見出し画像

ジャヤバヤの使徒

 アリが死体から心臓を引き抜くと、また太陽が森を照らした。くすんだ赤色が日光で鮮やかになる。かぶりつきたい欲求を抑え、アリは心臓を腰紐に結えた。
「最後だ」
 ブディが死体を背中から下ろした。屈強な軍人ばかり死んでいる。ブディが運んでアリが心臓を集めた。
 村は爆弾が落ちたような有様だった。最初はバラヤ族の仕業と思ったが、死体は全て頭を撃ち抜かれていた。
 なぜ軍隊が?
 アリは思案しながら残党を探す。入口近くに黒いバンが泥にはまっていた。
 ブディが辺りを警戒する。見たところ罠はない。アリが後部扉を開けた。車内には革製の大きなスーツケースが鎮座していた。内側から僅かに呼吸音が聞こえた。
「待て」
 ブディが止める前に、アリは鍵を破壊していた。蓋を開くと中から獣の臭いがした。アリが目を凝らす。チンパンジーがうずくまっていた。腹が膨れ、妊娠している。額には「ジャヤバヤ」と刻まれていた。
 チンパンジーが見上げ、アリと視線がぶつかった。
 ……使いが来る
 地を這うような声が脳に響く。
 突然、ブディが自分の頭を切り裂いた。孵化するように山羊頭が顔を出す。大腕がバンの天井を破壊した。
 アリは車から飛び出す。獰猛な唸り声をあげ、軍人の死体から次々と生首が宙を舞った。白い目がアリを睨んだ。
 アリは腰紐の心臓を引きちぎり、齧った。血の味とともに感覚が研ぎ澄まされた。
 かつて長老は言った。一族が心臓を喰らえば銃弾は逸れ、人外の力を得ると。
 アリは襲いくる生首たちに鉈を叩き込み、頭蓋の亀裂から脳を掻き出す。
 山羊の腕がアリを押し潰す。叫び声が森を揺らした。
 叫んだのは山羊の方だった。アリの両腕は鱗に包まれていた。アリが高く飛び、山羊頭を拳で砕いた。
 ……未熟な金剛鱗じゃ
 チンパンジーが近づき、緩慢に顎を開く。枯木のような男が這い出た。アリは目を見開いた。
「長老」
 ……スハルトの黒魔術師を追う
 長老は死体を貪りはじめた。

 同時刻、ジャカルタが炎に包まれた。

【続く】

ここに送られたお金は全て電楽のビスコ代として利用させていただきます。