魅々子です。お菓子を作りにきました。
秋風が吹く深夜の住宅街。大音量のJ-popが虫たちの眠りを覚ます。騒音はアパートの105号室、ブブ崎の部屋からだ。彼はいつも通り女とソファに腰掛け、ボボ谷とベベ村をフローリングに座らせていた。
「ナァ!昨日でいくらよ。」
ブブ崎は空のビール缶片手に、ベベ村の方を向く。ベベ村は自己肯定感の低そうな笑みを浮かべながら答える。
「き、昨日は3万でした……。な、なんか高校生はあんま金持ってないみたいでヒィッ!」
御託を並べるベベ村の目にビール缶がめり込む。
「関係ねぇから。黙って浮かれたガキから金持ってこいや。」
「へへぇすみませぇん……。」
ベベ村はまた下卑た笑みを浮かべるが、ブブ崎は女に夢中で気付かない。ボボ谷は相変わらず、床に置かれたピザに夢中だ。
事の発端は2年前。ブブ崎はベベ村達を使い、大学の学祭で楽屋泥棒を働かせた。これが案外稼げたので、学祭の季節になると彼らは「バイト」と称して違法行為を働いていたのだ。
「もっと稼ぎたいって向上心はないんかねぇ!!」
ブブ崎は柿ピーをベベ村達に投げつけると、いつもの説教を始めた。ブブ崎は女の前で説教するのが何よりも好きなのだ。
「だいたいお前らはなぁ!現状を打破する気持ちが」
SMAAAAASHHHHHHHH!!!!
耳をつんざく破砕音。土埃が宙を舞う!玄関だった場所にはキャデラックのボンネットが顔を出していた。女は木片が首に刺さり死!!
キャデラックのドアがゆっくりと開く。最初に見えたのは黒のハイヒール。下半身から上半身にかけては黒曜石のような輝きのライダーススーツが覆う。完璧なプロポーション。そして、顔にはアイアン・メイデンを思わせる鉄仮面!!
「こんにちは、魅々子です。お菓子を作りにきました。」
剣呑な雰囲気とは裏腹の要望に、ブブ崎の脳は警報を鳴らす。キャデラック……鉄仮面……そしてお菓……子。共通項がまるで見当たらない。
すると部屋に轟く咆哮。
「_&b&&g/&j(??..!&!!!!」
ピザを台無しにされたボボ谷は半狂乱だった。机を二枚に引き裂くと、全力のタックルが魅々子を襲う!体重100kgを超える肉塊の衝突はすなわち死を表していた。
刹那、骨と骨同士がぶつかり合うような鈍い音。骨が砕けたか。ブブ崎は正体不明の女の死を確信する。
「さっさと死体を見せろ!」
しかし、呼びかけにボボ谷は応じない。否、応じられないのだ。魅々子の肘が鳩尾に深々と沈んでいるのだから。ボボ谷の体がずるり、と崩れ落ちると、ベベ村もへたり込んでしまった。
「オイ!ベベ!!俺を助けろ!」
ベベ村は虚な目を天井に向けるだけだ。もはや守る盾はブブ崎には無い。魅々子の眼は、心なしかキラキラしていた。
「金ならやるよ!いくらだ!?5万か?」
「クッキー。」
「オイ、会話になってないぜ……グゥッ!?」
魅々子の体を限界まで反らせたヘッドバットはブブ崎の脳天を揺らし、膝をつかせた。鉄仮面に容赦はない。
「胃袋かマシュマロどちらがいい。5秒で答えろ。5、、、、4、、3ゴツッ。」
「い"い"い"ぎぎぎ!!マシュマロ!マシュマロで!!」
吹き出る血に溺れそうにながらブブ崎は懸命に答える。ここまで来るともう可愛そうだ。
「オッケー」
魅々子が黒のバッグを漁る。ブランドは決まってグレゴリーだ。これは杏子先輩が愛用しているからだった。ただし背負うのは休日だけと魅々子は決めている。
しばらくして魅々子が取り出したのは、徳用のマシュマロだった。
「オイ、ネーちゃん……人の家でおやつタイムか?」
「お構いなく」
男の言葉を他所に漁り続ける魅々子。次に取り出したのは、2リットルのペットボトルだった。魅々子が手早くブブ崎にかけると、彼の表情は凍った。
「あ、やります?」
彼女はマッチをベベ村の前でひらひらさせる。ほんの魅々子の気まぐれがベベ村のもとに転がった。ベベ村の怯えた顔は、獲物を見つけたそれに変わっていた。
「オイ…ちょ……まって……。」
痙攣で動けない中、ブブ崎の脳内に記憶が過ぎる。クッキー……ミュージカル部の楽屋を狙った時、財布ついでにかっぱらったやつか!たしか袋には杏子……輩へ……。
炎は回転しながら床に触れると、たちまちブブ崎を包み込んだ。ベベ村は炎をしばらく眺めると、笑いながら窓から出て行ってしまった。魅々子はほっと息をつく。
「出来るだけ長く燃えてくださいね。」
よし、料理の準備は万全だ。
後日、魅々子は杏子先輩へタッパーにギチギチに詰め込んだ焼きマシュマロをプレゼントしたが、あんまり良い顔はしなかったという。
(おわり)
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