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虚面狩り

 座敷の梁には能面が所狭しと飾られていた。小面や邯鄲男、翁が私を見下ろす。床には面打用の道具が無造作に並んでいた。
 目の前に座る老人、日野犀青は二枚の写真を片手に、豆絞りを巻く頭を掻いた。
「写真が古いから断定はできんが、えくぼの彫りを見るに深井だろう」
 深井とは、子を失った中年の女面だ。物書きの端くれである私も下調べがついていた。
「ただ……、まともな面打ならこれは世に出さない。虚面が出来ちまってる」
 犀青が写真を放る。面裏を写した一枚が視界に入る。鑿跡のせいか血管が浮き出た顔に見えた。
「俺たち面打は、そういう面は絶対に割る」
「なぜです」
「じっと、面裏と顔を合わせるのを想像してみ。狂っちまうよ」
 犀青は感情を殺すように言った。
「作家さん、もういいかね」
 突然、犀青が立ち上がる。私は押されるようにして外へ追いやられた。転んだ拍子に軒先の薪が崩れた。
「待ってください!」
 扉が鼻先で閉まった。
「深井は人を蘇らせられるかもしれない!」
 犀青の返事はない。私は食い下がる。先程とは別の写真をガラス戸に貼ってみせた。
「この山高帽の男を見てください。1900年代に撮られたジョー・ペトロシーノという警官です。この後、彼は犯罪組織ブラック・ハンドに殺された」
 別の写真を貼る。
「先週の防犯カメラの写真です。強盗を撃つ能面の男を見てください。背丈も山高帽も同じ。違うのは深井を着けてるかだけなんです」
「……そいつをどうするつもりだ」
 訝しむ犀青の声がした。
「捕まえます。私は本気ですよ。現に深井の写真もペトロシーノの遺品から出てきたんです」
「勝手にしてくれ」
 私は薪から一本を拾う。薪の両面には歪な顔が彫られていた。
「虚面を打とうとしていたのでは」
「……知らんな」
 その日、扉が開くことはなかった。

 翌日、奇妙な事件が起こった。表参道の歩道橋に死体が吊るされていた。顔には赤い手形のついた紙が貼られ、身元はすぐに宝田前首相と判明した。

【続く】

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