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暴走試験

「コウちゃんヤバイ!ヤバイって!」
通行量ゼロのバイパスを飛ばす。一台の族車。弾丸じみた青いロケットカウルには白で縁取られた赤カミナリが描かれている。
「ウッセェぞ涼!てか前!ワイヤーきてんべ!」
追うように二台目。ピンクのロケットカウルに炎をあしらったデザイン。三段シートに女を乗せた耕助が首を縮める。
「頭!頭下げろ!」
「コースケッ!コースぎっ」
「オイ?香里奈?香里奈!?」
自分の腰に回る手がゆるみ、バイクがわずかに傾く。耕助は背中に手を回す。触れるのは自分の背中だけだった。
「飛ばせ飛ばせ!」
涼の直管マフラーがワンワン音を響かせ、光の消えたスーパーを過ぎていく。耕助も続いて走る。
日曜午前1時。耕助と涼は、仲間15人と合流し、バイパスを走るのが日課だった。田舎は12時を過ぎれば、交通量はほぼゼロになる。だから、改造したマフラーをいくら喚かそうと咎める人間はいなかった。
いつものように走りつづける。鬱屈とした日中と比べて誰一人として邪魔をする者はいない。就職か進学か。未来の不安は全てスピードがどうにかしてくれた。耕助は速度を上げる。
「コウちゃん速いよ!」
「涼!ビビってんのか!?」
「はぁ!?ビビってねーから!」涼は叫ぶ。
 咲耶涼。ホストのような名前とは裏腹に浅黒いスキンヘッドの男だ。耕助が小学生の頃、いじめっ子から助けたのを契機についてくるようになった。
「あの時と全然チゲーな」と耕助は見るたび思う。臆病で色白で虚弱な少年は、臆病さだけ残し今の姿になっていた。
涼の単車が耕助を追い越す。速度制限はとうに振り切っていた。香里奈が笑う。
「コースケ〜あんた負けてんじゃん〜」
「ウッセェよ。お前は黙ってろ!」
耕助がさらに速度を速めようとした時。鬼ハンに取り付けたスマホに着信が鳴る。非通知からだった。走りに集中しようと耕助は切る。
再び電話がなる。
「はい」
「疋田耕助くんで間違いないかな?」
知らない男の声だった。
「はい、なんすか」
「君はこれから私の言う通りにしたまえ。」
「は?切りますよ」
突如。後続の単車から爆音。バックミラーには炎と黒煙。単車の数は耕助含め、7台になっていた。
「ちょ!なに!なに!」香里奈が何度も振り返ろうとする。
「コウちゃん!?今爆発したよね!?」
「おメェら黙ってろ!」
「分かってくれたかな……?君たちのバイクには既に爆弾が取り付けられている。私の機嫌を損ねるのはあまりオススメしない」
「何が目的だ」
「簡単だ。荷物を所定の場所に送ってくれたまえ」
するとスマホはマップに変わり、道の各所には緑色のピンが立っている。
「ピンには荷物が置いてある。」
最初のピンは、もう300mと近い。耕助がブレーキを踏もうとする。その時、再び爆発が起きた。
「おっと、ブレーキを踏むのはやめてくれ。お客は急いでいる。君たちも誠意を見せなければな」
耕助が再びアクセルをひねる。涼もまた速度を上げる。彼の単車にもスマホは取り付いていたようだ。
ピンまでの距離は100mを切る。前方に黒い点が見えてきた。
一か八かだ。耕助は地面スレスレまで体を下げる。50m。
「コウちゃん無理だって!」
「やんなきゃ死んじまうだろ!」
涼も同じように体勢を低くする。20m。
黒い箱状のカバンだった。
耕助はすくうようにして、取り上げる。
指が削れなかったのは奇跡に近い。
単車の数は、既に涼と耕助だけだった。後ろには上半身と下半身に分かれた仲間が単車ともみくちゃになってクラッシュしていた。
「素晴らしい。君たちなら一流になれるかもしれない」
マップは赤いポイントで2km先の家を指し示した。


あれから5度ワイヤーを潜り抜けた。涼は避けきれず右耳の数ミリがそげ、肩の傷口からは絶え間なく血が流れている。耕助は香里奈が死に、左の外耳半分をワイヤーに削がれていた。お互い満身創痍だった。
マップの赤点は現在地まで来ていた。
目の前には、森林が囲み、街頭のあったバイパスから比べると陰鬱とした暗さが包む。周りはコンクリート塀が囲み、鉄の黒い門が耕助たちを阻んだ。
「止まってくれ。」
電子音がすると、門は軋みながら開いた。耕助たちを招き入れているようだった。
「中へどうぞ。バイクは置いても、〈私〉は忘れずに」
樫やソテツが茂る、アスファルトが続く。空気は湿り気を帯びており、森の中特有の匂いがした。耕助と涼は顔を見合わせる
「コウちゃん」
「行くしかねぇだろ……」
黒い鞄を背負い、二人は歩く。
しばらく歩くと白い建物が葉の影から見えてきた。病院かと見紛う規模の建物だった。
「到着だよ。おめでとう。」
刈りそろえられた芝に佇立する白磁の建築物は墓石を思わせる。両開きの扉は閉じたままだった。
「疋田耕助くん。君はこれからどうしたい?」
「知らねーよ……」
「違うだろう。命を落としかねないスリルを君は待ってるはずだ。」
「はぁ……?」
「咲耶涼くん。君はどうだい?」
「あの……すんません。コウちゃんだけは許してあげてください。何でもするんでコウちゃんは」
「うん。素晴らしいね。君たちには〈挑戦〉をあげても良さそうだ。」
音もなく、扉は開く。中は暗く見透すことができない。だがどうだろう。獣のような叫び声、風が吹くような笑い声がこだましている。機械がギリギリと音を立てている。
「君たち、カバンの中を開けたまえ。」
耕助がカバンを漁る。出てきたのはコルトガバメント。2つの予備マガジン付き。
対する涼は、大振りのダガーと紙束。紙束には意味不明の筆字、幾何学模様が描かれている。お札だった。
「屈強な君たちならきっとやれる。次も期待しているよ」
スマホの声が途切れる。2人は背後から麻袋を被せられた。
(おわり)

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