見出し画像

身を置く環境は大切だけど自分を律する力はもっと重要

今回は僕が大尊敬している人物のお一人であるザキオカ先輩(岡崎正信さん/経営者でありバレーボールの指導者でもある)のvoicyで今朝触れられていた内容を聞いて考えたことについて書きたいと思う。今朝のvoicyの内容は、小林陵侑選手がジャンプ週間4HILLS総合で優勝したというニュースをもとに話が展開されていたんですが、今回触れたいポイントは「身を置く環境」「自分を律する力」「コーチング」の3点。
僕自身は実践型教育の現場で、日々学生たちに接しながら、その成長のためのサポートをしていることもあり、この手の内容にはすごく興味関心があるし、中学生の次男くんが現在進行形でサッカーと真剣に向き合っていることもあり、彼のサポートに活かせそうなスポーツ系のネタをインプットすることもかなり意識している。
実際の岡崎さんによるお話は以下のリンク先よりぜひ聴いてみてください。
(※さいごの「ガチョーン」はお気になさらずw)




身を置く環境は大切

このことについては、僕自身も日頃から学生たちに伝えていることなので、同感です。簡単にいうと、いくらポジティブな人であっても、ネガティブな人の集団に混じって日々を過ごすことで、いつの間にかネガティブになっていくってこと。念仏のようにそんな反応を繰り返されると、いつの間にかそれが当たり前みたいな感覚になってしまうってところが、怖いなって思うところ。(決してネガティブを否定しているわけではなく)
ほかにも例えば、とりあえずやってみよう精神で、失敗を恐れず常に挑戦をするって感じの集団に身を置けば、挑戦することに対して気後れ気味だった人でもいつの間にか挑戦に対する心理的ハードルが下がって少しずつ挑戦できるようになるとか。うちのゼミはそういう環境づくりを目指している。

1日24時間という等しく与えられた時間の多くをどんな相手と過ごすのか?身を置く環境っていうのは、こういう捉え方とも言えるし、この捉え方は色んな意味ですごく重要じゃないかと思っている。つまり、自分がこうありたいっていうスタンス等があるのならば、そういう人たちがたくさんいる環境に身を置けばいいって話。だから、そういう人たちとの接点がたくさんもてる環境を選べばいいし、選ぶことができるってこと。このことは僕自身、昔から無意識のうちに意識して行動してきた気がする。

さて、いわゆる「まちづくり」に興味を持つ人は一般人の1%程度って言われてたりするけど、地域創生学群を志願してくれる高校生たちは、各高校にいるまさにその1%の人たちの集合体じゃないかと思う。だけど、地域創生学群という環境に身を置いている学生たちのほとんどは、地元をなんとかしたいっていう熱い思いをもち、そのための術を学びながら成長しようという意欲を持った集団だといえる。だからこそ、高校内ではもしかしたら浮いた存在だったかもしれないけど、同じ想いをもった熱量の高いメンバーが集うこの環境を選んで、うちを目指してくれているのだと思う。
スポーツの世界だとその辺はもっと分かりやすいと思う。

これからは自らを律する力の重要性が増す

今回の岡崎さんのお話でハッとしたのはこの部分。
どんな世界でもそんなふうに変化してきている実感はあるけど、とくにスポーツの世界ではそれが顕著ってこと。昔は指導者もしくはコーチが選手に対して厳しく接してくれていたため、選手たちは自分を律することが比較的容易だったけど、近年ではそのように接することが難しくなったため、選手自身が自らを厳しく律する必要があり、それができるかできないかで、どんどん差が開いていく状況にあるっていうことらしい。

なるほどって思った。
さっきの話でいうと、それができるメンバーが集まっている環境を選ぶことで、自分を律しやすくなるという捉え方もできるかもしれない。そういう意味での環境選びっていうのは大事だと思う一方、常に矢印を自分に向けるという意味で、環境のせいにしてはいけないという考え方もあるため、やはり、結局はどんな環境であろうとも、自らを律する力を養い磨いていくことが求められるんだろうなって思った。恵まれた環境じゃないと自らを律することができないっていうレベルだと、さらに上を目指すことは難しいってこと。そのストイックさみたいなレベルが、そのまま競技水準のレベルにも繋がっていくんだろう。
そして、このことは当然スポーツに限ったことではなく、他の分野においても同じだと思う。

ティーチングからコーチングへ

あとは、指導方法がティーチングからコーチングに変わってきているっていう話と、選手自身がどこまでを目指しているかによって、コーチングのアプローチが違ってくるという話。これらのことは、確かにそうだなって思ったし、僕自身の仕事にも直結している話だなって思った。voicyではCOACHというブランド名の由来についても触れられているので、ぜひ聴いてみてください。

ティーチングとコーチングの言葉の意味は調べてもらうとして、せっかくなので、それらに対して改めて考えてみたことについても触れておく。
ティーチングはすでにある正解を教える行為で、コーチングは正解のない問題への向き合い方をアドバイスする行為。
ティーチングは指導者からの一方通行な伝達で選手や学生は受動的、コーチングは選手や学生の意思を大前提とした双方向なやりとりで選手や学生は主体的。
そして、指導者側は、相手の成長段階であったり意識であったり、その時の状況に応じて、ティーチングとコーチングのどちらのスタンスでいくか、コーチングのアプローチをどう変えるか、等々を臨機応変に使い分けていく必要があるだろうな。
たとえば、こんな感じなのかなって思ってる。

そう考えると、指導者側は効果的なコーチングのために、さまざまなインプットとアウトプットを繰り返すことで指導法のアップデートを図る必要があるし、選手や学生には自分自身の意思をもち、それを表明すること、そのうえで主体性に取り組むことが求められるってことになるのかな。

この点については、改めてしっかり意識したいと思う。


ということで、今回はvoicyで取り上げられたネタをもとに考えたことを書いてみました。おかげさまで、少し頭の整理ができたような気がしていますw

最後まで読んでくださり、ありがとうございました!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?