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男は錨を待ちわびて

俺は常々、疑問に思う。
テレビもスマホも殺人と死人の話題だらけだ。なのにどうして俺の街だけ人が死なないんだろう?
単に確率の問題か?それとも、奇跡的に善人しか住んでいないのか?
違う違う。
きっと人の死を止めている奴がいるんだ。生まれて死ぬ人間の流れを止める「錨」が潜んでるに違いない。
俺は仮説を証明するために動いた。近所で撮影機材を買い、撮影データのために家電屋で外付けSSDを手に入れた。
対象はお隣の長谷川さんだ。
長谷川さんは、80を超える老人だ。俺たち一家がここに越してくる前から、一人で住んでいる。結婚歴はないらしい。
老人の独居、いつ死ぬか分からない綱渡りの生活だ。
これほど良いサンプルはない。俺は長谷川さんを通して「錨」を探そうと考えた。
通学前に撮影データを移し、1日が始まる。終わったら新しくカメラを回す。位置は変えず、窓際から玄関の出入りを撮影する。夕食を終えた夜7時からは双眼鏡で家の灯りをチェックした。
一週間もあれば、長谷川さんの生活サイクルは分かった。
長谷川さんは朝6時ごろに散歩に出かける。そのあと8時ごろに帰宅。この時、近所のコンビニで買い物を済ませている。袋の膨らみからして牛乳や野菜などは買っていない。おそらくお菓子やパック弁当だろう。
9時から20時までは出入りがない。夜になると、家の電灯は一階の俺の部屋側と、2階の反対側の部屋に灯った。長谷川さんの家の2階にはカーテンがない。だから漏れ出ている光で分かった。
1時間ほどの幅はあるが、大抵22時には消灯する。
長谷川さんの大体の1日の流れだ。
特筆すべき点は2つある。どちらも観察が行き届く夜に起こった。
まず電気が点いている時は、必ずひそひそと話し声がしていた。外の車の音や、風にかき消されてしまうが、耳を澄ませると聞こえる。ガラスを隔てて、ある時はぼそぼそと呟く低い声、ある時はけたけたと笑う女の声。その他、声の種類は多々あり、聞こえるたびに俺はノートにメモした。声の種類には30種類ほどあった。
2つ目は、22時を過ぎた後の事象だ。
長谷川さんの2階は決まって0時ごろになると、全ての部屋の電灯が点く。点灯時間はまちまちで、月曜日から水曜日まで5分弱、木曜日と金曜日が10分間、土曜日と日曜日が27分間だった。
点灯の仕方も不思議だった。0時きっかりになると、全室が同時に点灯するのだ。
この不可思議な現象たちに、俺は解釈をつけた。
1つ目の事象。思うに、これは虫の知らせだ。
人や動物には死を感じる器官があるという。それは薄いフィルターのような形状をしており、生まれながらに持つものは稀有らしい。しかもフィルターの数には多寡がある。少ないものは自分の死を悟り、多くなるにつれて知らせは範囲を広げる。ある境界で、他人の死を悟り、さらに枚数を重ねるとフィルターを持たない人間に知らせを届けるようだ。
俺にフィルターは備わっていない。
だから、去年死んだ祖母の知らせを感じとれなかった。だが今回はフィルターの無い俺が、虫の知らせを受け取っている。
長谷川さんは俺に自分の死を知らせているのではないか。
ここでテレビの音も考えに入れたが、すぐに外した。一週間の間に聞こえる声に30種類は多すぎる。決まった演者しか出ないテレビでこの種類はまず超えられない。
2つ目の事象。2階の全点灯に移ろう。
まず俺は長谷川さんがトイレに起きたと推測した。だが、それはすぐに否定した。
たかがトイレのために長谷川さんは全ての電気を点けない。就寝前の電気のつき方からしてもおかしい。普通なら寝室の電灯と廊下、トイレをつけるのが関の山だろう。週末に向かうにつれ、点灯時間が長くなった理由にも結びつけられない。
ここで俺は考えを一つ前に戻した。
長谷川さんがそもそも起きていなかったら?
