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メタリック・ハルコ

今日はあんたかね。この前担当した人はおらんのかい。
ああ。そう。もう辞めたのか。
なに、昔見た女にそっくりだったんだよ。こんな老いぼれになっても忘れぬことは沢山あるよ。あんた達に体を洗われてる時、飯を口に運んでもらってる時、記憶の旅をしとる。
ん。旅は旅だよ。広大な土地、世界、そして時間を旅してきた。あんたにはおよびもつかんだろうさ。
気が向いた。すこし話しておこう。いつ死んでもいいように。あんたもこの記憶の旅ができるように。気まぐれだよ。少し付き合っとくれ。
あれは30000年前じゃ。
この地球のどこか。サヴェッジタウンと呼ばれる街があったそうな。
野人が蔓延ってるのか?いや、ちがうちがう。
性根の話よ。その街ではおおよそ悪行と呼ばれる行為全てがまかり通っていたそうな。倫理も規範も捨て去った街。サヴェッジタウン。
そんな街に一人の女がやってきた。
女は全裸だった。ただの全裸ではない。金粉を体にまぶしておった。側から見れば観音さまにも見えなくない。
「ファッキンビーッチ…」
住人がみすみす見逃すはずはなかった。
女の前には商店街の守護聖人が3人いた。肉屋と魚屋と八百屋じゃな。
まず肉屋が前に出た。子供の背丈ほどの牛刀がぎらり。
殺気にあてられ、猫が自分の片腕をもいで食いはじめた。
女は気にも止めず歩く。肉屋の丸太のような腕をするり。
「ファッキンビーッチ!!」
網目のような血管を額に浮き立たせ、肉屋は女めがけ刀を振り下ろした。
鋭い金属音。牛刀は刀身の半分から折れ、地面に刺さる。すかさず牛刀を捨て、右フックを振る。肉屋の拳は、牛を殺すと言われていた。筋肉が盛り上がり、女を砕かんとする。
守護聖人たちが笑う。女の中身がぶちまけられるのを楽しみにしていた。
ばちん、と破裂した。
じゃが、それは肉屋の方じゃった。
立ち仕事で鍛えに鍛え上げられた両足を残して、クズ肉になってしもうた。
聖人たちはたじろぐ。
恐怖に駆られて、魚屋が躍りでた。魚鱗をあしらったグローブは相手の皮膚を削り、骨を丸出しにさせることで有名じゃった。
女の懐に入って目にも止まらぬワンツーパンチ。一糸まとわぬ女が無事にすむはずがなかった。が、結果は女の腹が示しておった。金粉すら削れず、かわりに魚屋の腕に無数の血の瘤をつくった。見る間に、ぶくぶくと瘤が泡立つ。二度と包丁が持てなくなってしもうた魚屋は絶望して舌を噛みちぎった。
残された八百屋はどうしたか。
八百屋はその場で聖職者にジョブチェンジした。
「こちらは歩く観音でござーい!歯向かうものに必ず罰を与える!あらためよあらためよ!」
「ははーっ!」
「観音に布施を!」
「ははーっ!」
「払えませぬーっ!」
「はい死ーー!」
とんだ生臭坊主が生まれた。
生臭すぎるので少し話を脇におこう。
ここでサヴェッジタウンの地形について説明するとしよう。
サヴェッジタウンは東西に版図を広げるコッペパンのような形をしておった。それは北に万年雪の積もる山岳、南にロブスター砦があったからじゃ。
サヴェッジタウンの奴らが、雪山程度で諦めるのか?そういいたげじゃな。少しは奴らの生態が分かってきたかな?
