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Sewcidal Boyz

 悠一が家に着いたとき、液晶は午前2時を示していた。いつも通り音を立てず自転車を留め、裏口を開ける。新月の暗闇は深い。だが、家具の配置程度なら見当がついた。
 居間を抜け、靴を玄関に置いてから階段を上がる。隣室の両親が気づいていないのを確認し、自室のドアを閉めた。
「悠一くんだ」
 ネズミのぬいぐるみ、グレイがベット端で耳を動かす。彼は大きい耳で真っ先に悠一の帰りに気づく。
「ユーくん! ユーくん!」
「ただいま」
 悠一は電気も点けずベッドに転がる。うさぎのピョンピョと、くまのムームーが顔にかぶさってきた。ムームーのタオル地が眠気を誘う。
「ばっせた? ばっせた?」
 ムームーがビーズの目で悠一を見る。
「ばっちし」
「ンー!」ピョンピョがふわふわの拍手をした。
「ありがとう、悠一くん」
 グレイが頭上で労った。
「日暮さん家、四人とも刺したよ。娘は念入りに」
「モモを覚えてる人はみんな罰さないと意味がないからね。『言わされ罪』は特に」
 モモは日暮家にいた子牛のぬいぐるみのことだ。モモは臆病なのに娘からいじめっ子の役を与えられていた。意志に反したイタズラの強制は到底許されない。
 ぬいぐるみ界ではこれを「言わされ罪」という。
 悠一はグレイからこの話を聞いた時、自分はどうなのか尋ねた。「20年の付き合いだろう。水くさいね」とグレイは答えた。
 悠一はやりとりを思い出すたびに思う。果たして自分はグレイ達に正しい役を与えられているのか?
「もふもふいる?」
「ンー」
 ピョンピョが頬を寄せる。ほどよい体温と石鹸の香りが心地良い。
「お疲れのところごめんよ」
「うん」
「もう一件、できるかな」
 グレイの声音が低くなる。悠一は閉じかけた目を開く。毛玉だらけの耳が一際大きく見えた。
「どうしても?」
「そうなんだ。でも、あまり遠くじゃない」
「どこ?」
「隣だよ。メルルを助けてやってほしいんだ」
 悠一は身体を起こした。
「間違いないの?」
 隣は幼馴染の羽田の家だった。
【続く】

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