そうなると、第三者が全点灯をしていたことになる。
複数人の謎の存在が長谷川さんの部屋にいたのだ。
電灯は必ず30分以内に同時に切れる。そして、全室同時に点灯する。独居老人にはできない芸当だ。複数人でなければ不可能だろう。
しかし、玄関のカメラには長谷川さん以外に出入りする人間はいない。おそらく裏の出口か、最初から部屋にいたのだ。
あり得ない。が、考えれば考えるほど俺の頭に黒い影が同時にスイッチを入れる光景が浮かぶ。
ここで二つの解釈を合わせると、さらに恐ろしい考えに至った。
長谷川さんの虫の知らせと、第三者の全室点灯。
長谷川さんは一週間死に続けていたのだ。それなら虫の知らせを発し続けていたのにも説明がつく。
それを止めていたのが、全室点灯をしていた第三者──「錨」だ。
月曜から週末にかけて点灯時間は伸びているのは、生を繋ぎ止めるのに無理が生じてきたからだろう。
やはり、「錨」はいたのだ!
そこまで考えをまとめ、再び双眼鏡を覗く。
月曜日の0時。電灯は点いていた。
57...58...59...0...
スマートフォンは、0時31分を示した。電灯は消えていない。先週とは違う。
もうこれ以上死を止めるために錨が来るとも限らない。焦りは俺の理性の鎖を引きちぎった。
この目で見る。今日こそ、錨の姿を見つけて問いただすんだ。
なぜ俺の街に現れた?
なぜ俺の街の死を止める?
どうやって死を止めるんだ?
質問はバスロマンの泡みたいに浮いてきた。
家の配管を伝い、長谷川さんの家の庭に降りる。田舎の夜は静かなものだ。誰も見ているものはいない。庭は蛍光灯に照らされ、雑草の目立つ地面を晒している。まだ時間はある。
俺は手早く家の外周を回った。まず裏口らしきものを見つけた。らしきもの、というのは段ボールが山積みになっておりアルミの扉の上しか見えなくなっていたからだ。諦めるしかない。次に俺の家の反対側、2階の窓が開いていた。窓までは俺の家のように配管が足場を作ってくれている。音を立てないよう慎重に登った。
家具のない質素な部屋だ。俺は辺りを見回し、すぐに後悔した。長谷川さんが外科室にあるようなベッドで寝ていた。独居老人の部屋には似つかわしくない、病院特有の死の匂いがする。肝を潰していると、後ろから声をかけられた。作業着の男がいた。
「錨」だ。
右手にスパナ、左手に得体の知れない扇状の肉片を持っている。男はにやけながら近づいてくる。俺の顔をなぜて、安心させるように肩を叩いた。
「ボウズ、よく聞けな。この街の一角はな、人造人間横丁なんだよ。俺が10年かけて住人を殺して替わりの人造人間を住まわせたパラダイスなんだ。
ん?なんでそんなめんどくさいことをって?教えてやるよ。俺はな、人が怖いんだ。あいつらは分からない。おんなじ肉と糞の袋に変わりないのに。話しても触っても本当に考えてるのはなんだか分からない。一度な、俺のクラスメイトが橋から犬を捨ててるのを見た。そいつは品行方正でクラスの中でも指折りの美人だったよ。そんなやつでも狂った一面を隠し持ってやがる。だから、俺は大学まで行って人造人間を作った。こいつなら構造から考え方まで網羅できる。俺に隠すものなんて一つもありゃしねぇんだ。そう思うとフッと心が楽になった。でも、すぐにそれだけじゃ足りなくなった。家が安全だからって外の安全が保証されたわけじゃない。コンビニ店員、近所の老人、いつ俺に牙を向くのかわかったもんじゃねぇ。
俺には俺の安心できる街が必要だったんだ。ボウズ、一人ずつ頭をかち割るのは気が滅入るぞ。でもな、俺は俺の信念を貫いた。10年人間の頭をかち割って人造人間のタネにした。
おっと忘れちゃいけねえ。そうだ。俺は天才なんだ。人造人間はな、壊れかけるとアラームが鳴るようにしてある。ホラ、これみたいに壊れそうになると顔が放射状に割れて中から神経を絞って作ったバネが出てくる。近づいて見てみろ。そう、それだ。バネの間に白い膜があるだろ?これが震えるとな人の笑い声みたいな音が鳴るんだ。そしたら交換どき。点検して壊れそうな部品を見つけてまた動くようにするんだ。地味だけど楽しい仕事だぞう。
おっ!ボウズ。お前高いとこから落ちたか?顔が割れ始めたな。爺さまがおわったら後で見てやっからよ。ちょっと寝転んで待ってな。怖いこたぁねぇよ。もうボウズだって最後に部品変えたのは3年前だろ。仕方ないよ。」
(おわり)

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