そう。サヴェッジタウンの住人は、何度も踏破を試みていた。その数、およそ50と4回じゃ。
なかでも梟雄アンカーアンカーの黒氷下りは、サヴェッジタウンの教科書にも載っており……、まぁ割愛しよう。
とにかく数えきれぬほどの挑戦者を阻んだ。それは目に見えない木霊の仕業じゃった。
目に見えるものは全て殺すと教わった住人たちも、獲物が見えなければ赤子同然じゃった。朝に山に入った者は、昼に骨だけ野にばら撒かれておった。
不落の雪山じゃ。
しかし生臭坊主は、10年と3日の歳月をかけて北を制圧した。
準備に10年。3日で制圧じゃ。
10年の歳月は、不可欠じゃった。
金粉の全裸女は守護聖人をころした後、なぜかサヴェッジの外周をぐるりと回り続けておった。コッペパンを回る裸の女じゃ。
これでは、いくら経っても北に辿り着かない。
そこで生臭坊主は、ために貯めたお布施(中には密造紙幣や人工宝石なども混ざっていた)を使い、大規模な土木工事を行なった。野山を切り開き、バラック小屋を解体して、女の巡回ルートを雪山へ誘導したのだ。
この続きはサヴェッジ小学文庫「きたのせいあつ」をチェックじゃ。
南のロブスター砦に話を移そう。
夜の沼地を歩くと、きっと驚くだろうな。月明かりに青白い甲殻類が立ち上がっておる。威嚇するようにハサミを振りかざしてぎらりと。それがロブスター砦じゃ。
この砦は、沼地で朽ちた廃材や、毒性を帯びた金属で出来ておる。そんな材料では人間が死んでしまう。それこそが彼奴らの狙いじゃった。
NHKや、役所の税金の取り立てを追い返すにはこれほど理想的な作りはない。
彼奴らの首魁、ベーベンはサヴェッジの住人全員を殺すのが毎年の目標だった。
生臭坊主は、ベーベンと掛け合った。サヴェッジを殺す金色の女があるぞと。
北の制圧はすでに南の端にも届いておった。ベーベンはドブで洗った髪を振り乱して喜んだそうな。ついに年間目標達成の時!心が震えたろうに。
ベーベンはすぐさま砦に仲間を集めた。
「今日がサヴェッジのー!おわりー!」
「ウォー!」
「サヴェッジにあるGEOは全て俺たちのものー!」
「借り放題ー!」
「CDコミックもー!」
「借り放題ー!」
「ろぶー!」
ロブスター砦も喜んでいる。
それも束の間だった。
「族長!あれは!」
生臭坊主を連れて、金の女は現れた。
「ややっ!先にサヴェッジを制圧してる手筈では!」
「ヤラレチマッタ!」
足場の不安定なロブスター砦でまごついている間に、どんどん近づいてくる。
だが!それで終わるベーベンたちではなかった!
「ロブ公!」
「ろぶろぶろぶろぶ」
ロブスター砦のマスコットにして砦、ロブ公が毒沼を這い出て動き出した!大振動に耐えきれず、30人が沼に落ちる。
「オゲロゲー!」
瞬く間に顔が紫に腫れ上がり絶命した。
さぁはじまった、金色女とロブスターの大運動会じゃ。ロブ公がサヴェッジに着くか、女が追いつくか。どっちに賭ける?ロブ公かい?
あんたは博打にゃ向いとらんな。ロブ公、ありゃ確かに女よりも早く走れるモンスターマシンじゃ。
だがな、ここが足りん。ロブスターにおつむを期待しちゃいかんな。
ロブ公は真っ先に女に走った。ベーベンが叫ぶ声も虚しく一直線に向かった。
雷鳴のごとき衝突音が鳴る。
遅れて周囲一キロに突風が吹いた。この時、鹿が絶滅し、図鑑の一枚になった。世に言う〈D.I.E〉ディアーズインヴォルヴドエクスペリエンスじゃ。
辺りに残ったのはガレキとも言えぬ砂ばかりじゃった。鳥取砂丘をものすごく汚くした版といえば、あんたには想像つくかな?
生臭坊主だけは生き残った。
そして……手に入れたサヴェッジタウンを歩き続けた。女の周りを衛星のようにくるくると回り続けてな。
女の進行方向が外れればそれに従った。もう、金でどうこうしようとするのが面倒くさくなってしまったんだ。歩いて歩いて、女の行く先を見届けたかった。
ん。結局女はどこに行ったのかって?
さあ、分からんよ。何年も歩き続ければさまざまなことが起きるからな。知らぬ間に人混みではぐれてしまったのかもしれん。
あんたは、テーマパークでは子どもの手は離すなよ。その手を次に掴むのはいつとも分からんのだから。
おお。もう、風呂の時間かね。じゃあ、この話の続きは明日にしよう。明日も聞いてくれるかね。
面倒をかけてすまんな。

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