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文集『クロマニヨン人のプレゼント』

美しい場所で、ぼーとしながら歩いたり、座ったりしている時に、空想したことを書き留めています。

たいていは仕事の事だったり、役に立つことだったりしますが、たまに、子供のころみたいに、現実世界から抜け出せることがあります。

大事に書き留めて、なるべく沢山集めたいです。




クロマニヨン人のプレゼント


彼が、きれいな貝殻に穴をあけて、ひもを通して、プレゼントした時。 

彼女は、どんな様子だったのでしょう?  

それが、人類史上、最初のペンダントだったことを。

彼女は、知るよしも、ありませんでした。



川とクロマニヨン人


何年か前、ラスコー展に、家族で行きました。

そのあと、子供たちと川に行って、石器をつくって遊んだことがありました。
コクヨウセキという、黒くて割れやすい石が使われたそうなので、それらしい石を探して、かたっぱしから、岩にぶつけてみました。

コクヨウセキなのかは分かりませんが、パリンという感じで割れる、黒い石が見つかりました。
破片の中から、薄くて、矢やナイフになりそうなのを探します。
その破片を、別の石でたたいたり、岩にこすりつけたりしているうちに、それらしくなってきました。

そんなことがあってから、クロマニヨン人に親近感がわいて、川に行くとよく、彼らのことを考えるようになりました。
2万年前のクロマニヨン人と、現代人の遺伝子は同じで、脳や体のスペックも変わらないそうです。

約2万年前、絵という概念が無かった時に、はじめて、牛や鳥を描いた人たちは、どんな気持ちだったのでしょう?

はじめて針と糸を発明して、はじめて衣服を作った人たち。

はじめて火をつける道具を開発した人たち。

その火を、油を使って、ともし続けた人たち。

はじめて、貝殻でペンダントを作った人たち。

その発明の前と後での、生活の変化の大きさを考えると、とてつもない、ことのように思います。



海が神様だったら、いいのにな。


もし海が神様だったら、聖書や戒律や教義や念仏は必要なくて、信者とかじゃなくて、ただ行って、居れば、すべて解決して、救ってくれると思います。

物語も必要ありません、リズムやメロディも、数学も。
手とか合わせないで、祈ったりしないで。
ずっと、何十回でも、何百回でも、義務とかじゃなくて、ただ散歩みたいに、ふらっとそのまま、仕事着でも、ジーパンでも、海パンでも、パジャマでも、なんでも。

それが最良の信仰になると思います。
止まって遠くの静止してるのを見ても、近くで激しいのを見ても、晴れてても曇ってても、雨でも、夜でも昼でも。寒くても、熱くても。
鳥がホバリングしてても、貝がもぐっていっても、くらげが死んでいても。

海が神様だったら、いいのにな。

あなたのことを、海様とか呼ばないで、海って呼び捨てにこれからもするけど、果てしないボリュームで、無限のエネルギーで、たまに全てを飲み込む恐さももってて、穏やかなお爺ちゃんみたいな季節もあって。

信仰って、これまでイマイチぴんと来たことなかったけど、あなたがもし神様だったら、それはとても嬉しく受け入れると思います。



エコロジーと擬人化


「ホコリさん、これまで僕らの服や布団の一部として、がんばってくれてありがとう。あなたのおかげで、冬も寒くなくて助かりました」

「大根の皮さん、トマトのへたさん、魚の骨さん、腐ってしまう前にコンポストに入れます。これからは肥料としてがんばって下さいね」

「豆腐の容器さん、一回プラスチックのチップになって、何か他の製品になって、新しい人生をすごしてください」

「広告の紙さん、次はトイレットペーパーか再生紙かなんかになって、また僕のところに戻ってきてください」



すみわたっていく


仲間がいたって
友達がいたって
家族がいたって
こころの中では 一人きり

満員電車の中にいる時も
スクランブル交差点でならんでいる時も
こころの壁の中で 一人きり

人の気配がしない
山の中や 海岸や 川の上流にいくと
うれしくなるのは
だからかな

壁が消えさって
少しこわい広がりなかに
さらされて
とりこまれて

すみわたっていく



ちょっとした小さな、またたき


20万年前に、さいしょのサピエンスが登場してから、いったい、なん千億の心が生まれた、ことでしょう?
あなたの心は、そのうちのたった1つにすぎません。
なん千億もある中の1つです。
しかも、せん香花火くらいに、たったのなん十年かで消えてしまう、ちょっとした小さな、熱と光のまたたきです。
たくさん、いろんなことがあったと思うけど、目をつむってさがしてみると、手のひらに乗るような透明な小さな箱に、ぜんぶ入ってしまいました。
とてもとても長くて、ずっと続くように感じるけど、それはまったくの、さっかくでした。
あなたは、せん香花火くらいの、ちょっとした小さな、またたきです。


