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過去に戻りたいとは全く思わない理由

昨夜、遠方からの知人に呼ばれてcafe causaへ。
そこに居合わせったご無沙汰な面白いお方やお初の若者とともに、手前L字部分で楽しく色んな話ができた。
そして、帰宅。
昨日はノンアルだったので、車を運転しながら考えていたときに、ふと思った。
僕は、以前から「あの頃が良かったな」とか「あの頃に戻りたい」とか思わないタイプだったし、「あの時こうしておけば」とかは考えないようにするタイプだった。
前者については、何度か転校を味わったため、いつの間にか新しい環境に適応することを重視するようになったのが要因の1つと思っていたし、後者については、結婚したタイミングや子どもが生まれたタイミングで、いまこの幸せがあるんだから過去のことは気にしなくていいって捉えることができたのが大きいと思っている。

ただ、「過去に戻りたいとは全く思わない理由」ってもう少し何かあるんだろうとも思っていた。
それが分かった気がしている。

多分それは僕自身が変化し続けてきたから。

これまでを振り返ってみると、特に大きな失敗や挫折みたいなものを味わったことはないものの、とくに子どもの頃は、なにかモヤモヤした違和感みたいなものは常に持っていた気がする。劇的な何かがあった訳ではない。
けど、翼をください的なw

中3夏休みの転校以降は、進学とともにドンドン環境が変わっていき、ある時、何気ない後押しとなるひと言のおかげで、思い切って一歩踏みだす挑戦をすることができ、そこで狙った結果が出たことがキッカケとなり、自分の意思で人生を歩む感覚を掴むことができた。
それまでもご縁には恵まれていたと思うけど、それからは更に、様々なご縁のおかげで、少しずつ自分の道が拓けていき、更に大きな転機となる今の仕事や同僚に巡りあうことができた。ここからはパラレルで物事が進んでいく感じだった。大学における実践型教育の現場における試行錯誤の日々をベースとしつつ、その一方で、僕の世界を爆発的に広げてくれる機会と人に巡り合うことができ、それらが共鳴することで、完全に自分自身の考え方やスタンスがリニューアルされた感じ。
それがなかったら、一体どんな50代を迎えていたかと思うとゾッとするくらい。ほんとよかった。
それは、多分確実に僕の子育て観にも影響していると思う。(この部分についてはまたどこかで書きたいと思う。)
だからこそ、2人ともまっすぐ立派に育ってくれていると思っている。
その自信はある。大部分は嫁さんのおかげだろうけどw

そして数年前くらいからは、適度に肩の力が抜けたことで、凄い他者への憧れや、コンプレックスなど、成長の原動力にもなるけど足枷にもなるような感情が薄れ、自然体の自分を認めてあげることができるようになった。

そういう感覚もあったからこそ、分かったんだと思う。

僕が過去に戻りたいとは全く思わないのは、自分自身が変化し続けることで、常に今が一番っていう感覚を持つことができ、今を楽しむことができているから。そして、そんな自分自身を認めることができているから。
多分そうなんだと思った。

ということで、今回も最後まで読んでくださり、ありがとうございました!

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