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カニ手術

「カニよ……カニになるのよ……あなたは。」
死際にママはそう言った。
でも俺はカニになれてない。
こうして日がな一日デスクワーク。たまに電話をとって昼に飯を食ってなんとなく過ごして帰る。んで何となく寝て起きて同じサイクル。
カニになりたい。でもカニになる時間がない。
嘘。本当はカニになるのも面倒なだけの言い訳だ。本当になりたければ帰り道も手をどうやったらハサミにできるかとか考えてるはず。
路上の石はえらい。石でいることにウンウン悩まないし蹴飛ばされても「まいっか」で明日も石でい続けられる。
俺はどうだ。カニになるのも面倒くさく、人間でいるのも嫌などっちつかずの生き物だ。
もう考えるのはやめて……さっさと家に帰ろう。と思った時だ。その看板を見たのは。
「手術なんでも800円」
塗装の剥がれかけたベニヤに目が飛び出た男のイラストが書いてあった。
「クソスカム……」
俺は見なかったことにして、歩き出す。そう。こんな俺だがプライドは一人前だから近道をいざ示されると毒づいてつっぱねるのだ。

だが後ろから声をかける奴がいた。
「ピーポー!ピーポー!エイハンドレッ!サージェントどう?」
丸刈りの小柄で人のおよそコンプレックスといえる要素全てを詰め込んだ男がいた。不釣り合いのタキシードが変に気品を漂わせている。
「サージェリーだろ……」
「ファンキー!」
男が破顔すると、カモミールの香りがした。こんなアンバランスがやる手術はきっとスリルがいっぱいなんだろう。俺は残額800円のパスモをくれてやった。そう、俺はいくらでも話のタネになりそうなら自分を売るのを厭わない奴。

目が覚めるとカニになってた。飢餓寸前のシカみたいな背中は硬質の甲殻に。右手はワインレッドのハサミに、左ハサミはクルトガみたいな次世代デザインに。申し分ない。俺の想像した各時代のカニを併せた最高のカニ像を外科医は完璧に再現していた。
スマホに喋りかける。
「角牛牛角角」
俺の「ありがとう」はカニ語にしっかり翻訳されている。完璧を超えてマグニフィセントだ。

「クラブ!幅ナイスデー!」
外科医はとびきりの笑顔で俺を送った。

見た目の変貌は中身を変えるのは嘘ではないらしい。俺はそれから朝起き、トーストを食い(パン食いカニのリスペクトだ)、鏡を見る。それだけで俺の自己肯定感は満たされ、出社して全員ハサミで殺した(殺人カニのリスペクトだ)。まるで壁紙を変えるみたいに!人生の選択の一つ一つが軽くなった。
だから、すぐに総理大臣にもなった。
国民は決断力と実行力がある奴なら誰でもよかったらしい。俺は「カニ餌をビーフカレーに!」をスローガンで打ってたのに……誰も気づいてない。

「総理、ご決断を」
「うむ。消費税はカニのみ廃止」

カニがめちゃくちゃ安くなった。カニを食う奴が溢れかえり、世の中は空前のカニブーム!かに道楽はウルトラカニカニ道楽へランクアップ。マグロ解体ショーが廃止され、カニ解体ショーが大人気になりあのテーマパークではパレードの目玉になった。後で聞いたが、報道ステーションの「令和最高の政策ベスト10」にノミネートされたらしい。
ということはつまり?

俺は日本を亡命した。
夜、寒い海を一台のボートで……頼れるのは俺のハサミと、秘書だけ。
「お前、名前なんだっけ」
「佐藤です。8回目です。」
「佐藤、今なら帰れるぞ」
「もう太平洋の真ん中ですよ……。それに、僕は好きでついてきてるんです。」
「そうなの」
「僕は昔っからこの世の中なんてなくなればなぁと思ってたんです。生まれた自分も何もかも嫌で。総理はなんか根が似てる気がしてて」
「そんな陰気じゃないよ。今はカニだもぼぼぼ」
しまった。嘘をつくと泡が出るのを忘れてた。
「まぁ……、滅ぼすか!カニと佐藤の世界にしちまうか!」
「まずはハワイつかないとですね〜」
「ハワイでガーリックシュリンプ食おうな〜」
ボートは走る……。波を砕いてずんずんずん。海上に白絵筆を擦ってくイメージが俺の中に湧いた。画家になる才能もあるかもしれん。

(おわり)

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