ショートストーリー『チーズが苦手な理由』

舌バカで何でもうめえうめえと食べる俺だが食べられないものももちろんあって、その食材には苦い思い出がセットで付いている。そもそもそれを食べられなくなった理由が実に馬鹿馬鹿しくて救いようがない。


俺だけかもしれないが幼少の頃の食に対する欲求は凄まじく、好きなものがあればなくなるまで食べていた。

あの頃の俺は理性が二年間履いた靴下のようにゆるゆるで、アイスを見つけると平気で一箱十二本入りをすべて食べたり、ケーキもホールを丸ごと食べたりしていた。子供の理性の代わりはやはり母で俺が食べ過ぎていた時はストップ! とよく怒鳴られていたのを覚えている。

幸いアイスの時もケーキの時も腹を壊さなかったが、痛い目を見ないと学習しない猿のような子供だった俺は同じ過ちを何度も繰り返していた。


そんな子供時代、家に帰ると見慣れないものがテーブルの上に置いてあった。

ホールケーキのような形をしており、しかしトッピングはまったくなく、やたらと固いモノがドンと皿の上にあったのだ。脳内に比較するサンプルが少ない幼少の頃の俺はそれはチーズケーキではないだろうかと思ったが、その考えは半分当たっていた。


それはチーズだった。


どうやらそれは母がワインのつまみにするためにヨーロッパの知人から送ってもらった一品だったらしい。

さすがに母もカマンベールチーズを五歳の息子が貪り食うことを予想していなかったようで無用心に俺の目の届く場所に置いていたのである。

当然俺は食べ、そして運の悪いことにとてもうめえと思った。そして見事に、アホなことに、小さな体のどこに入ったのかわからないのだが二キロもあったらしいそのチーズを全部食べたのである。

どこの国の罰ゲームだと思うぐらいのことをやってのけた幼少の俺は素晴らしいが当然その後に地獄が待っていた。

強烈な腹痛と吐き気をもよおし、チーズと胃液のミックスジュースを鼻から口からとマーライオンさながらに噴射し、部屋中にばら撒いたあとその部屋で転がりまわっていたのである。

発酵地獄と化したその部屋の臭いは凄まじく、腹痛で死ぬのが先か、鼻がもげるのが先か、ハラとハナのデッドヒートが繰り広げられていが、一着は飛んだ意識であり俺は気を失った。

母はその時の事をこう語っている。

帰ってきてドアを開ける前からこの家は呪われたと感じた。
ドアを開けた瞬間、ドアを閉め、家を焼き払うべきか考えた。

俺のことが心配になったので鼻をつまみ部屋に入ると俺はチーズに包まれて死んでいた。

どうやらチーズに爆弾が仕掛けられていたみたいだ、知人はテロリストになったんだろうか。

母はその後の掃除が死ぬほど辛かったらしく原因が俺だと知った母にこってりじっくりコトコトと説教を食らい、俺はそれからチーズを見るのも嫌になったのである。

そんなわけでピザのCMが入るたびにテレビから眼をそらさないといけない体になったわけだが、日本で用心深く暮らしていればチーズに接する機会は幸運ながらあまりなかった。

繊細な舌を持っているわけなのでカレーの隠し味にチーズを入れられていてもそれを知るまでは食べられたし、偶然チーズ入りの料理を口に含んでもチーズだ! と味覚が自覚しなければ大丈夫なのである。まあ、自覚した場合は胃がこんなポンプみたいな動きをするのかと自ら驚きを覚えるほどの過剰反応を起こし、右手は瞬間的に口を押さえ足はトイレの方向に駆け出すくらいのものである。

そういう訳でみなさんも食べすぎには注意しましょう。

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