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Groovy!!にさよならを。

 太晴は時刻表を調べていた。高校で初めてのダンスバトルはボロ負けだった。今日は母親を説得して門限を0時にしてもらったが、優勝は杞憂に終わった。
 太晴はクラブ内を見回す。誰も彼も大人びていた。場違いな気持ちになり新品のキャップを被りなおす。
 電車はまだ先で、会場では準決勝が始まろうとしていた。どうせなら見ていこう。太晴はフロアの端に陣取った。
「ユリカ、バーサス、DD! レディーッゴーッ!」
 MCがふたりの間にペットボトルを投げる。フタがDDに向き、先攻が決まる。バーケイズの軽快なファンクがかかった。
 DDは曲に合わせ、腕と肘で次々と図形を作りだす。タットと呼ばれる技だ。スライド移動もまじえて歓声があがった。
「オーライ、チェンジ!」
 ユリカが一歩踏み出す。180cmはあるDDと比べて彼女はかなり小柄だった。
 ユリカがビートに合わせ、ヒットを打つ。ヒットは筋肉に一瞬力を入れて弾くように見せるポップダンスの基本だ。スラックスの脚、Tシャツ下の腕がばくん、と振動する。
 ユリカはフロアを熱狂させた。膝関節や腰をコマのように回し曲と一体化する。スポットライトにインナーカラーのピンクが映えた。今はユリカが世界の中心だった。
 ボーカルに合わせ肩を払うジェスチャーが完璧にはまり、クラブ全体が爆発した。
「やべぇ!」
 太晴も叫んだ。
「ジャッジ、321!」
 ジャッジは全員ユリカに票を入れた。不意にユリカと目が合う。彼女はDDと健闘を称えている最中だった。太晴は慌てて液晶へ目を落とす。すでに23時半だった。駅まで急げばギリギリ間に合う時間だ。太晴はクラブを抜け、雨上がりの歩道を走った。
「ねぇ!」
 振り返るとユリカが駆けてきた。
「D組の橋本くんでしょ」
 太晴は彼女を見て驚く。
「菅原さん?」
「ユリカね。帰んの?」
 彼女は悪戯っぽく笑った。
「電車やばくて」
「じゃ、サイゼいこ」
 ユリカが太晴の手を引く。
「決勝は?」
「棄権した。どうせ勝つし」

【続く】

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