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ヨガと予知と中央線・11『景子の二日目』

「アシュタンガヨガはどうでした?」
 私は起き上がった明さんにタオルを渡した。
「こんなハードなんもあるんやな。めっちゃ疲れたわ」
 そう言いながら明さんはにこりと笑っていた。


「アシュタンガヨガはパワーヨガでアクティブに動くヨガですからね。慣れるまでけっこう疲れますよね」
「ほんまやなあ。ケイさんは女性にしては肩がごっついから何でかなって思ってたけど、このヨガのためなんやな」
 アシュタンガヨガは腕立て伏せのような動きがポーズの合間に入るため、腕の筋肉も付く。肩が角ばっていると言われるのは、アシュタンガヨガを愛する女性の宿命だろう。

「あ、面白いことしましょうか」
 そう言って私は自分の手を明さんの顔にそっと添えた。
「うわ、凄い熱気を感じる」

「でしょう。私は気だと思うんですけど、アシュタンガヨガをすると気のめぐりが良くなるので、やったあとは手からガンガン気が出てるんです。気功の先生みたいで面白いでしょう」
 そう言って私は映画で見た拳法の構えを真似して見せた。
「お、いいね。この状態だったら暴漢が来ても撃退できるかもな」
 明さんはそう言って笑っていた。
 

私たちは着替えると朝食を取ることにした。朝の九時から開いている店は多いようで限られてくる。牛丼チェーン店の松屋に私たちは入ることにした。明さんは松屋の常連らしく、私は行ったことがなかったので一度行ってみたかったのだ。
 

明さんは朝定食を注文し、私はせっかくなので牛丼の大盛りを頼んでみた。せっかくだからと言ったけどそれは見栄で、食券を買うときに並と間違えただけなのだけどね。だって後ろで人が待っているとみんな焦るでしょう? 

「ケイさんってけっこう食べるんだね。何となくヨガのインストラクターをやってるから、食べ物を選ぶのかなと思ってたわ」
「うーん。そういう人もけっこういますよ。菜食主義の人もけっこういますし。ただアシュタンガヨガをしている人はあまり気にしない人が多いかも」
「あれだけ動いたら食べてもスタイル保てるか。逆に食べないと動けなさそうだもんな」
 

松屋で朝食を終えて、次にドトールに入ってコーヒーを飲んだ。店を二件はしごして、千円も使っていないのは凄いと私は思った。日ごろだとランチを食べただけでも千円は行くのにね。

「次にどこに行くんですか?」
「着いてのお楽しみにしておこうか。まあ、でもケイさんにはそんなに良い所じゃないかも」
 

私たちはまた中央線に乗り、今度は高尾方面行きに乗った。吉祥寺を通り過ぎ、武蔵境で西武多摩川線に乗り換えて、降りた駅は競艇場前駅だった。
「まあ、駅名でばれてるやろうけど、目的地は競艇場。多摩川競艇場やね」
「へえ、競艇って何でしたっけ?」
「ボートが何着になるか賭けるギャンブルやね。ケイさんみたいな女性はかなり浮くだろうな。掃き溜めにツル。競艇場にケイさん」
 そう言って明さんはにやりと笑っていた。

確かに周りを見ると、あまり格好を気にしていないおじさんばかりだ。一人ではちょっと怖くて来れそうにないかな。

百円を払い入場すると、すぐにマスコットキャラクターの青い鳥の『ウェイキー』と大きなレース時計が見えた。私はギャンブルをしたことがない。パチンコ屋にも入ったことがない私にとっては、何だか別世界へ来たような新鮮さを感じた。

外は晴れ渡っているのに、何となく地下のような薄暗い雰囲気がある。でもボートが走る水辺は明るくて、陰陽が入り混じる不思議な魅力のある場所だと思った。

「ところで何で競艇場に来たんですか?」
「俺が何の力を取り戻したか覚えてる?」
「予知能力ですよね」
「そう。だからここに来たわけやな。予知能力があるって言っても普通は信じへんやろ。だから俺の予知が本当か証明するにはギャンブルが一番やねん。まあ、ケイさんは信じてくれてるみたいやけど、念のためにな」

「じゃあ、もしかして当たるわけですね」
「もしかしてって、ケイさん本当に信じてる?」
「信じてますよ。明さんは嘘つくようには見えませんから」
「何か軽いなあ。でもまあ、いいか」
 私は船券の買い方を明さんに教えられながらマークシートを塗りつぶしていく。マークシートを塗るなんていつぶりだろう? 何だかちょっとこれだけで楽しい。

「第一レースは二番、一番、五番の順にゴールするから、三連単で千円買っておくか」
 

私の財布から千円が消えて、白い四角い紙に変化した。これが当たればお金が何倍にもなって返ってくるらしい。不思議なものだね。
 

私たちは二階の冷房のついている席に移動した。大きなガラス窓から、ちょっと大きな池で小さな六色の船が走っているのを見下ろせた。それをおじさんたちが熱狂して見ている。明さんは冷静なもので、たまに周りを見渡している。ここでも一応、私を狙っている犯人を警戒しているみたいだ。
 

おじさんたちのため息と野次が周りから起こった。どうやら第一レースが終わったらしい。明さんが掲示板を見て、頷いている。
「よし、じゃあ、払い戻しに行こうか」
「え? 当たったんですか?」
「傷つくなあ。俺のこと信じてる?」
「信じていますけど、何かギャンブルと予知は相性が悪い気がして」
「まあ、占い師もギャンブルは当てられんもんな」
 明さんはそう言うと、ちょっと得意げに笑っていた。そのまま私を払い戻しの機械の前に連れて行ってくれた。
 

私は明さんに言われたとおり、機械に自分の船券を入れると、何と払い戻し口から、二万六千円も出てきた。
「明さん。二万六千円も出てきましたよ!」
「そら、二十六倍やったからな。もう少し付けば帰っても良かったんやけどな」
 

たった三十分で二万五千円もお金が増えた。私の二日とちょっとの日当がたったの三十分! 私は思わず出てきたお金が偽札じゃないか確認した。すかしは大丈夫、本物みたい。
「俺は三千円買ってたから、七万五千円勝ち」
 

そう言って明さんは札束を見せ付けてきた。
「あ、ずるい。私ももっと買えばよかった」
「あかん、あかん。あんまり買うとオッズが変わるからな。そうすると予知と違う結果が出るかもしれないしね。次のレースでカバン代くらいは稼げるよ」
 

そう言われて、第二レースも明さんの言うとおり千円だけかった。隙を見てもう少し買おうかなんて心が揺れたけど、私の実力で賭けているわけじゃないから止めておいた。

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