昔の前衛音楽とアフォガード


風が気持ちいいです。とても、気持ちいいです。
 しばらくしたら、とまってしまいました。

セミが昔の前衛音楽みたいで、たいくつだと思ってあなどっていると、脳の周波数をジャックされそうで、ちょっと恐いです。

あっ、風です。
背中のほうから、汗を冷やしてくれています。
うでも、髪の毛も、首も、足首も、冷たくやさしく、さわってくれています。

と、その時、光と熱がふいに来ました。
だんだん強く、たえられなくなっていく予感がします。
熱いけど、光はきれいです。
しばらく逃げずに、じっとしていましよう。

冷たい風とまざって、アフォガードみたいに、なるかもしれません。



ダムに住みたい


もし地球に、ひとり残されたとしたら、ダム住みたいです。

夜は、機械室みたいなところを、こじ開けて、その中で眠ります。

大きな力で、守られていると感じるでしょう。

死ぬ時は、このダムを大きなお墓だと思って、眠りにつきたいです。
遺書は残さないで。



ピンとこない感と魔女


飛行機の音がすると、ずっと見上げています。
見えなくなっても、音がしなくなるまで。
あの中に人がいることが、ピンとこない、っていう感じが好きなのです。

今から空港に向かったら数時間後にはあの中の人になれる、と考えると、さらにピンとこない感が増します。

何度か登ったことのある山でも、遠くから頂上を見ると、あそこまで人が登って行けるということが、ピンときません。
地球が丸いってことも、あの空の向こうに宇宙があるってことも、何十年たっても、ピンときません。

自分が、ここに居るってことも。

その感じが、なにか大事なことのように思います。

ある日、魔女のお婆さんがあらわれて

「お前には、見えちゃいけないものが、見えてるようだねぇ。
 どうして私の魔法が、お前にだけ効かないのか分からんが。
 生かしとくわけには、いかないねぇ」

なんて言ってくれるのを妄想しながら、見上げています。



雨の日に、景色がさみしい


雨の日に、景色がさみしいのは、さみしさが心にあるからでしょうか。

さみしい景色を美しいと感じると、さみしい心も、美しくなるようです。
そうしたら、さみしいのも、大切な心の一部だと感じられます。



ざっと、前提条件とスペックの確認


宇宙の誕生から138億年くらいたったある時に、天の川銀河の中の、太陽系の中の、地球の中の、日本の中の、、、ここで生まれました。

手と足があって、目と耳と口と鼻があって、脳に自己意識を搭載して、日本語版で、、、こんなふうに生まれました。

それが、様々な要因に影響を受けながら、今現在、こんな感じで生きています。

ただ、それだけのことだと、たまに思い出してみます。



サーファー気取り


サーフィンをしたことはありませんが、砂浜を歩いている時に、
「今日は波が弱いから、ダメだな」とか、
「今日は荒れすぎだから、ムリかな」とか、無意識にサーファー気取りになっていることがあります。

今日は、なかなか良い波だと思います。



ちびのミイと赤毛のアン


川に浮かぶ、とびとびの、岩を、ひょいひょいと、登っていくと、からだから、うれしさが、わいて来ます。

どの方向に、どんな角度でジャンプして、どんな形に足の裏をさせて、どれくらい、ぴったりな力を入れて、むこうの岩の上の、どのあたりに着地するか・・・

その時に、手をふって、いきおいをつけて、バランスをとって、枝をつかんだり、よじのぼったり・・・

みじかい時間で、これだけのことを、ひょいひょいと、連続でやれるのは、たいしたもの、だと思います。


でももし、ちびのミイがいたら、なんて言うでしょう?

