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国際女性デーの日に日本のジェンダーギャップを考える

3/8は国際女性デーとされている。イタリアではミモザの日とも呼ばれ、身近な女性に感謝と敬愛を示してミモザの花を送るそう。母の日にカーネーションを送ることと同じだ。

右肩下りのジェンダーギャップ指数

毎年私が注目しているのは世界のジェンダーギャップ指数。ジェンダーギャップ指数とは男女間の不平等の均衡を示すものだ。日本はG7のなかで最も低く2021年の世界ランキングは120位となっている。

私は結婚して育児をするようになり、家事や仕事への関わりから男女格差について意識するようになった。重いと思われるかもしれないが、大切なことだと思う。これは別に自分のことが可愛いからというわけではなく、自分の娘が悲しい思いをしてほしくないからという理由からだ。

進まない少子化対策

日本は少子高齢化が問題とされているのに、だからといって適切な少子化対策が取られているのかは疑問である。

産休・育休制度、幼保無償化など順を追って整えられてはいるが、当事者以外の理解が進んでいる気はしない。故に子育て世代は社会から孤立しやすく、その風当たりはほぼ女性が受けているのではないかと思っている。男性には男性の悩みがあるとも聞くが、出産や月経などの肉体的な制約は目立っていない。女性はもともとのハンディがある。

こんな世の中で子育てなんてできないと諦めてしまう女性も多いと聞く。「子どもは宝だ」と言われる割に大切にされている気は全くしない。私自身がこう感じるのだから、気のせいだとか言われようとされていないんだと思う。

女性が働くこと

日本ではまだ働く女性はマイノリティなのかもしれない。子供が帰ってくる時間に合わせて仕事を切り上げ、家に母親がいることが正しいと考えている人が多いからだ。

私は女性目線でしか語ることができないが、女性が社会に出て働くことは、男性のそれよりもハードルがかなり高いと感じている。

出産はもちろん、育児において発生する問題は乳幼児期だけではない。子供の成長とともにさまざまな悩みが出てくる。大体の場合家庭的で生活感があり、他者から見るとちっぽけなものかもしれない。だからこそ、なかなか理解を得られないし言葉にするのが恥ずかしいこともある。

環境が整えられてきているとはいうがそれは外側のみであり、世間の目は依然として厳しい。例えば子供が風邪を引いたとき、多くの女性は早退するだろう。「子供が病気のときはおばあちゃんに見てもらえないの?」「あなたの仕事をフォローする身にもなって」こんな意見があってはより女性は肩身が狭くなってしまう。

女性の働きやすさを整えたいのであれば、大きな枠だけではなく日常のなかに潜むちょっとしたことを改善しなければいけないと思う。誰かの何気ない言葉や視線がぐさぐさと背徳感を増幅させているのである。

我慢のリレーを辞めたい

家事を一人でやったり、働くことを否定されたりしても、それはそれで「いま」だけを考えれば我慢して過ごすことはできる。しかし、子供はそういった自分を見て育つ。果たしてこのままでいいのだろうか?と疑問に思った。私自身母が我慢し続けている姿を見てきた。バトンは私で止めたい。常識は変わるもの、みんなで生きやすい世の中を作っていくべきだと思う。

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