、と教えてくれるから。

このひとは始めから歌っていた。

お前の力必要さ
俺を俺を力づけろよ

ファイティングマン
1『THE ELEPHANT KASHIMASHI』所収

と。

答えはいつもheartの中にあるのさ
yes  I  do

yes. I. do

生きる それが答えさ

yes. I. do

王道のエレカシ。


宮本は言った。
「人生っつうのは、毎日、旅に出るようなもんだ。俺はそう思ってる。違うかい?」

太陽が昇って来たら、新しい旅に出かけよう。
なぜって、太陽は必ず、毎日昇ってくるから。

冒頭のクロニクル映像――。
決して忘れないだろう、
伝説の渋谷公会堂ライブから、あの名曲のイントロのアレンジを背景に、驚いたような表情で顔を上げる若き宮本の、潤んだような瞳を。

空の太陽 俺の行く先照らせsunshine


20『悪魔のささやき~そして、心に火を灯す旅~』所収




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