「そんなのは、小学生にでもできるわよ。あんたの同い年の中でも、平均以下だわ。ばかみたい」と、けらけら、わらうでしょう。

水をさされるとは、このことです。

まったく。平均値とか、偏差値とか出てくると、みじめな気分にさせられます。

ちびのミイを思い浮かべたのが、間違えでした。

赤毛のアンなら、どうでしょう?
こんな風に言ってくれるかもしれません。

「こう想像してみてはどうかしら? 地球の重力が、今の2倍くらい、あるってことにするのよ。その重力で、こんなに、ひょいひょいと、やれるのは、世界でも、何人かしかいないはずよ。もしも、このまま、滝のあるところまで、たどり着けたとしたら、〈人類史上初の偉業〉になるわ!」

そしたらマシューはこんな風に言うでしょう。
「そうさなあ。わしにはよく分からんが、たしかに、それは、すばらしいこと、かもしれんなあ」

岩のつらなる、上流の方を見上げました。
そして、〈人類史上初の偉業〉を達成するべく、偉大な一歩を、ふみ出しました。



最後に


ため池でカニを見ました。
大きさは15センチくらいだと思います。
こけが生えているようで、池の主のような貫禄です。

それにしては、こんな浅いところに出て来て、不用心だと思いました。
なるべくアップで撮ろうと思って近づいていっても、逃げようとしません。

彼は、この池で生まれて、この池で何年も、もしかすると何十年も生きてきたのでしょう。
慎重に、用心深く、堅実に。

そうして、この歳になって、もう寿命もつきようとしていることを悟った時に、思いたったのかもしません。

最後に冒険をしてみようって。


こころとジャックと豆の木


こころは、生まれた時、ちいさな芽でした。

それが、ジャックと豆の木のように、ぐんぐんのびて、今の、この場所までたどりついたのです。

下の方は、もうよく見えませんが、ぶっとくて、こげ茶色で、皮がぼろぼろはがれていることでしょう。

根っこは、地面の下にどこまでも広がって、ごちゃごちゃ、自分でもわけが分からなくなっています。

でも、お水をのんで、太陽の光にあたれば、上の方は、き緑色で、やわらかくて、新鮮なのが、ちょっとずつ、のびていきます。

今も、明日も。

ここまでよく、たおれたり、切られたり、かれたりせずに、のびてきたものです。

そのうち、雲の上に、出れるでしょうか?



水きり、世界、可能性


砂浜で、平べったい石を見かけると、水きりをしてしまいます。
平べったい石を見て、それを拾わずに通りすぎることはできません。

誰かといる時は、相手によっては、がまんすることがあるかもしれません。
でも、一人で居るときに、見て見ぬふりをすることは、とても難しいことなのです。

調子のよい時は、ちょん、ちょん、ちょん、ちょん・・・と、波をかけ上がって、ジャンプして、その先の波を越えていくような、大技を成功させることもあります。

その時の興奮度を数値化して、単純比較したとしたら・・・

世界最高峰のサーファーが、最高難易度の大技をきめた時と、そんしょくないと、自負しています。

こんな時、もしインタビューされたら、なんと答えたらいいのでしょう?

「自分にとって水きりは、海と親密になるためのツールなんだ」

「一投、一投、願いをたくして投げてる。一枚だって、おろそかにできないよ」

「目の前に可能性があるっていうのに、見て見ぬふりができると思うかい? 僕にはできないね」

「水きりなんて、だだの暇つぶしさ」

「いい波と、いい石があったら、この世界も捨てたもんじゃないって思えるんだ」



秒針から人生針まで


秒針は、1秒間に1つ、進みます。
(タットゥ タットゥ タットゥ)

秒針は、分針と時間針に、つながっているはずです。

日針、週針、月針、年針、10年針、人生針とも。

昨日から、秒針だけが、暴走しはじめました。
((タットゥ) (タットゥ (タットゥ) タットゥ))

こんな時は、歩かなければなりません。

一人きりになれるところで、ゆっくりと。

いーち、にーい、さーん、しーい

1秒間に1メートル。

ごーお、ろーく、しーち、はーち・・・



青空の月と紫式部


晴れた青空の朝に、うっすらと残っている月をしばらく見ていました。
半円形の透明アクリルのつい立てに、流れてきた雲がたまったようだと思いました。

平安時代とかの歌で、青空の月を題材にしたものは、あるのでしょうか?
ありそうで、なさそうです。
なさそうで、ありそうでもあります。

紫式部なら、どんなイメージにしたでしょう?

青空の月は、「なかなか消えてくれない、別れた彼氏とのおぼろげな思い出のようだ」とか。

あるいは、「まだ見ぬ結婚相手の名前から連想して、おぼろげに思いうかべる横顔のようだ」とか。

半円形のアクリルのつい立てを外して、次は、W形のつい立てを置いてみたいと思ひけり。



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