【考察】凍てつく地面を転がるように走りだそう~井上小百合の卒業に寄せて

ついにその日が来てしまった。

2019年10月5日、公式サイト上で井上小百合の卒業が発表された。

私にとっては8年間ずっと応援してきた推しの卒業。
ずっと前から覚悟はしていたが、だからといって受け止められるものでもないんだな、と今感じている。

言い尽くせぬ感謝を込めて、彼女の8年間を振り返りたい。

あの日僕がセカンドフライを上手に捕ったとしても

ままならない。
それが井上小百合の乃木坂人生だった。

本人も、ファンも、そしておそらく運営にとっても。

スタートした瞬間は順調に見えたのだ。

つぶらな瞳、綺麗な鼻筋、小さな口。いかにも和風美少女という整ったビジュアル。ツインテールの妹キャラで泣き虫の守ってあげたい感。さらに戦隊オタというフックまで装備。普通のアイドルグループなら大人気で不動のフロントメンバーだったことだろう。
事実、結成直後のお見立て会では白石麻衣、高山一実に続く3番人気。

にもかかわらずデビューシングル『ぐるぐるカーテン』では選抜入りするもポジションは3列目だった。

ただ、当時スタッフからは「(センターの)生駒里奈が太陽なら、君は月のような存在」と言われたという証言が残っている。想像だが「3列目から徐々に階段を上っていく」シナリオ候補のひとりだったのではないだろうか。3列目とはいえこの後も5thシングルまではTVに映りやすい中央付近に配置され続けたことからもそれが窺い知れる。

しかし、その時既に最初の躓きがあった。

冠番組『乃木坂って、どこ?』で放送された選抜発表。そこで彼女は「悔しい、もっと上に行きたい」と涙を流す。控えめな態度で選抜された喜びを述べるメンバーたちの中にあって、感情を露わにするその姿はいかにも異質に映った。
そして当然のことながら、アンダーメンバーのファンから激しいバッシングを受けることになる。

以降、井上の乃木坂人生は最後までアンチにつきまとわれるものとなった。


さらに彼女が入った乃木坂46は、これまでの常識が通じないグループだった。

アイドルは成長物語を見せるもの。
そんなセオリーに則り初代センターに選ばれたのは、田舎っぽさの中にキラリと光る原石感を漂わせる生駒里奈。その両サイドも当時10代半ばの生田絵梨花・星野みなみで固めるという定石通りの采配。

しかし、このフロント3人の人気は思うように上がらなかった。

圧倒的な人気を得たのは白石麻衣・松村沙友理・橋本奈々未の御三家。後に深川麻衣も続いた。「綺麗なお姉さん」が人気上位を独占というのはこれまでのアイドルでは考えられないことだった。

AKB48の公式ライバルという成り立ちゆえなのか、「いかにもアイドル」というものに対しむしろ拒否反応を示すファンが多かったように思う。

これも、井上にとって逆風となった。

女優志望の彼女にとって元々そのアイドル然としたビジュアルはコンプレックスだった。
しかしオーディションで何度も「女優よりアイドル向き」と言われ続け、そんなに言われるなら前向きにそれを活かしていこうとアイドルに。それなのに、なんとそこでもそのビジュアルが裏目に出るという考えられないほどの皮肉。

余談だが、初期にツインテールをしていたメンバー(井上以外では川後陽菜、斎藤ちはる、中元日芽香、星野みなみ)は例外なく人気面で苦戦していた。

そんな井上をしり目に抜群の握手対応により西野七瀬が一気にトップグループ入りを果たす。
『乃木坂って、どこ?』で泣きながら「太った鳩が好きなんです」と語る衝撃の名場面で西野は守ってあげたいキャラの座も手にし、逆境から階段を上るシナリオも彼女のためのものとなる。

他にも秋元真夏、衛藤美彩らが「釣り師」と呼ばれるほどの握手対応の良さで人気を伸ばしていく中、井上は伸び悩んだ。後に明らかになる彼女のパーソナリティを見れば、さもありなん。釣り対応など、どだい無理な話だったのだ。

下がっていく序列

気がつけば、デビューから6枚目のシングルまで彼女のポジションはずっと3列目。

太陽であるはずの生駒が輝きを失うのと比例するように、それを反射して輝く月の井上も存在感を失っていく。

手が届きそうだったはずの福神は、いつしか遠いものになっていった。

初期の乃木坂において、選抜は16名中13名が固定というイメージがあった。
3rdシングルで共に初選抜となった深川麻衣と若月佑美が、そして4thでサプライズ復帰した秋元真夏が選抜固定メンとなる過程で、かつて選抜固定と思われていた中田花奈、斉藤優里、市來玲奈といったメンバーがアンダーを経験する。
そして残る選抜固定メンのうち、生駒、星野、井上の3人が「ゴリ押し」呼ばわりされアンダーメンバーのファンから激しい憎悪を向けられることになった。

ここでも増幅するアンチ。

そしてついに。7thシングル『バレッタ』での2期生堀未央奈のセンター抜擢というサプライズの煽りを受ける形でアンダーに落ちる。

続く8thでもアンダー。

ただ、この期間に彼女にとって大きな意味を持つふたつの出来事があった。

2014年4月13日の幕張メッセで開催された、シーズンゼロとでも言うべき初のアンダーライブ。
そして樋口日奈とのWキャストでヒロイン美美子を演じた、舞台『帝一の國』。

アンダラと舞台。
このふたつが彼女の未来を変えることを、まだこの当時は知る由もない。


9th『夏のFree&Easy』では選抜に復帰し喜んだのも束の間、なんと選抜期間中に冠番組で彼女の発言がオンエアされることは一度もなかった。
完全なる、空気。

10thでは当然のように再びアンダーへ。

正直、当時は私自身も落胆しこう思っていた。

ああ、序列っていうのはこうやって下がっていくんだな。そして二度と取り戻せないんだな。
このままアンダーに定着して、尻すぼみのまま卒業していくんだろうか。


迎えた10thシングル期間。

そこで待ち受けていたのは、想像を絶する極限の日々だった。

アンダーライブ2ndシーズンである。

(2019年10月10日)

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激動の年となった2019年の乃木坂46を、筆者自身が現場で見聞きし感じたレポートを中心に描き出します。

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